26.たまにはさぼりも悪くない
今日も私とガブリエルは、憂国軍の拠点に連れ立って出かけていた。
彼を放っておいて前のように大騒ぎになるくらいなら、もう開き直って一緒に行動してしまったほうがよほど安全だ。そんな判断のもとに、私はあの拠点に行く時は必ずガブリエルに声をかけるようになっていた。その代わり、絶対に一人で行っては駄目よと言い含めて。
そうして二人並んで、城下町をのんびり歩いていた時のことだった。
「あっ、リジー、ガブリエル!」
通りの向こう側でぴょんぴょんと跳ねながら叫んでいるのは、案の定アネットだった。その隣ではエルデがおっとりと微笑んでいる。
ここは緑豊かな公園ではなく家々が立ち並ぶ町中なのだが、やはりエルデは周囲の風景に見事に溶け込んでいた。そしてアネットは、今日も元気いっぱいだった。
「こんなところで会うなんて、奇遇ねアネット。それに、エルデも」
「わたしたちはその辺をぶらぶらしてたところなの。リジーたちはどうしたの?」
こちらに駆け寄ってきたアネットが、満面の笑みでそう尋ねてくる。エルデの方をちらりと見てから、それとなく言葉をぼかして答える。
「ああ、ええっと、いつものところに顔を出そうかしらって思って」
私の言葉に、アネットが目を真ん丸にした。それから一瞬だけガブリエルを見て、また無言で私を見つめている。彼の前でその話をしていいの? と言わんばかりの表情だった。それを察したガブリエルが、可愛らしく微笑む。
「僕も、姉様の調べものに協力しているんです。だからこうして一緒に、あそこに出入りしているんですよ」
アネットの目が、さらに見開かれた。彼女は両手を頬に当てて身震いしている。
「そうなんだ、すごいなあ。わたし、あそこはちょっと怖くて……頑張ってね、ガブリエル君」
ちょうどその時、エルデと目が合った。彼はにっこりと笑いながら会釈してくる。
「こんにちは、リーズ。それとも、リジーと呼べばいいのかな」
「今は、リジーと呼んでもらえると助かるわ」
「ああ、分かったよ。ところでそちらのきらきらした子は、誰なのかな」
精霊だからなのか、彼は私が偽名を使っていることについて全く疑問を抱いていないようだった。そんな彼の視線の先には、お行儀良くたたずんでいるガブリエルの姿がある。きらきらした子と呼ばれたのがくすぐったいのか、その口元がちょっと上がっていた。
「彼はガブリエル、私の弟なの」
「よろしく、ガブリエル。姉弟にしては、あまり似ていないんだね」
確かに私たちは、共通したところが何一つない。髪の色も目の色も、顔立ちも性格も。けれどそれを面と向かって口にする人間は、めったにいない。もしかすると何か訳がある、それも聞いてはいけないような事情があるのかもしれないと、そう考えるからだ。
ところがエルデはためらうことなく、そんなことを指摘してきた。人によっては、ぶしつけだと受け取るかもしれない物言いだ。しかしエルデの正体を知っている私からすれば、特に驚くようなことでもなかった。彼は単に、疑問に思ったことを尋ねただけなのだから。
しかしガブリエルは、この質問をどう思っているのだろうか。そっと隣に目をやって、彼の様子をうかがう。彼はたじろぐことなく、穏やかな声で答えた。
「はい。僕と姉様は、血がつながっていませんから。……少し寂しくて、少し嬉しいです」
不思議なことを言うガブリエルに、私とアネットは二人そろって首をかしげる。エルデは相変わらずにこにこと笑ったままだ。
「ふふ、あなたは、リジーのことをとても大切に思っているんだね」
エルデはそう答え、ひときわ優しく微笑む。さっきのガブリエルの言葉をどう解釈したら、こんな返事になるのか。
しかしそれを聞いたガブリエルは、やけに嬉しそうにエルデに笑い返していた。いったいどうやって意思疎通しているのか良く分からないが、どうやら彼らはあっさりと打ち解けてしまったらしい。
そんな二人をじっと見ていたアネットが、ふと目を見開いて手をぱんと打ち合わせた。
「ねえ、どうせだったら四人で遊ばない?」
「でも、私たちはこれから調べ物で……」
「一日くらいさぼっても大丈夫よ。それにこの前リジーと一緒に遊んだ時は、結局あんなことになっちゃったし」
彼女がそれとなく言っているのは、たまたまサラに遭遇して憂国軍の拠点に連れていかれてしまったあの時のことだ。
「あの時、わたしはあなたにお礼をしたかったの。エルデを探す手伝いをしてくれてありがとうって」
「その話なら、ぼくも聞いているよ。ぼくは今、アネットといられて楽しい。これはみんな、リジーがアネットに助言してくれたおかげなんだってね」
眉間にしわを寄せて言いつのるアネットのすぐ上に、エルデがひょっこりと顔を出す。小柄なアネットとすらりと背の高いエルデでは、頭一つ分近く身長が違うのだ。
「だからあらためて、お礼をしたいなって」
アネットはそう言って無邪気に笑う。彼女の誘い自体は魅力的なものだったが、それとは別に気になることがあった。
「でもあなたたち、二人で楽しく町歩きの途中だったんじゃないの? 邪魔するのも悪いんじゃないかって思うのだけど」
「それはいつでもできるもの。でも、忙しいリジーと遊べる機会って、そうないし」
「あなたたちと過ごすのも楽しそうだと、ぼくはそう思うよ」
二人がかりでこう言われてしまっては、もう私が反対する理由もなかった。ガブリエルの方を見ると、彼もにっこりと笑っている。
「じゃあ、お言葉に甘えましょうか」
