34.ひとときの平和
憂国軍の問題も無事に解決して、また元通りの平穏な日々が戻ってきた。それから少し経った、ある日の午後。
私は、王都のすぐ近くにある丘にいた。周囲は一面の草原で、遠くには森が見えている。
空は雲一つない快晴で、さわやかな風がそっと頬をなでていく。とても心地の良い、素敵な日だった。
大きな敷物を草地の上に広げて、その端の方にしとやかに腰を下ろす。反対側の端にはニコラが座り、手慣れた動きでお茶の用意を始めていた。
続いて、ガブリエルとミロシュが私の両隣にやってきて座る。ガブリエルは少し戸惑いながら、ミロシュはかすかに微笑みながら。
ガブリエルは大きなバスケットから、次々と木皿を取り出している。それらには一口で食べられそうなくらい小さなケーキや、様々な焼き菓子などが乗せられていた。驚いたことに、これらは全て彼の手作りだ。
私たちはこれから、ここでお茶会を開くのだ。わざわざ王都の外に出ることにニコラは大いに難色を示していたが、どうしても一度、外でのんびりしてみたかったのだ。王宮の中庭も美しいけれど、どちらを向いても王宮の建物が見えてしまうので、どうにも圧迫感がある。
城下町にも緑豊かな公園がいくつもあるのだが、そこだと逆に警備がしづらいと、今度はミロシュが意見してきた。そんなこんなで、ここでお茶会を開くことになったのだ。
「じきにアネットとサラもやってくるから、それまでゆっくりしていましょう」
うきうきとそう宣言する私に、セレスタンが戸惑いがちにうなずく。彼はニコラの斜め後ろで、居心地悪そうに縮こまっていた。
このお茶会を開くにあたって、彼にも一応声をかけたのだ。どうせなら人数が多い方が楽しいだろうと、そう思って。
しかしセレスタンは、最初はたいそう難しい顔をしていた。なので「嫌なら無理強いはしないから」と引きかけたところ、彼は「君がどうしてもというなら、行ってやらなくもない」などと言ってついてきたのだ。相変わらず、彼の考えていることはよく分からない。
一応ジェレミーにも声をかけたのだが、「申し訳ありません、急ぎの仕事がありますので。また機会がありましたら、その時はぜひ」と断られてしまった。残念だけど、彼も忙しい身だし、仕方ないだろう。
そんなことを思い出しながら、澄み渡った青空を見上げる。心が浮き立って仕方がない。
「お待たせ、リーズ」
ちょうどその時、遠くから軽やかな声が聞こえてきた。そちらを見ると、荷物を抱えてぶんぶんと手を振っているアネットの姿が見える。隣には、ちょっと落ち着かない様子のサラもいた。彼女たちは、城下町にお菓子や軽食の買い出しに行っていたのだ。
しかしその後ろに、もう一人いる。それが誰だか分かった時、思わず笑みがこぼれた。大きな荷物を抱えて、エルデがいつも通りの無邪気な顔で微笑んでいたのだ。
「アネットに誘われてきたのだけれど、ぼくもおじゃましていいかな?」
「ええ、もちろんよ。人数は多いほうが楽しいし、あなたならもちろん歓迎よ」
彼とは前に、一緒に城下町を歩いて、お茶をした仲だ。精霊だけあって色々と変わってはいるけれど、悪い人物ではないし、危険でもない。それに彼のふんわりとした雰囲気は、きっと場を和ませてくれるだろう。
そう考えて、彼の申し出をあっさりと受け入れた。エルデはにこりと笑ってうなずき、その隣のアネットは飛び跳ねんばかりにしてはしゃいでいる。
しかしその時、冷たい声がすっと割り込んできた。
「リーズ様、彼はどなたでしょうか」
そちらを見ると、ニコラが琥珀色の目を糸のように細め、じっとエルデを見つめていた。同じくエルデとは初対面のセレスタンは『盾』のおかげで彼の正体に気づいたらしく、ちょっと目を見張ってはいたが特に何も言わなかった。
ぐるりと全員を見渡して、考えながら説明する。
「彼はエルデ、アネットの……お友達? よ。悪い人ではないし、私たちに敵対する者でもないわ。だから、気にしなくても大丈夫」
あまりにもふんわりとした説明に、ニコラはまだ釈然としていないようだった。
「リーズ、どうしてぼくが精霊だって言わないのかな?」
