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23.素直ではない励まし

 そうして王宮に戻り、アネットとも別れて自室に戻る。その間中、頭がずっとふわふわしていた。


 通りすがりの侍女を呼び止めて、ニコラとガブリエルに伝言を頼んだ。今日は疲れたからこのまま休むわ、と。


 正直、あの二人にどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。あの二人は私が女王としてやっていけるように、毎日私と一緒に頑張ってくれている。


 そんな二人に、反乱軍のひな鳥のような組織が、それもすぐ近くで生まれていたと伝えることは、どうにもためらわれたのだ。それに、あそこでのことは口外しないとサラたちに約束していたし。


 もしもあの組織について知ったとしても、ガブリエルはきっとアネットと同じように私を擁護して、励ましてくれるだろう。でも、ニコラはどうするだろうか。


 彼は、あの破滅の未来について知っている。そして、あの未来を何が何でも回避したいと思ってくれている。


 ニコラは、目的のためなら手段を選ばない。もしかすると、あの港の倉庫に兵を差し向けて、集まっている者たちを一網打尽にしてしまうかもしれない。いや、きっとそうするだろう。


 それが一番早い解決法なのだということは、私にも分かっている。でも私には、その前に知りたいことがあった。彼らは『悪の女王』についてどう思っているのか、どうしてそんな風に思うようになったのか。それを自分の目で、耳で、きちんと確かめたかったのだ。


 アネットと、そして隠れてついてきていたミロシュには既に口止めしている。この件についてどうするかはっきりと決めるまでは、誰にも話さないで、と。


 けれど、自分のこの判断が正しいのか分からない。もしかしたら、問答無用で彼らを捕縛してしまわなくてはならないのかもしれない。私が甘いことを考えてためらった結果、あの破滅の未来がより近づいてしまっているのかもしれない。


 そう思うと、どうにもため息が止まらなかった。重い足取りで廊下の角を曲がったその時、妙に弾力のある壁に顔面から突っ込んだ。そして次の瞬間、ぶつかった反動で体が後ろに揺らぐ。


 けれど私は、無様に転びはしなかった。気がつくと、誰かの腕が私の腰をしっかりと支えていたのだ。私はその誰かに支えられたまま、見事にえび反りになっていた。


 いったい何が起こったのかさっぱり分からないまま、腹筋を使って上体を起こす。そのとたん、セレスタンの驚いた顔が迫ってきた。どうやら、私が最初にぶつかったのも、今私を支えてくれているのも彼だったらしい。

 

 彼は何かを言いかけたが、なぜか口を閉ざしてしまった。目を丸くして私の顔をじっと見つめている。私が既に体勢を整えてきちんと立っていることにも気づいていないのか、彼はまだ私の腰にしっかりと腕を回したままだった。


 やがて、彼がぽつりと言った。


「……今日は気晴らしに行ったと聞いたが、それにしては顔色が悪いな。体調でも優れないのか?」


「いえ、体調に問題はないわ。……少し、疲れているだけよ」


「認めたくはないが、君は女王としてよく頑張っている。気晴らしもいいが、それ以上に休息が必要なのではないか。……私が口を挟むようなことでもないが」


 そう言って、セレスタンはむっつりと黙り込み、目線をそらした。まるで照れているような仕草だ。つっけんどんな口調ではあるが、その声音はとても柔らかかった。


 彼の横顔を見ている時、ふと思った。彼はニコラたちとは違い、私とはある程度距離を置いている。彼ならば、私が抱えている悩みを冷静に判断できるかもしれない。


「……ねえ、少し聞いてほしいことがあるのだけれど、いいかしら」


「何だ、ずいぶんしおらしいな」


「ちょっと、悩んでいるのよ。それと、そろそろ手を放してもらえると嬉しいわ」


 そう言ったとたん、セレスタンは大いに焦った様子で手を放した。どうやら彼は、無意識のまま私の腰を抱いていたらしい。何やらごにょごにょと、謝罪の言葉らしきものを口にしている。


