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24.女王の潜入捜査

 次の日、私はまたあの港の倉庫に来ていた。いつものようにミロシュが隠れてついてきているが、ぱっと見は一人きりで。


 ここに集った彼らが待ち望んでいるのは私ではなくアネットの方だ。だからこそ、あえて彼女は置いてきた。彼らの熱意に押されて、彼女がうっかり彼らに加わることになってしまったら大変だからだ。


 なので、まずは私が一人で偵察する。彼らの活動に興味を持った、ごく普通の令嬢のふりをして。


 私がここに来ることについては、アネットと、それにミロシュ以外の者には内緒にしてある。だから表向きは、私は城下町をこっそり視察しつつ、気晴らしをしてくるということになっていた。


 周囲を警戒しながら、先日サラに案内された道を足早に進む。地下通路の突き当たりの番人に、緊張を隠しつつ話しかけた。


「こんにちは、通していただけるかしら?」


 いつもより少しだけ柔らかに、ごく普通の令嬢のように見えるよう口調に気をつける。私の正体がばれることだけは、絶対に避けなくてはならない。


「あんたは……ああ、アネット様の友人か」


「ええ。あなたたちがなそうとしていることに、興味があって。もしかしたら私も、何か力になれるかもしれませんから」


 そう答えると、番人は上から下までじっくりと私を見た。それからふうと息を吐いて、立ち上がり扉に手をかける。


「まあいいか。よし、入りな」


 部屋の中から、波の音と潮風が押し寄せてくる。いよいよ、ここからが本番だ。腹にぐっと力を入れ、部屋の中に向かって一歩踏み出した。




 しかし偵察は、思ったよりもずっと順調に進んでいた。


 悪の女王を倒すと息巻いている割に、彼らは意外と口が軽かったのだ。あるいは、私のことを取るに足らない非力な令嬢だとあなどっているのか。


 彼らは『憂国軍』と名乗り、ここを拠点に活動しているのだそうだ。といっても現状では大したことはできていないらしく、今はとにかく仲間を集めることに専念しているらしい。いずれ悪の女王の行いを世に知らしめるべく、行動に移る予定ではあると主張しているが。


 ただ、具体的に何をするかについては、誰も考えていないようだった。というより、誰か他の人間が考えてくれるだろ、と気軽に考えてしまっているように見える。やろうとしていることの重大さの割に、なんというか真剣さが足りない。


 そんなことをこっそりと思いながら聞きこみを続けていると、入口からすらりとした女性が姿を現した。サラだ。


「ああ、リジー様でしたか。ようこそ、いらっしゃいました。アネット様はどうされたのでしょうか?」


 サラは礼儀正しくあいさつしながら、そう尋ねてきた。今日ここに来てから、誰も彼もが同じことを口にする。アネット様はどこだ、アネット様は来られないのか、と。


 少しうんざりしながらも、用意していた答えを口にする。


「用があるって言っていたわ。彼女も、そうしょっちゅう抜け出してはこられないみたい」


 私の答えを聞いたサラは、露骨にがっかりした顔をする。これもまた、お決まりの反応だった。


「そういえば、あなたはどうして憂国軍に加わったの? アネットから聞いたのだけれど、あなたは王宮に勤める騎士見習いなのでしょう?」


 ここにいるのはみな平民の、それもごく普通の家の者ばかりだ。どうも、豪商の息子などもこっそりと混ざってはいるようだったが。その中で、見習いとはいえ騎士であるサラはかなり浮いていた。


 そんな彼女がどうして、こんなところに出入りするようになったのか。きっと、何か深刻で重大な理由があるに違いない。


 期待を込めて見つめる私から目をそらし、サラは気まずそうに身じろぎした。


「……友人たちに、引きずり込まれたんです」


 どういうことだろうと思わず小首をかしげてしまう。そんな私の方を見ることなく、彼女は続ける。


「『誰か一人くらい戦えるやつがいたほうがいいだろう、俺たちは仮にも軍を名乗るんだからな』って言われて……嫌だって抵抗したんですけど、結局断り切れませんでした」


 なんとも間の抜けた、馬鹿げた理由だった。思わずぽかんと口が開いてしまう。サラは恥ずかしそうにうつむきつつ、小声でつぶやいていた。


「私は陛下がどんな方なのか存じ上げません。遠くから、ちらりとお見かけしたくらいで。ここのみなが言うように、陛下が悪逆非道な方なのかどうかも、私には分からないんです」