にこにこと、エルデが口を挟んでくる。ニコラとサラが目を見張り、セレスタンが納得したようにうんうんとうなずいている。アネットは、もう止めても無駄だとさとったのか、無言で目線をそらしている。
「精霊……それは確かなのですか、リーズ様?」
「ええ。だから彼は、敵ではない。納得できたかしら」
まだ微妙な顔をしているニコラに笑いかけると、彼はしぶしぶながらうなずいた。
「……一応は」
「そんなに彼のことが気になるのなら、実際に自分の目で話してみればいいわ。ほら、お茶を始めましょう」
とびきり用心深く疑り深いニコラでも、少しエルデと話せば分かるはずだ。彼は決して、危険な存在ではないのだと。
アネットに目で合図すると、彼女はエルデの手を引いて敷物に上がってきた。二人並んで、ちょこんと腰を下ろす。
サラも、ためらいがちに隅の方に座った。陛下のお茶会に私がお邪魔するなんて、と彼女は大いに困惑していたが、憂国軍の拠点では彼女に色々良くしてもらったし、できるならもっと親交を深めたかったのだ。
どうやらやっと、楽しいお茶会を始められそうだ。全員の顔を順に見渡して、にっこりと笑った。
よく晴れた空、心地良いそよ風、美味しい食べ物。けれど私の周囲には、どことなくぎこちなくよそよそしい空気が漂ってしまっていた。
ニコラは相変わらず警戒を解こうとしないし、サラはそわそわと視線をさまよわせている。騎士見習いの彼女からすると、アネットはともかくセレスタンの存在が大いに気になってしまうらしい。
セレスタンもどう振る舞っていいか悩んでいるような顔だったし、ミロシュはぴたりと私の横に張りついたまま優雅にお茶を飲んでいる。彼ははなから周囲の人間には興味がないらしい。
そんな中、アネットはまったくいつもと変わるところがなかった。この微妙な空気に動じないとは、ある意味大物かもしれない。
「あっ、これおいしい。ガブリエル君が作ったの? すごい、今度教えて!」
「はい、僕で良ければ。あっ、エルデさんもどうぞ」
「ありがとう。このケーキ、いい作物を使っているね。ぼくもこれは気に入ったよ」
アネットと一緒になって、ガブリエルとエルデも穏やかに話し込んでいる。ここだけ明らかに、空気が違っていた。
「ほら、そっちの二人も食べてみてよ。ガブリエル君、すごいんだから」
そんなことを言いながら、アネットがケーキの乗った皿をセレスタンとサラに勧めている。そのまま、流れるように二人を会話の輪に巻き込んでいった。少しずつ、辺りがにぎやかになっていく。
私はそのさまを、のんびりとお茶を飲みながら眺めていた。場を和ませるなんて芸当は、私には向いていない。しゃきっとさせるとか鼓舞するとかなら、まだできなくもないけれど。
アネットたちのおかげで、ようやく念願の楽しいお茶会っぽくなってきた。それでも、この和やかな空気を無視しているのがまだ二人いた。
「……ニコラ、ミロシュ、あなたたちもちゃんと食べているの? 今は一応お休みなのだから、少しは肩の力を抜くといいわ」
「私なりに、くつろいではいます」
「俺もだ」
鋭い目で答えるニコラと、いつでも動けるよう身構えたままのミロシュ。そんな姿で言われても全く説得力がないのだが、本人たちがそう言うのなら好きにさせておくしかないだろう。
二人に微笑みかけて、またアネットたちに目をやる。そちらはすっかり打ち解けて、和やかなお喋りを始めていた。
そんなみんなの姿を見ていたら、胸にこみあげてくるものがあった。
「……みんな、ありがとう。私のわがままに付き合ってくれて」
思ったことをそのままつぶやくと、その場の全員がこちらを振り向いた。みんな、私の大切な人たちだ。私を見つめる様々な色の目は、みな温かな笑みを浮かべている。一人一人の目を見返して、にっこりと笑う。
かつての私、『悪の女王』と呼ばれていた私は、ひとりぼっちで最期を迎えた。
けれど今の私には、たくさん味方がいてくれる。もちろん、まだ内乱の芽はあちこちに残っているだろう。これからも私は、色々なものと立ち向かっていかなくてはならない。
でも、もう一人で戦わなくてもいいのだ。たったそれだけのことが、とても嬉しい。
そんなことを考えながら、ケーキをひとかけら口に放り込んだ。しっとりとしたそれは、どこか懐かしさを感じさせる、優しい味がした。




