31.愚かな大騒ぎの後始末
憂国軍が引き起こした事件に巻き込まれた私は、たまたまミロシュの吹き矢を受けてしまい、毒に倒れた。毒といっても眠り薬としびれ薬を混ぜただけのごく弱いもので、一晩寝たらきれいさっぱり効果は消えた。
「ところで、私はいつまで寝ていればいいのかしら?」
それなのに、私は騒動から丸一日近く経った今でも寝台に押し込まれたままだった。ガブリエルがべったりと私のそばに張りついて、こっそり抜け出したりしないように見張っている。
どうやらニコラたちはみな、私が毒を受けて倒れたことにかなりの衝撃を受けていたようだった。大切に思われているのは嬉しいのだけれど、これはいくらなんでも過保護すぎる。
寝台の上で膝を抱えてふてくされる私に、すぐ近くの椅子に腰かけたガブリエルが声をかけてきた。
「今日と明日はおとなしくしてくださいって、ニコラさんが言ってました」
「もう毒も消えたし、すっかり元気なのよ。執務だってあるのに」
「執務はニコラさんとジェレミー様が代行されてます。万が一のことがあったら大変ですから、姉様は全力で休んでいてください。退屈なら、僕とお喋りしませんか」
彼の深い青色の目は、期待にきらきらと輝いていた。無邪気に笑いかけてくる様は、とても可愛らしい。
最近ずっと気を張っていたし、少しゆっくりするのもいいかもしれない。きっとその分ニコラたちが忙しくなっているのだろうが、私を無理やり寝台に押し込んでいるのは、ほかならぬ彼らだ。
そんな言い訳を心の中でしながら、ガブリエルの提案に乗ることにした。だったら少し話しましょうか、と答えた時の彼の笑顔は、それは見事なものだった。
そうやって二人でのんびりしているところに、ジェレミーが顔を出した。彼は少しばかり決まりが悪そうな顔をして、そっと小さな花束を差し出してきた。
落ち着きがあってどっしりとした彼とはまるで正反対の、可憐で繊細な花を束ねたものだ。礼儀正しく少し離れてこちらを見ているガブリエルが、感心したようなため息をついていた。
春の野原のような花束を受け取ると、ジェレミーはぎこちなく微笑みかけてきた。どことなく照れ臭そうな顔をしている。
「お見舞いに参りました、陛下。……女性に贈り物をするのは初めてなので、少し悩みました。お気に召すと良いのですが」
「ありがとう、ジェレミー。でも、もうすっかり加減はいいのよ」
「はい、顔色も良くなられたようで安心です。……それで、おうかがいしたいことがあるのですが」
いつも穏やかな彼の顔が、すっと引き締められる。つられるように背筋を伸ばす私に、彼は静かに話し始めた。
「憂国軍と名乗る彼らへの聴取が終わりました。そして、彼らをどうするかについてニコラ殿と話し合ったのですが」
思わずごくりとつばを飲みこむ。ジェレミーの向こうでは、ガブリエルもぎゅっとこぶしを握りしめて話の成り行きを見守っていた。
「最終的に私たちは、陛下に決めていただこうと、そう判断いたしました。……陛下は、彼らをどうされたいとお考えでしょうか」
彼の暗い赤の瞳が、言いようのない鋭い光をたたえてこちらを見つめる。彼はただ静かに座っているだけなのに、その赤に飲まれてしまうような気がした。
一つ深呼吸して、気後れしそうな自分を落ち着かせる。ゆっくりと口を開いて、自分の思ったままを言葉に乗せていく。
「彼らの志は、あくまでもまっすぐなものだった。彼らは確かに、この国を憂いていた」
自然と口調が改まっていく。普段の気軽なものから、女王としての威厳をまとったものに。
「だからこそ、彼らには相応の罰を与えなさい。手段を間違えたことを、罪を犯しかけたことを、彼らは償わなくてはならない」
ガブリエルが青い目を真ん丸にして、こちらを凝視している。彼の顔をちらりと見て、また視線をジェレミーに戻した。
「その上で、彼らにはやり直す機会を与えるべきだと、私はそう考えているわ。その志を、正しい形で生かしていくために」
