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12.ぎこちないお出かけ

 砦の最寄りの町で一泊した次の朝、私はのんびりと帰り支度をしていた。セレスタンとアネットは調査のためにしばらくこの町に残るので、ここを発つのは私とガブリエル、ニコラ、それに王宮から連れてきた騎士たちだけだ。


 相変わらず侍女は連れていないので、着替えも帰り支度も全部自分一人でこなす。そろそろ支度が終わりかけたその時、アネットがひょっこりと私の客室にやってきた。


「リーズ、もう帰っちゃうの?」


 彼女は残念極まりないという顔をしている。先日盾の城で再会した時からずっと、彼女はいっそ気味が悪いくらいに友好的だった。


 私は女王となるために、セレスタンとアネットを妨害していた。盾の城でのそんな告白を聞いた後も、彼女の態度は変わらなかった。


 盾の城からこの町まで、彼女とは馬車でずっと一緒だった。その間にぽつぽつ世間話などもしたのだが、やはり彼女はずっと上機嫌だった。


 アネットが何を考えているのか、いまいち良く分からない。前の人生でのこともあるし、正直言って彼女のことは苦手かもしれない。


 そんな思いを悟られないように、いつも通りの礼儀正しい笑顔で答える。


「ええ。無事に内乱は鎮圧したし、早く執務に戻らないと」


 留守を任せているジェレミーは有能だし、万事抜かりなく私の代役を務めてくれているだろう。ただそれでも、長いこと人任せにしたくはなかった。


 こうして王宮を離れている間に、また別のところで問題が起こってしまっているのではないかと、そんな考えが頭を離れなかったのだ。


 しかしアネットは、相変わらず無邪気に微笑みながら食い下がってくる。


「でも、一日くらいお休みがあってもいいと思うの。リーズ、すっごく頑張ったんだし」


 少し甘えた口調で、アネットが上目遣いに迫ってくる。


 私は、あの破滅の未来を防ぐために頑張らなくてはいけない。それは嫌というほど分かっている。ただ、たまには少しくらい休みたいと思わなくもない。考えてみれば、即位してから一日も休みを取っていない。……一日くらいなら、いいだろうか。


 私の心が少しだけ揺らいだのに気づいているのかいないのか、アネットは前のめりになって話し続けている。


「それにガブリエル君も、きちんと休ませてあげたほうがいいんじゃないかな? ずっとあの悪い人たちに捕まっていたんだし、きっととっても疲れていると思うの」


 ふんわりと柔らかな雰囲気で、鋭くアネットは切り込んでくる。


 確かに、彼はかなり疲れているようだった。昨日この町まで戻ってくる間も、幾度となくふらついて、馬から落ちそうになっていた。今朝も自分では起きられず、起こしたら起こしたでずっとぼんやりしていた。今は、ニコラが面倒を見ている。


 ここから王宮まで、どれだけ急いでも三日はかかる。その前に、彼をしっかりと休ませておいたほうがいいかもしれない。


「……そうね、私はともかく、ガブリエルは……」


「でしょう? それでね、私にちょっといい考えがあるの」


 アネットは澄んだ水色の目を輝かせて、私の両手をしっかりと握った。何かいたずらでもたくらんでいるかのような、大変楽しそうな顔だった。




 そんな会話を交わした少し後、私はアネットと一緒に町を歩いていた。それも、二人きりで。私はアネットに引きずられるようにして、お忍びで遊びに来ていたのだ。


「アネット、その……これはお休みっていうのかしら」


「れっきとしたお休みよ。だって、これはお仕事じゃないんだもの。それに、気分だって変わるでしょう?」


 私の考えていた『お休み』は、ただひたすらにじっとして、心身の疲れを癒すことだった。こんな風に出歩くことなんて、これっぽっちも想像していなかった。というより、全くの初経験だ。


 ガブリエルは「今日はお休みよ」と伝えたとたんほっとした顔になり、すぐに寝台にもぐりこんでしまった。やはり、かなり疲れていたらしい。


 ニコラは、アネットが私を外に連れ出そうとしていることに気づいていたようだった。しかし彼は目を細めるだけで、何も言わなかった。ほんの少しだけ、面白がっているように見えたのは気のせいだろうか。


 そしてセレスタンは、朝一番に宿を飛び出してどこかに行ってしまっていた。ならず者を取り調べなくてはならないし、周囲の村の被害状況を確かめる必要もある。彼は盾の家の領主として、それらの調査の中心に立っているのだった。


