21.気晴らしと暗雲と
「ふふ、リーズとお出かけなんて、楽しみ」
「そうね。盾の家の領地であなたの服を借りた、あの時以来かしら」
「うん。またわたしの服を貸しても良かったんだけど……」
「さすがに、それは遠慮しておくわ」
「似合ってたのになあ」
そんなことを言いながら、私とアネットは二人で王宮を出ていた。アネットは私の手を引いて、ぐいぐいと引っ張っている。
行く手に、人でにぎわう城下町の通りが見える。私たちは一つ笑い合って、その人ごみに飛び込んでいった。
先日、アネットがエルデと再会したあの日。彼女は無事に、次に会う約束を取りつけることに成功していた。それからも二人は幾度となく会って、親交を深めているらしい。
そして私は、彼女にいたく感謝されてしまったのだ。エルデに会えたのは、リーズのおかげよ、と言って。もとから友好的な彼女だったが、今ではもう無二の親友のような顔をしている。
一方、私の仕事のほうもかなり落ち着いてきていた。ニコラとガブリエルに手伝ってもらえば、午前中いっぱいで終わるくらいには。
そうやってできた自由な時間、空いた午後を、私はニコラと過ごしている。といってもそれは甘やかなものではなく、来たる破滅に向けて対策を練り、集まった情報を分析する、言うならば作戦会議に近いものだった。
もっとも、状況ははかばかしくなかったけれど。国はたいへん平和で、内乱の予兆すらない。このまま何事もなく半年が過ぎていくのではないかと、そんな甘い考えを抱いてしまうくらいには、何もかもが穏やかだった。
ややもするとたるんでしまいそうな気持ちをしかりつけて、毎日仕事と調査に励んでいた。そんな中、アネットが唐突に言ったのだ。この前のお礼がしたいから、一緒に出掛けましょう、と。
悩む私に、彼女は追い打ちをかけてきた。にっこりと可愛らしく笑いながら、彼女はこう言った。
「あなたが仕事で王宮にこもっている間に、わたし、あちこちを歩いて回ったの。素敵な雑貨を置いているお店とか、おいしいお菓子を売っているお店とか、たくさん見つけたのよ」
その言葉に、前に一緒に街歩きをした時の記憶がよみがえる。あの時のあの服はかなり恥ずかしかったが、彼女と歩くこと自体はとても楽しかった。
ニコラをちらりと見ると、彼は意外にも落ち着き払っていた。息抜きくらい構わないのではないですか、とさらりと答えてくる。
そんな訳で、私は半日だけ休みを取って、アネットと出かけることにしたのだった。
城下町はとても人が多く、うっかりしているとぶつかりそうなほどだった。はぐれないように、そして万が一に備えて、私たちはしっかりと手をつないで歩いていた。
ちなみに、ミロシュもこっそりとついてきている。私は自分の身くらいは自分で守れるが、アネットがいることを考えると、彼がいてくれるのはとてもありがたかった。
そして私は、きっちりと念を入れて変装していた。私が女王として民衆の前に顔を出したのは、戴冠式のあの日だけだ。けれどもしかしたら、私の顔を覚えている者がいるかもしれない。それに私の髪の色は、この国では珍しいものなのだ。
だから目立つ赤橙色の髪を黒く染めて、服も地味なものに着替えた。これだけ変えておけば、たぶん大丈夫だろう。
並んで歩きながら、アネットは笑顔で私の髪を見つめている。
「髪の色が変わると雰囲気も変わるのね、リジー。そういうのもかっこいいなあ」
城下町では、アネットは抜かりなく偽名で呼んでくる。ぼんやりしているように見える彼女だが、こういったところはしっかりしていた。
「だったら時々、気分転換に染めてみてもいいかもしれないわね。これ、落とすのも簡単だし」
髪の色を変えるのに使った染め粉は水では落ちないけれど、酒精をかければすぐに落ちるのだ。お酒を扱うようなお店に寄る予定はないし、特に問題はないだろう。
違う名前に、違う姿。国を治めること、そして内乱を阻止することに躍起になっている私には、ちょうどいい気晴らしのように思われた。
仲の良い女の子と二人きり、はずむようにして歩く。今日は一日、お休みを存分に楽しもう。周囲の人込みに。
それからあちこちの店を回って、色々なものを見て。おそろいの髪飾りも買ったし、素朴だけれどおいしいお菓子を一緒に食べたりもした。
私たちがいきなり呼び止められたのは、そろそろ王宮に戻ろうかと思い始めた、まさにその時のことだった。
「……アネット様、このようなところでお目にかかれるとは思いませんでした」
「あれっ、サラ?」
声がした方を見ると、そこには私たちと同世代らしき女性が立っていた。すらりと背が高く、白に近い淡い金髪を編んで背中に垂らしている。まとっているのはごく普通の服だが、背筋がぴんと伸びているし、腰には剣が下がっている。おそらく彼女は、兵士か騎士だ。
