25.押しかけてきたのは
それからも私は、折を見て憂国軍の拠点を訪れていた。一人きりで。
一度だけアネットも連れてきたのだが、そうしたらまた大騒ぎになってしまった。飛び交う歓声と、自分を勧誘する数々の口説き文句に恐れをなしたアネットは、「わたし、もうあそこに行きたくない……」と、本気でおびえてしまっていた。
だから一人で潜入を続けていたのだが、どうにもはかばかしくなかった。
憂国軍の面々は、私にはあまり気を許してはいないようだった。拠点に出入りすることこそ許しているが、仲間としては認めていない。そんな雰囲気だった。
おまけに私は、あまり人付き合いがうまくない。十二の年で剣の家を取りまとめ、そして女王まで上りつめた私は、人の上に立って指揮をする、あるいは操ることはそれなりに得意だった。
でもこうやって、一人の人間同士として対等な立場で話すのは苦手だ。というより、そんな経験がない。アネットみたいに人懐っこい相手であれば、それなりに肩の力を抜いて接することができるのだけど。
彼らがこんな組織を立ち上げるに至った経緯、資金の流れなど、知りたいことはまだまだあった。けれどどうやら私一人の力ではどうしようもないらしい。
これはもう、もう一度アネットをここに連れてくるしかないのだろうかと、そんなことを考え始めていたある日、突然それはやってきた。
「おーい、リジーの弟っていうのが来てるんだが。確認してくれや」
拠点の入口から、そんな声が聞こえてきた。窓辺の椅子に腰かけていた私は、あわてて立ち上がり入口に向かう。
がっちりした門番の向こうにたたずんでいるのは、確かにガブリエルだった。
「あの、姉様……来てしまいました」
ほんの少し照れ臭そうに、そして申し訳なさそうに、ガブリエルは微笑んだ。
「ちょっと、顔を貸して」
思わず部屋を飛び出して彼の腕をつかみ、そのまま地下通路をずかずかと戻っていく。部屋の入口のところで目を丸くしている門番と十分に距離をとってから、ガブリエルの耳元でささやく。驚きのあまり、私の声はすっかりうわずってしまっていた。
「どうしてあなたが、ここにたどり着いたの。いったいどうやって」
「最近姉様がしょっちゅう出かけているのが気になっていて……だから、こっそり後をつけてしまったんです」
こんな目立つ少年が、しかも王宮からつけてきたなんて。よくもまあ、騒ぎにならなかったものだ。というか、隠れて私を護衛しているミロシュは彼の存在に気づいていたはずだが、どうして止めてくれなかったのだろう。
頭をかきむしりたい思いにかられながら、極限まで声をひそめた。
「あなたは、ここがどこなのか……どういう人たちの集まりなのか分かっているの?」
「はい。さっき倉庫のところで、ミロシュさんがこっそり教えてくれました。姉様の役に立ってこい、とも言われました」
同じように声をひそめて、ガブリエルが答える。きりりと顔を引き締めて、まっすぐに私を見つめている。
その言葉に、今度こそ本当に頭を抱えた。まさかミロシュがガブリエルを見逃していただけではなく、たきつけていたなんて。
確かに最近、偵察がうまくいかないことをミロシュに愚痴っていた。だから彼なりに、私を助ける方法を考えてくれたのだろう。
気弱だが誠実で人懐っこいガブリエルであれば、憂国軍のみなの心を開かせることができるかもしれない。でもガブリエルを巻き込むと、私の正体がばれてしまう可能性も上がってしまうように思える。彼は賢いが、嘘をつくのには向いていない。
無言で悩む私の顔を、ガブリエルはじっと見つめている。徐々に眉が下がっていき、口元がきゅっと引き結ばれていく。
「……その、迷惑でしたら、このまま帰ります。ここのことは絶対に口外しません」
