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28.そうして事態は動き出す

 午前中は執務にいそしみ、午後になると憂国軍の拠点に向かう。そうして潮風に吹かれながら、周囲の話に耳を傾ける。それが最近の、私のお決まりの過ごし方になっていた。


 ただどうも最近、私のしていることについてニコラがうすうす感づき始めているようだった。今はまだ静観しているようだが、いつ彼が腰を上げるかわからない。


 憂国軍の面々はまだろくな活動をしてはいないが、ニコラがその気になれば、適当な理由をつけて捕らえるくらい朝飯前だろう。そして背後にいる支援者をあぶりだすために、それは過酷な取り調べが行われるに違いない。


 彼らの背後にいる人物を知るためには、それくらい強硬な手段をとらなくてはならないのかもしれない。最近では、そんなことをちらりと思うようにもなっていた。


 けれど同時に、彼らに対して多少なりとも愛着がわいてしまっているのも事実だった。できることなら、穏便に済ませられるようにぎりぎりまで頑張りたい。けれど具体的にどうすればいいのかは、やはり全く思いつかなかった。


 黒く染めた髪を潮風になびかせながら、こっそりとため息をつく。居心地の悪い焦りだけが、胸の中でざわめいていた。






 そんなある日、唐突にそれは起こってしまった。


 いつものように私とガブリエルは連れ立って、憂国軍の拠点を目指していた。倉庫の中の階段を下りて地下通路を歩いている時、扉の向こうがいつになく騒がしくなっていることに気づいたのだ。よく見ると、門番もいない。


 無言のまま顔を見合わせ、そっと扉に耳をつける。なんとなく、そのまま中に入っていくのがためらわれるような、そんな雰囲気を感じたのだ。


「ついに、俺たちが立ち上がる時が来たぞ!」


「悪の女王とそれに従う貴族たちに、目にもの見せてやろう!」


 ああ、間に合わなかった。まず思ったのは、そんなことだった。


 そして次に思ったのは、大急ぎで王宮に戻ろうということだった。彼らに気づかれる前にここを立ち去って、ニコラに今までのことを全部打ち明けよう。有能な彼なら、きっとどうにかしてくれる。きっとそれが、一番被害の少ない方法だ。


 呆然としたまま、そろそろと扉から離れる。しかし運の悪いことに、まさにその時目の前で扉が開く。その向こうには、見覚えのある顔たちがずらりと並んでいる。みな、異様なまでに目をぎらつかせていた。


「人の気配がすると思ったら、リジーにガブリエルか」


「ちょうどいい、お前たちも来い」


 いつもは気のいい彼らが、やけに物騒な気配を漂わせている。下手に逆らったら騒ぎになりそうな、そんな雰囲気だ。もしそうなってしまったら、とても危険だ。私たちではなく、彼らが。


 私には『剣』があるし、いつものようにミロシュもついてきている。そしてここにいる彼らは、前に戦ったならず者よりずっと弱い。争いになってしまえば、勝敗がどうなるかは火を見るより明らかだ。


 そんなことを考えながら、精いっぱい神妙な表情を作って部屋の中に入る。そのまま壁際のところで立っていると、部屋の中心に一人の男性が進み出た。この組織の中でも割と目立っている、体格が良くて声が大きい若い男性だ。確か名前はロブだったか。


 ロブはぐるりと部屋の中を見渡して、こぶしを突き上げる。


「いいか、これが俺達『憂国軍』の初仕事だ! 気合を入れていくぞ!」


 そうして彼は、その初仕事とやらの内容を説明し始めた。


 彼らがこれから実行しようとしているのは、親女王派の貴族の別邸、そこに火を放つことだった。普段そこは無人だとかで、人死にが出ることはまずない。それでも、火付けは重罪だ。


