38.寝不足女王の力押し
冠の城滞在二日目、私は思いっきり寝不足だった。理由はもちろん、昨夜のニコラとの長話だった。
ミロシュは護衛だけあって私の行動を把握していたのか、若干あきれたような目でこちらを見てきた。アネットは私の顔を見て、驚きに目を丸くする。
「ねえ、顔色が悪いけど……大丈夫?」
「ちょっと眠りが浅かっただけだから、問題ないわ」
昨日思いっきり話し込んだことは、私とニコラだけの秘密ということになっている。普段冷静な彼としては、珍しくも心情を吐露してしまったことが恥ずかしいらしい。
あくびをかみ殺している私の横で、ニコラはいつも通りの涼しい顔をしている。彼もまた寝不足のはずなのに、どうしてあんなに平然としていられるのだろうか。
「それより今日も、また交渉なのよね……」
「あちらも暇ではありませんし、おそらく今日が最後の機会となるかと」
「そうね。……はあ、気が重いわ」
そんなことを話しながら、私たちはララとルルが待ち受けている応接間へ入っていった。
今日も今日とて、話し合いはぐるぐると同じところを回り続けて、一歩たりとも前に進まなかった。それでもその間ララとルルをじっと観察していたことで、うかがい知れたことはいくつかあった。
どうやらこの二人は、当主としての権限を自分たちが手に入れること自体にはさほど興味がないらしい。まあ、実質的にもうその権限を手に入れているも同然だからというのもあるが。
とにもかくにも、冠の家が他二つの家に後れを取ることが腹立たしくて仕方ない。二人は、そう考えているようだった。
それと、この二人は女王としての私を思いっきり軽んじていることもほぼ間違いなかった。早い話が、こんな小娘が私たちを束ねられる訳がないだろうと、明らかにこちらをなめてかかっている。
「ですから、私たちはアネット様に危害を加えるつもりなど、毛頭ありません」
「陛下がアネット様のことを気にかけてくださるのは大変ありがたいのですが、どうぞご心配なく」
いったいこれで何度目になるのか、二人の老女は淡々と同じことを繰り返す。寝不足の頭でいつまでもこれを聞いていたら、居眠りしてしまいそうだ。
ぶんと勢い良く頭を振って、立ち上がる。眠たいのと、なめられているのが腹立たしいのと。そんなこんなで、私はほんの少しいらだっていた。腰に手を当てて、きっぱりと言い切る。
「決めたわ。あなたたち二人を、正式に冠の家の当主代理とする。名乗りたかったら、当主と名乗ってもいい。そのあたりは、好きにして」
ララとルルは口をつぐんで、こちらを凝視した。出方をうかがっているような目だ。
「そしてアネットは、私の管理下に置くものとする。官吏として登録するか、侍女扱いにするか……ああもう、面倒だからいっそ養子にでもしてしまおうかしら」
当のアネットはぽかんと口を開けていた。ララとルルが口を挟むより先に、大急ぎで畳みかける。
「あなたたちの本来の当主であるアネットと、彼女の持つ『冠』は、私のわがままにより私の手元に置かれる。だったら冠の家には、それ相応の対価を支払うべきよね?」
ことさらにゆっくりと、片目をつぶってみせる。思わせぶりににっこりと、大きな笑みを浮かべた。
「だから私は今後、冠の家にあれこれと便宜を図っていくつもりよ。金銭や、各種権利等ね。詳細については、今後ゆっくり決めていきましょう」
アネットをこちらによこせば、引き換えに堂々と冠の家を優遇してやる。私のそんな意図を察したのか、双子がわずかに目を見張った。
要は、金でアネットの身柄を買ったようなものだ。現状、国の財政は大変安定しているし、少々富が偏ったところでどうということはないだろう。