しゅんとするガブリエルをちらりと見て、部屋の入口の方をちらりと見る。そこにはたくさんの人間が押し寄せて、興味深そうにこちらをうかがっていた。
みな明らかに、ガブリエルのことが気になってしょうがないという顔だ。大変好意的な視線がこちらに向いている。
仕方ない、腹をくくろう。ばれてしまったら、その時はその時だ。
「……分かったわ。だったらあなたにも手伝ってもらう。でも、分かっているわね?」
「はい! 僕たちの正体は絶対に秘密、ですよね?」
そう答えたガブリエルは、輝かんばかりの満面の笑みを浮かべていた。
結論から言うと、ガブリエルを巻き込んだのは大正解だった。彼の美貌とおどおどとした態度は他人の警戒心をそぐらしく、彼はものの数日でいくつかの情報をつかむことに成功したのだった。
「あの人たちの裏には、誰か偉い人がいるみたいです」
拠点から王宮に戻る途中、人気のない静かな道で、ガブリエルが小声でささやいてきた。憂国軍について王宮の中で話して、うっかりニコラに聞かれたらややこしいことになりそうだったので、こういった報告はいつも帰り道で聞くことにしていたのだ。
周囲を警戒しながら、小さくうなずく。前にミロシュも指摘したように、憂国軍はやけに金回りが良かった。裏に何かいるのであれば、それも納得だ。
「それが誰なのかは教えてもらえませんでした。でも、あの組織を立ち上げたのも、その偉い人なんだそうです」
ガブリエルが可愛らしい顔を精一杯に引き締める。どうやら、黒幕にたどり着けなかったことが悔しいらしい。
「ありがとう、いい情報を手に入れてくれたわね」
「えっ、でも僕は……」
「黒幕がいることがはっきりしただけで収穫だもの。もう少し黒幕の正体が見えてくれば、ニコラにそれとなくそちらを調べるよう頼むこともできる。打つ手も一気に増えるわ」
そもそも、私はニコラと共にさんざん悪辣な手を使って女王にのし上がったが、それらの手は一般の民には知られるはずもないし、影響もほとんど出ていないはずなのだ。
それなのに、憂国軍の人間たちはほぼ全員が、女王のことを悪しざまにののしっていた。あれは絶対に、誰かが彼らに女王の悪口を吹き込んだに違いない。そしてその誰かは、おそらくは貴族だ。
ずっと私は、そう見当をつけていた。ガブリエルが聞き出した黒幕こそ、きっとその誰かに違いない。
久々にすっきりした気分を覚えて、その勢いのままにガブリエルの頭をなでる。彼は心地良さそうに目を細めていたが、ふと不満そうに口をとがらせた。
「……姉様が褒めてくださるのは嬉しいです。けれど、僕は……そんなに子供なのでしょうか」
星を散りばめた朝の空のようにきらめく青い瞳が、まっすぐにこちらを射抜く。いつも弱々しい表情を浮かべている彼は、ひどく真剣な表情を浮かべていた。
「僕はまだ十四で、姉様より三歳も年下です。でもあと数年もすれば、僕も一人前です。きっと背ももっと伸びて、体も大きくなります」
今の彼は、私とそう身長も違わない。その可愛らしい美貌と相まって、女装でもさせれば驚くくらい似合ってしまうだろう。
けれど良く見ると、彼はこの短い間に少し成長していた。戴冠式のあの日よりもほんの少し肩の線が鋭くなっているし、ぐっと握りしめられた手も、男性らしい雰囲気を漂わせ始めていた。
「僕は強くなります。姉様のために。力をつけ、知恵を蓄え、姉様を守れるように」
ひどく静かに、彼は低い声でささやく。微笑みながら私の手を取って、そっと手の甲に唇を触れさせた。
ついさっきまで可愛い弟だとばかり思っていた彼が、まるで一人前の男性のように見えた。動揺を隠すように、目をしきりにまたたく。
彼はそんな私を、ただ黙って見守っていた。私の手を、優しく握ったまま。