こうして、私たちは四人一緒にぶらぶらすることになった。あの拠点でぴりぴりしながら周囲の様子を探らなくてもいい。そのことに、少しだけほっとしていた。
それから少し後、私とガブリエルは広場のテーブル席についてくつろいでいた。アネットとエルデは、近くの屋台に軽食を買いにいっている。
「姉様、エルデさんって……少し変わった方ですね。なんというか……僕たちの物差しでは測れない人だと思います」
ガブリエルが苦笑しながら、そうつぶやいた。離れた屋台のところにいるエルデを、まるで弟か何かを見るような目で見守っている。
私たちはあれから、四人でお喋りをしながら町を歩き、色々な店や場所を見て回った。その間中、エルデはずっと目を輝かせながら大いにはしゃいでいた。その姿は、まるで子供のように無邪気なものだった。ガブリエルが言っているのは、そのことだろう。
エルデは見た目だけなら、私たち四人の中では一番上だ。しかし彼は精霊だし、見た目通りの年齢ではないのかもしれない。実はまだ生まれて数年とか、あるいは百歳超えているとか。
「そうね、彼は何というか……不思議な殿方ね。アネットが彼のことを気にするのも、分かる気がするわ。彼は、人を引き付ける魅力の持ち主だし」
何の気なしに口にしたそんな言葉に、ガブリエルがあからさまに眉をひそめる。
「あら、何かおかしなことを言ったかしら」
「いえ、姉様は悪くありません。ただちょっと、僕の心が狭いだけで」
ガブリエルが何を言いたいのか分からず、目を見張る。ちょうどその時、いきなり後ろから軽食の皿が差し出された。振り向くと、笑顔のエルデが立っていた。
「二人とも、何の話をしてたのかな」
「あなたが不思議な、でも素敵な方だって話よ」
そう答えると、ガブリエルの眉間のしわがまたちょっと深くなった。エルデは相変わらず無害そうな笑顔のまま、小首をかしげている。
「ぼくが不思議? うん、そうかもね。ぼくは精霊、大地の精霊だから」
「エルデ、人前ではそのことは内緒だって言ったじゃない」
お茶の入った木のカップを手に、アネットも戻ってきた。その唇を、可愛らしくとがらせながら。
「大丈夫だよ、アネット。リジーもガブリエルも、ちゃんと秘密は守ってくれる人だから」
あまりにも自信たっぷりに言い切るエルデに、つい口を挟んでしまう。いくらなんでも、警戒心がなさすぎる、そう思ったのだ。
「どうしてそう言い切れるの? 私たち、お互いのことをほとんど知らないでしょう」
しかしエルデは、少しも動じることなくまた言い切った。
「勘だよ。ぼくたち精霊の勘は、良く当たるんだ」
その言葉に、ガブリエルと二人で顔を見合わせる。さっきまで眉間にしわを寄せていたガブリエルは、一転してあっけにとられた顔をしていた。たぶん、私も同じ顔をしているに違いない。
少し間があって、私とガブリエルはどちらからともなく笑み崩れた。その笑顔を、そのままエルデに向ける。
「……ふふっ、信じてくれてありがとう。これからも、口外しないと誓うわ」
「はい、僕も秘密にします」
そう口をそろえて答えると、エルデは落ち着き払った笑みを返してきた。そんな私たちを見て、アネットもようやく安堵のため息を漏らす。エルデに向き直って、小声で話し始めた。
「もう、いきなり正体をばらしちゃうから、焦ったわ」
「心配しなくてもいいのに」
「リジーはあなたの正体に気づいていたし、ガブリエル君も大丈夫だと思う。でも、他の人に聞かれちゃうかもしれないでしょ? もしものことがあったら大変よ」
まるで聞き分けの悪い子供に言い聞かせるかのような口調で、アネットがささやく。そっとガブリエルに視線を向けると、彼もまた神妙な顔で口を閉ざしていた。
精霊は自然の象徴としてあがめられたり、逆に人ならぬものとして差別されたりする。それだけならまだしも、うっかりもめ事に巻き込まれてしまったら、それこそ大ごとになりかねない。
人のことわりにも思惑にも縛られない彼らは、同時に人の法に守られることもないからだ。だからエルデの正体については、可能な限り伏せておくに越したことはない。
しかし、アネットもずいぶんとしっかりしたものだ。人懐っこさだけが売りの、ふわふわした少女だとばかり思っていたのに。微笑みながら彼女の方を改めて見ると、そこには思いもかけない光景が広がっていた。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
「ありがとう。ああ、これってぼくが好きなお茶だね。覚えていてくれたんだ」
「もちろんよ」
私とガブリエルが真剣に考えこんでいる間に、アネットとエルデは二人で和やかにお喋りを始めていた。なんというか、ほんのりと甘酸っぱい雰囲気だ。
アネットは恥じらいながらお茶をエルデに差し出し、エルデは邪気のかけらもない笑顔で答えている。まだまだアネットの片思いといった感じだが、前よりはずっと親しくなっている。
「……私たちもお茶にしましょうか」
小声でつぶやくと、ガブリエルも小さく笑った。
「はい。姉様、アネットさんたちに会えて良かったですね」
彼の指摘に、苦笑で返す。昼過ぎに王宮を出た時、私の肩には思いっきり力が入ってしまっていたのだ。今日こそあの拠点で、何か有益な情報をつかむのだと、そう意気込んでいた。
そんな力みが、すっと消えていくのを感じる。なんというか、アネットとエルデの二人を見ていると、こちらまで自然体になってしまうのだ。ガブリエルの言う通り、彼女たちに偶然出くわしたのは、とても良いことだったのだろう。
お茶を一口飲んで、顔を上げる。さわやかに晴れ渡った、とても素敵な午後だった。