「……私、どうやら民にまで嫌われていたみたいなの。女王になるために色々あくどい手を使ったのは事実だけど、できる限り民の不利益にならないように気をつけていたのに、ね」


 自嘲を込めてつぶやいた私に、セレスタンはすぐに言葉を返してきた。


「何だ、君が悩みだなどと言うから、どんなとんでもないことが飛び出してくるかと思ったが……そんなことを気にしていたのか」


「そんなことって、私にとってはかなりの大ごとなのよ」


 不満を抱く民を放っておいたら、きっとあの破滅の未来がやってきてしまう。そのことを明かしても良かったのだが、きっと彼は信じてくれないだろう。あのニコラですら、半信半疑という顔をしていたし。


 だから説明する代わりに、澄んだ紫の目を見上げてじろりとにらむ。セレスタンはなぜか頬を赤らめたが、たじろぎながらも言い返してきた。


「何がなんでも女王になる。どんな手を使ってでも。君のその信念にはあきれると同時に、感心していたのだが……私の見込み違いだったのか?」


 あおるような彼の口調とは裏腹に、彼の目はやけに優しかった。


「それに、君は言っていただろう。過去は変えられない、だからこれからの行いを変えていくと。あれは、口先だけだったのか?」


「いいえ。今でもそう思っているわ」


「だったら、そうすればいい。うじうじと悩んでいるなんて、君らしくない。君はいつだって自信に満ちていて、自分の力で道を切り開いていただろう?」


 そう言ってセレスタンはさわやかに笑う。どうやら、彼は私のことを励まそうとしてくれているらしい。


 彼の気遣いは嬉しかったのだが、一つだけ引っかかることがあった。


「助言、ありがとう。でも……ずいぶんと親切なのね?」


「そっ、それはだな。女王として国を治めるのはなにかと大変だろうし、私は一応君の臣下なのだから、君に力を貸すのは当然のことで」


「でも、前に盾の城で会った時はもっととげとげしい態度を取っていたわよね」


「それは、その」


 セレスタンのすべらかな頬に、みるみる赤みが差す。彼は気まずさをごまかすように大きく咳払いし、視線をそらしながら答えた。


「あの時は、君のやりように納得していなかったからだ。悪辣極まりない手段で玉座を強引に手にしたと、そう考えていた」


「だったら、今は違うのかしら」


「ああ。君は私の指摘にひるむことなく、己の行いを潔く認めて謝罪した。無駄な殺戮を行うことなく、さらにガブリエルをその身をもって守った」


 彼はよどみなく、私の過去の行いを挙げていく。彼の顔には、称賛の色があった。


「どうやら君は、まっとうな女王としての道を歩もうとしているらしい。私は、君を見ていてそう思った」


 その言葉に嬉しくなって微笑むと、彼はさらに赤くなった。凛々しい眉をきりりとつり上げて、ぷいと横を向く。濃い銀色の髪が、窓から差し込む日差しを受けてまぶしく輝く。


「だからと言って、私は君の過去の行いを水に流した訳ではないからな!」


「ええ、分かっているわ。自分のしたことは変えられない。その結果は、かならず戻ってくる」


 過去の悪行の、そしてその後の無気力の結果が、あの破滅の未来だ。それを嫌というほど理解している私は、ただ神妙にうなずいた。


「ありがとう、セレスタン。あなたに話を聞いてもらえて、かなり楽になったわ」


「あ、ああ。私が役に立てたのなら、光栄だが……」


「それじゃあ、もう行くわね。より良い未来のために、すべきことが山のようにあるから」


 彼の返事を聞かずに、するりと彼の横を通り抜けて廊下を進む。さっきまでとは打って変わった、軽やかな足取りで。


 背後で、セレスタンがぼそりと何かをつぶやいているのが聞こえたような気がした。

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