そう言って口を閉ざした私の前で、ジェレミーがするりと椅子から立ち上がった。そのまま流れるような動きでひざまずく。
「お言葉、確かにうけたまわりました。陛下の御心のままに」
ちらりと見えていた彼の真紅の目には、称賛するような、そしてどこか苦しそうな色が浮かんでいた。その不思議な表情は、やけに印象に残るものだった。
次の日の朝、私の部屋はいきなりにぎやかになった。入れ替わり立ち代わり、アネットやセレスタンが訪ねてきていたからだ。どうやらやっと、ニコラが彼女たちにも面会の許可を出したらしい。
アネットはガブリエルからだいたいの事情を聞いていたらしく、可愛らしく微笑んでぺこりと頭を下げた。わたしがその場にいたら、もうちょっと穏やかに止められたかもしれないね、と申し訳なさそうに言って。
あれは運が悪かっただけよ、気にしないで、と返したら、そうもいかないわと難しい顔をされてしまった。今度何かあったら、必ず役に立ってみせるからね、と張り切っていた。
セレスタンもまた、誰かから事情を聞かされていたらしい。私が民をかばって負傷したことに、彼は感心していたが、同時にあきれてもいた。
「まったく君は、無茶ばかりするな。大体、女王がお忍びで反徒の拠点に足を運ぶなど、前代未聞だ」
眉間にくっきりとしわを刻みながらそう言った彼は、ふと悔しそうに唇をかんだ。
「どうせなら私を巻き込めば良かったのだ。そうすれば、『盾』で君を守ってやれたというのに」
「それは、そうだけれど……あなた、演技は苦手でしょう? 正体を隠すとか、隠し事をするとか」
「……確かに、その通りだ。だがそれでも、私は君を守りたかったんだ」
勢い良くそう言ってから、彼はきまりの悪そうな顔をした。こほんと咳払いをして、目をそらす。気のせいか、ほんのりと頬が赤い。
「……いや、今の私の発言は全て忘れてくれ。つい、余計なことを口走ってしまった。まったく君といると、調子が狂う」
そう言うなり、そそくさと帰っていく。相変わらず彼の態度はよく分からない。私は首をかしげながら、その背中を見送った。隣のガブリエルが、やけに険しい顔をしているのが気になった。
昼頃、ニコラがやってきた。思えば毒で眠り込んでしまってから、彼の顔を見るのは初めてだ。
彼はいつも通りきびきびと近づいてきて、折り目正しく礼をする。
「憂国軍の構成員について、処分が決まりましたので伝えに参りました」
息を飲む私とガブリエル。そんな私たちと目を合わせることなく、ニコラは淡々と説明する。
「罰金と労役、それが今回の罰です。なお騎士見習いのサラについては、ガブリエル様の証言通り巻き込まれただけということが明らかになりましたので、半年間の減給のみといたしました」
「それだけ、ですか……?」
ほっとした様子で、ガブリエルが尋ねる。やはりニコラはそちらを見ることなく、言葉を続けた。いつも感情をあまり表に出さないニコラだが、それにしてもやけによそよそしい。
「彼らは罰としての労役を終えた後、ジェレミー様の管理下で自警団を結成することになっています。これなら『彼らの志を正しく使う』という、リーズ様のお言葉にも添うでしょう」
ニコラは目を伏せて、小さく息を吐く。彼の声はひどく重々しく、こちらを拒絶しているようにすら聞こえた。
「ありがとう、ニコラ。あなたたちは私の思いをきちんとくみ取ってくれたのね」
そう微笑みかけても、彼はやはり目を合わせない。ありがとうございます、とだけ答え、すぐに部屋を出ていこうとした。
明らかに、彼の様子はおかしかった。きっと、私に対して怒っているに違いない。彼に隠し事をして、無茶をやらかして、あげくに倒れた。
彼に謝らなくては。そう思った拍子に、言葉が勝手に口をついて出た。
「待って、話がしたいの」
ゆっくりと振り返ったニコラの琥珀色の目には、戸惑いの色がゆらゆらと揺らめいていた。