 そう言って、サラはふうとため息をついた。


「ですので正直、騎士見習いの任務をこなしながらここに通うのは、どうにも心苦しいんです……それなのに、気がつけばここの取りまとめのようなことまでやらされて……どうして、私がこんな目に……」


 途中からは、どう見ても愚痴でしかなかった。サラは背中を丸め、爪をかんでいる。いつもの凛々しい雰囲気は、影も形もなかった。


「ちょ、ちょっと待って、だったらどうしてアネットをここに連れてきたの!?」


 あわてふためきながらそう尋ねると、サラはさらに小さな声で、どこかふてくされたように答えた。


「……アネット様であれば、みなを説得してこんなことをやめさせてくれるかと、そう思いました。あの方は争いを好まれませんし、陛下のこともご存知ですから」


「ああ、そういうことだったのね……」


 憂国軍も一枚板ではない、というより割と適当かつ大ざっぱなのだということを知ることができた。それは収穫と言えたが、今私は別の問題に直面していた。


「だいたいみんな、適当で場当たり的にもほどがあるのです。思いつきで突っ走って、そのたびに私が尻拭いをする羽目になって……」


 どうやらかなり不満をためこんでいたらしく、サラはうつむいたままものすごい勢いで愚痴をこぼし始めたのだ。


「ね、ねえサラ、そういうことを私に話してしまっていいの?」


「リジー様はアネット様の友人ですから。お願いです、話させてください」


 上目遣いにこちらを見上げたサラの目は、すっかり据わってしまっていた。






 結局サラの愚痴から解放された時には、もう日が傾いていた。


「……疲れたわ。人間って、あんなにぶっ続けで愚痴を吐き続けることができたのね」


「あの勢いは、陰から見ていても恐ろしかった」


 自室の長椅子でぐったりと伸びている私に、ミロシュが苦笑を投げかけてくる。憂国軍について話がしたかったので、ニコラやガブリエルにばれないように自室に来てもらったのだ。


「でも、多少なりともあそこの雰囲気が分かって良かったわ。統率は全く取れていないし、行動力もさほどない。これなら、しばらくは安心していても良さそうね」


「気を抜くのは早い、我が君」


 ほっと気を抜いている私とは対照的に、ミロシュはやけに難しい顔だ。


「我が君があそこにいる間に、俺も周囲を調べた。確かに、あれは烏合の衆だ。しかし、それにしては金回りが良すぎる」


「……彼らの背後に、何かがいる可能性が高い。あなたはそう言いたいのね」


 そう問いかけると、彼はゆっくりとうなずいた。


「何があろうと、我が君は俺が守る。だがそれでも、どうか気をつけて欲しい」


 憂国軍について一番警戒しているのはミロシュかもしれない。彼はとても腕が立つし、その気になれば一人でもあの組織を壊滅させることができるだろう。


 それでも彼はぴりぴりしている。ほかでもない私が、彼らにかかわっているから。私が、彼らと話し、彼らについて調べると決めてしまったから。


「……あなたには、苦労ばかりかけるわね。ありがとう」


「礼には及ばない。これが俺の、我が君にもらった大切な使命だ」


 そう答えたミロシュの顔には、思わず見とれてしまいそうなほど見事な笑みが浮かんでいた。


 とても晴れやかに、誇らしげに彼は笑う。彼との付き合いは長いが、彼がこんな風に笑えるなんて知らなかった。それもこれも、私が彼を闇の中に押し込めてしまったせいだ。それが、彼自身が望んだことだったとはいえ。


 破滅の未来を回避できれば、彼はずっとこんな風に笑っていられるのかもしれない。ああ、失敗できない理由が、また一つ増えた。


 そんなことを思いながら、そっとミロシュに笑い返した。

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