「姉様、どうしましょうか……」


「なんとかして止めないと、大変なことになるわ」


 私とガブリエルは、壁際で青ざめたままささやき合っていた。その間も、ロブは高らかに話し続けている。どことなく自分に酔ったような、そんな声音だった。


「決行は四時間後、夕暮れにまぎれて行う。詳しい手はずを説明するから、いったん集まってくれ」


 その言葉を合図にしたように、みながロブを取り囲み、なにやらこそこそと話し始めた。私とガブリエルは一応部外者であるからか、放ったらかしにされている。


 よく見ると、窓辺に一人サラがたたずんでいた。話し合いに加わることなく、泣き出しそうな顔で仲間たちを遠巻きに見ている。


 話し合いに熱中しているロブたちに気づかれないように、そろそろとサラのもとに向かう。


「サラ、いったい何があったの。それも、こんなに急に」


 小声でささやきかけると、彼女はすがるような目でこちらを見た。すぐに、周囲をはばかるようなかすかな声が返ってくる。


「みな、ずっと焦っていたのです。国のために立ち上がったのに、毎日こうしてただ集まることしかできない、時間を浪費するだけの日々に」


 確かに、私がここに来るようになってから、彼らは毎日お喋りしかしていなかった。だからこそ、私やガブリエルも悠長に情報収集をしていられたのだけれど。


「そして昨夜、私たちを支援しているお方から連絡が入ったのです。憂国軍の存在を、そろそろ少しずつ世に知らしめていってくれ、と」


「それで、火付けなのね……もう少し穏便な方法はなかったの?」


「私も、そう言ったんです。私たちの主張を書いた紙を配るとか、看板を立てて回るとか。そういった手段では駄目なのか、と。でも、みなすっかり盛り上がってしまって……」


 くすんと鼻を鳴らしてから、サラはそろそろと私の目を見つめてくる。


「……彼らを止めるのを、手伝ってくれませんか。このままでは、大変なことになってしまいます」


「ええ、もちろんよ。……でも、どうしたものかしら」


 私も、彼らを止めたい。その気持ちは同じだった。ただ、その手段がとんと思いつかない。


 火付けを止めさせるだけなら簡単だ。頃合いを見計らって『剣』を引っ張り出せばいい。望むものを何でも切ることができるこの聖具なら、炎を切って消すこともできるだろう。


 でもそんなことをしたら、当然ながら私の正体がばれてしまう。できればそれは最後の手段にしておきたい。


「僕たち三人だけで、何ができるでしょうか……」


 ガブリエルは横目で周囲の様子をうかがいながら、困ったように眉をひそめている。


「やっぱり、実力行使しかないのかしらね……」


「ですが、戦えるのは私一人ですし……リジー様のお宅の兵を借りられれば……」


 私が戦えることを知らない、私にミロシュが張りついていることを知らないサラが、困ったように眉を寄せる。


「四時間では、さすがに間に合わないわ」


 私のところの兵、それすなわち王宮の騎士や兵士だ。そんなものを引っ張り出したら、それこそ大ごとになってしまう。


 私たちは顔を見合わせて、三人同時にため息をついた。大変なことになっているのに、見事なまでに手詰まりだった。


 少し離れたところでは、ロブたち憂国軍のみなが、目を輝かせながら作戦を話し合っていた。ため息をつき合っている私たちのことなど、まるで目に入っていないようだった。




 日が傾き始めた頃、私たちはとある貴族の別邸の、さらに裏手に広がっている林の中にいた。


 木々の向こうに、別邸の壁が見えている。ロブたちは腹立たしいくらいにてきぱきと動いて、壁のそばにわらを積み上げていた。


 あの拠点を出てからずっと、私、ガブリエル、それにサラの三人はどうにかして彼らを説得しようと悪戦苦闘していた。こんなことをしたら大変なことになるわ、王宮の兵士が駆けつけてしまうかもしれません、どうか思いとどまってください。そんな言葉を口々に投げかけて、誰彼構わずに腕をつかんで。


 でも私たちは、結局彼らを止めることができなかった。彼らはあっという間にわらを積み上げると、両手で抱えられるくらいの小ぶりな樽をいくつも運んできた。ちゃぷちゃぷという音が中から聞こえてくる。おそらく、油か何かだろう。


 そして彼らは、めいめい樽を手にしてわらの山に向き直った。もう、一刻の猶予もない。


 とっさに彼らとわらの山の間に割って入る。樽を手にした若者たちが、ぎょっとしたように目をむいて、数歩後ろに下がった。


 大きく両腕を広げて、力いっぱい叫ぶ。


「ロブ、みんな! こんなことはやめましょう! こんな恐ろしいことをしなくても、あなたたちの思いは女王に届くはずだから!」


「邪魔するな、リジー! そこをどかないと、あんたも一緒に火に飲まれるぞ!」


「俺たちはもう決めたんだ! 止めるな!」


 威嚇するように、ロブたちがこちらをにらむ。少し離れたところで、ガブリエルとサラがはらはらしながら私を見つめていた。


 あごを引いて、ロブたちを正面からにらみ返す。こうなったら、ここから一歩だって動いてやるものか。


 次の瞬間、全身にびしゃりと液体がかかった。どうやら彼らは、本当に樽の中身を私にぶちまけたらしい。むせかえるような酒の香りに、軽くせき込む。


 彼らは油ではなく、酒を使うことにしたらしい。それも、とびきり強いやつを。べたべたしないだけましだったか、などと思った時、あることに気がついた。


 髪の色が落ちてしまう。今私の髪を黒く変えている染め粉は、酒精をかけると簡単に落ちてしまうのだ。


 視線を下げると、髪から真っ黒のしずくがぼたぼたとこぼれ落ちるのが見えた。その下から現れるのは、赤みを帯びた橙の長い髪。とても鮮やかで珍しい、人目を引く夕焼けの色。


「……その髪……その姿……もしかして、陛下……?」


 水を打ったように静まり返った中、サラが呆然とつぶやく声だけがやけにはっきりと聞こえた。

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