剣の家と盾の家は少々割を食う形になるが、これはおいおいなだめていくしかない。まあ、剣の家は私が女王となったことで鼻を高くしているから、多少のことでは何も言わないだろう。盾の家については、セレスタンに頼んでどうにかしよう。
二人の老女は顔を見合わせて、それからゆっくりとうなずいた。表情が消えていて、まるで面のようだった。
「……陛下の命に、従いましょう」
その言葉に、心の中でほっとため息をつく。ひとまず、こちらの言い分を通すことには成功したようだ。
もっとも、彼女たちが後でこっそりと暗殺者などを送り込んでこないとも限らないが。それについては、おいおいミロシュと相談しよう。ああもう、やることがちっとも減らない。
緩みそうになる頬を引き締める。ここに来た用件は片付いたが、今はもう一つやっておくべきことがある。ここに来てから丸一日、この双子には大いになめられてしまった。その分の礼は、きっちりとしておかなくては。
「ララ、ルル。王宮に戻る前に、一夜のもてなしの礼をしたいの。どこか、広い場所はあるかしら」
そう言って、かたわらに控えているニコラとミロシュをちらりと見た。結局、あれをやるんですね。二人の目は、そう言っているように思えた。
冠の家の中庭に、澄んだ金属の音が次々と響く。まるで音楽でも奏でているかのように、軽やかに。
中庭に集まっている者たちは、みな中庭の中央を見つめ微動だにしない。アネットも、もちろんララとルルも。
私はみなの注目を浴びながら、中庭のど真ん中で『剣』を振っていた。ニコラと切り結び、くるりと身をひるがえしてミロシュの剣を受ける。そのたびに、きんきんという小気味良い音が周囲の観衆を圧倒する。
今、私たち三人は手合わせ、というより剣舞を披露しているのだ。私は威力を完全に殺した『剣』で、あとの二人は刃をつぶした儀礼用の剣で。だからうっかり当たっても打ち身になるくらいで済む。
私たちは絶え間なく攻撃を繰り出しては、その全てをきっちりと防いでいる。それなりの時間打ち合っているが、誰一人かすり傷一つ負っていない。
それどころか、わざと大振りかつ華麗な攻撃を出してみたり、二人で息を合わせて同時に最後の一人に切りかかってみたりと、どんどん派手で迫力のある動きをするようになっていた。周囲から、また驚嘆のため息が漏れる。
時々、誰かの悲鳴まで混ざるようになっていた。私たちにとってはじゃれあっているようなこの動きは、戦いを知らない者の目には本気の殺し合いか何かのように見えているらしい。
周囲に集まっている貴族や騎士たちの目線は、もう完全に私たちに釘付けだった。称賛と畏敬の念が、ひしひしと伝わってくる。
「リーズ様、どうやら目論見はうまくいったようですね」
ニコラが鋭い突きを繰り出しながら、こっそりとささやいてくる。せわしなく足を動かし続けているのに、少しも息は乱れていない。
「力量を見せつけるため……とはいえ、我が君に剣を向けるのは、落ち着かない」
そうぼやくミロシュが、弧を描くように剣を振った。軽々とした動きなのに、剣が宙を切る音はとても鋭かった。
「あなたたちの腕なら大丈夫だって、信頼しているもの。私たちをなめてかかったらどんな目に合うのだろうかと、せいぜい想像させてあげましょう」
ニコラの突きをかわし、ミロシュの斬撃は『剣』で受ける。ついでにミロシュに足払いをかけてみたが、彼は見事な足さばきで後ろに跳んで回避した。一連の動きに、周囲からまた歓声が上がる。
私とニコラはしょっちゅう手合わせをしていて、二人ともそんじょそこらの騎士程度では相手にならないくらいの腕になっていた。そしてミロシュは、私たちよりさらに腕が立つ。だからこれくらいの動きは朝飯前なのだが、周囲はそう受け取ってはいないらしい。
表向きは、もてなしの礼として剣舞を披露しているということになっている。しかし本当の目的は、ちょっとした脅しをかけることだった。