まずいものに出くわしてしまったと焦りつつ、ひとまず平静を装って二人の会話を見守る。
「戴冠式の後、盾の家に移られたとうかがっておりましたが……」
「うん。今はセレスタンと一緒に、王都に滞在しているの」
どうも二人は、以前からの知り合いらしい。そんなことを考えていたら、サラと呼ばれた女性がこちらを見た。しかし金色に近い黄緑の目は、私の姿を見ても表情を変えなかった。そのことに、内心ほっとする。良かった、まだ女王だとばれていない。
「ところで、こちらの女性はどなたでしょうか」
「彼女はリジー、わたしの友達で、とある貴族の子なの。どこの家の子なのかは内緒ね。お忍びだから」
アネットはすらすらと、そんなことを口にする。万が一誰かに自己紹介する羽目になった時に備えて、あらかじめ打ち合わせておいたのだ。
「そうでしたか。リジー様、私はサラと申します。王宮に仕える騎士見習いにございます」
サラはやはり私の正体に気づいていないらしく、顔色一つ変えずにそう答えた。礼の仕方も大変折り目正しい。騎士見習いであれば、私の顔を知らなくてもおかしくはないだろう。
彼女はゆっくりと頭を上げたが、それ以上何も言おうとしなかった。黄緑の目をゆっくりと動かして、私とアネットを交互に眺めている。
どうしたのだろう、と私たちが顔を見合わせていると、サラはためらいつつ口を開いた。
「……ここでお会いできたのも、何かの縁かもしれません」
サラはくるりとアネットに向き直り、また深々と頭を下げた。
「アネット様、どうか私と来ていただけないでしょうか」
こんな道端には似つかわしくない真剣な様子に、私たちはもう一度、ぽかんとしたまま顔を見合わせた。
「行くって、どこに? どうして?」
「来ていただければ、説明いたします」
「ねえ、リジーも一緒でいいかなあ?」
「いえ、それは……」
「駄目なの? じゃあ、ついていくのはちょっと……」
「そう言わず、どうかお願いいたします!」
サラとアネットのそんなやり取りを見ながら、じっとサラを観察する。彼女は何か隠している。そしてそれに、アネットを巻き込もうとしている。
ここは、無理やり割り込んででも止めるべきだろう。そう思ったが、その隠し事がどうにも気にかかって仕方がなかった。なんとなく、嫌な予感がする。
ひとまず状況を整理する必要がある。なんといっても、私はこのサラについて何も知らないのだから。
「アネット、少し耳を貸して。聞きたいことがあるの」
そう言ってアネットをサラから引きはがし、後ろに引っ張っていく。
「彼女とあなたは、いったいどういう関係なの?」
「お友達よ。新たな王を選ぶための競争をしていた最中に、たまたま知り合ったの」
たまたま知り合った騎士見習いと友達になってしまっているあたりは、さすがアネットといったところか。小さくうなずいて、さらに問いかける。
「それで、あなたは彼女が何をしようとしているのかについて、心当たりはないのね?」
「うん。サラはとっても真面目だし、犯罪とかそういうのじゃないとは思うけど……」
唇をかんでうつむくアネットの柔らかな髪をぼんやりと眺めながら、少し考える。ひとまず、差し迫った危険はないようだった。
しかしサラの態度は、どうにも気になる。妙に真剣で、どことなく切羽詰まっているような、そんな顔をしているのだ。やっぱり、このまま彼女を放置しておくのは良くないように思える。
「アネット、彼女を説得してくれないかしら。彼女があなたをどこに連れていこうとしているのか分からないけれど、私もそこに同行できるように」
私の言葉が意外だったのか、アネットは水色の目を真ん丸にしている。
「えっ、行くの? あんまり気乗りがしないんだけど」
「私もよ。でもサラが隠していることを、そのまま放置しておくのも良くなさそうな気がするの。私がいればあなたを守ってあげられるから、危険はないわ」
それにミロシュもいるし、と頭の中だけでつぶやく。私とミロシュがいれば、万が一危険な事態になったとしても十分に逃げ出せる。
「……うん、分かった。リジーを信じる」
アネットは大きくうなずくと、サラのもとに走っていった。そうしてまた元気良く、サラ相手に話している。
話に決着がつくまで、そうかからなかった。やがてサラは大いに困った顔ながら、私に向き直ったのだ。
「仕方ありません。リジー様、これから見聞きしたことについては他言無用としていただけますか?」
そんな風に念を押してくるということは、いよいよもって何かただならぬ事情があるに違いない。そう思いつつ、穏やかに微笑んでうなずいた。
「それでは、案内いたします。お二人とも、はぐれないでください」
神妙にそう言って、サラは歩き始めた。