もしも女王たる私にたてついたら、この『剣』と優れた配下たちをもって返り討ちにしてあげるから。なんならこの三人で、あなたたちの首をとってあげてもいいのよ? と言外に匂わせる。そのために、私たちはこんなことをしているのだった。
時々『剣』を見せつけるように、ことさらにゆったりと動いてみせる。金色に輝く緑色の宝石が、全てを圧倒するような強い光を放っていた。周囲のみなから、感嘆のどよめきが漏れる。
ついでに城の悪趣味な装飾をちょっとばかり削って、さらに脅かしてやろうかとも思ったが、さすがにそこまでやると恨みを買いそうなのでやめておいた。
「……そろそろ、頃合いかしらね」
激しく切り結びながら、ニコラとミロシュに目で合図する。二人は同時に別々の方向に走り、くるりと向き直った。私たち三人が見すえているのは、中庭に運ばせた豪華な椅子に並んで腰かけているララとルルだ。
一瞬の間をおいて、私たちは一斉に走り出す。ニコラとミロシュがほんの少し先行して、見る見るうちに双子に迫っていく。しわだらけの二人の顔が全く同じ形にゆがむのが、離れたここからでも良く見えた。
ニコラは右に、ミロシュは左に大きく跳ねる。そうしてぴったり同じ瞬間に、突きを繰り出した。双子の首元を狙って。
剣舞の直前に二言、三言打ち合わせただけとは思えない、とても息の合った動きだった。普段あまり仲の良くないニコラとミロシュだが、二人とも私の目的のためならこうやって力を合わせてくれる。そのことが嬉しくて、走りながらこっそりと微笑んだ。
彼らの剣が双子の首に届きそうになる寸前、まっすぐ突っ込んだ私が『剣』をはね上げて、二人の剣を上にはじく。きん、というひときわ大きな澄んだ音を最後に、中庭はしんと静まり返った。
ふた呼吸ほどおいて、高々と掲げたままになっていた『剣』をゆっくりと下ろす。真っ青になって震えている双子に、ことさらににっこりと笑いかけた。
「剣舞は以上よ。楽しんでいただけたかしら」
観客をぐるりと見渡して、三人同時に一礼する。次の瞬間、辺りから一斉に歓声がわき起こった。前にならず者を討伐しに行った時の町民たちの歓待、あの声と同じくらいに大きな、熱を帯びた声だった。
うっすら汗ばんだ首筋をそっと手で拭いながら、私は晴れ晴れとした笑顔でその歓声を聞いていた。
「それでは、そろそろ帰るわ。もてなし、ありがとう」
「いえ、こちらこそ……素晴らしいものを見せていただきました」
「わざわざ陛下のお力を見せていただけるとは、思いもしませんでした」
いざ冠の城を経つという時、ララとルルはやけに神妙な顔で私たちを見送りに来た。あの剣舞を通じて私が言いたかったことは、どうやらこの二人にはちゃんと伝わったようだった。その鋭さは、さすがといったところか。
どことなくこちらをなめてかかったような様子が目立っていた二人だったが、今は妙に深刻な顔でかしこまっている。これはこれで何か良からぬことを企んでいそうな気配もするが、それについては王宮に戻ってからゆっくりと対策を取ればいいだろう。
とにかく、今はただ一刻も早くこのきらきらしい城を離れたかった。あいさつもそこそこに馬を走らせ、大急ぎで王宮に戻る。
「リーズって強いのね。ますます憧れちゃう」
帰りの馬車の中で、アネットはうっとりとしながらそう言った。
どうも最近、彼女は私のことをおかしな目で見ているような気がする。ただの友情というには少し行き過ぎた、かといって恋慕とかそういったものでもないような、不思議な感情がそこにはあるように思えた。
まあ、アネットは可愛いし、彼女といると肩の力が抜けて楽でいい。だからもう、細かいことは気にしないでおこう。そう決めて、王宮までの道のりをアネットとお喋りして過ごすことにした。