 臣下である彼が忙しくしているのに、女王である私が遊んでいていいのだろうか。そんな後ろめたさを、そっと心の中にしまい込む。今はそれ以上に、気になって仕方のないことがあった。


「アネット、やはり落ち着かないのだけれど。その、この格好が」


「そう? すっごく良く似合ってるのに。リジーって可愛い格好も似合うよね」


 私が女王だとばれないように、リジーという偽名を使うことにした。それはいいのだが、問題はアネットが貸してくれた服のほうだった。


 彼女より少し身長の高い私でも着られる、ゆったりとした作りの服。この服ときたら、上から下まで可愛らしい淡い桃色なのだ。ふくらはぎ丈の柔らかなスカートに、首元には共布の大きなリボン。たっぷりと広がった袖は手首のところできゅっと絞られていて、袖口にはレースが縫いつけられていた。


 それだけならまだしも、アネットは私の髪を手際良く結ってしまった。いつもはそのまま下ろしている橙色の髪は頭の両側で二つにくくられて、身動きするたびにふわふわと揺れている。


 この服もこの髪型も、砂糖菓子のような甘い雰囲気の少女向けのものだ。アネットには良く似合うだろうが、私には、間違いなく似合わない。


 けれど目の前のアネットはにっこりと笑い、嬉しそうに私を見つめている。ただ純粋な、称賛の色だけが彼女の目には浮かんでいた。


「うん。やっぱり可愛い。いつもと雰囲気が全然違うけど、そういうのも素敵よ」


「……そこまで言うのなら、あなたの目を信じてみましょうか」


 やはり恥ずかしい。けれど、ここまで甘ったるい格好をしていれば、民たちも私が女王だと気づかないのではないか。そんな気もする。


 そう開き直り、こちらを見上げているアネットにぎこちなく笑いかける。一方の彼女は、それは嬉しそうに笑い返してきた。


「それじゃあ、行きましょリジー!」


 私の腕に自分の腕をからませて、アネットは跳ねるような足取りで歩きだした。




 アネットは、それは精力的に私を連れ回した。片っ端から店を冷やかして、時折気に入った物を買っている。かと思えば、屋台が立ち並ぶ広場まで私を引きずっていって、食べ物や飲み物をこちらにまで手渡してくる。


 私はひたすらに戸惑いながらも、こういうのも悪くないかもしれない、と思うようになっていた。


 どうやら私たちは、こっそり屋敷を抜け出してきたどこぞの令嬢のように見えているらしく、みんな丁寧に、それでいて気さくに応対してくれていた。女王だとばれることは、一度たりともなかった。それもまた、私の心を少し軽くしていた。


 一度だけ、良からぬ気を起こしたらしいごろつきが絡んできたが、人気のない裏路地に連れ込んで『剣』で脅してやったら、あっさり泣いて許しを乞うてきた。そいつらを警備の兵士に突き出して、また何事もなかったかのように街歩きに戻る。


 そうやって歩くのは、思いのほか楽しかった。けれどそれだけに、落ち着かなさもつのっていった。人気のない公園に出た時、ついにこらえかねて口を開く。


「……ねえ、アネット。どうして、あなたはそこまで私に良くしてくれるの。私はかつて、あなたやセレスタンのことを妨害していたのよ。あなたも、盾の城で聞いたでしょう」


「うん、そうね」


 アネットが後ろで手を組んで、苦笑しながら小首をかしげる。桃色を帯びた金の髪に日差しが反射して、きらきらと輝いていた。


「でも、リーズはそれだけ一生懸命だったのよね。どんな手を使っても勝ちたい、女王になりたいって、そう思っちゃうくらいに」


 彼女の言う通りだ。もっとも、私はその先のことを全く考えていなかったのだが。だからこそ前の人生では、灰色の日々を過ごしたあげくに内乱の中で死ぬことになってしまった。


 小さく自嘲の笑みを漏らす私に、アネットは顔を寄せてくる。内緒話をする時のように、耳元でささやいてきた。


「わたしね、そこまで必死になれなかったの。突然冠の家の当主になっちゃって、訳も分からないまま次の王を目指せって言われて……こんなふわふわした気持じゃ、勝てなくて当然だと思う」


 すぐ近くで、アネットの水色の目がきらめいている。彼女はにっこりと笑って、とんでもないことを言い放った。


「あのね、リーズ。わたしと、お友達になってくれないかな」


「えっ、お友、達……?」


 思わず間の抜けた声で尋ねる私に、アネットは目を細めて笑った。


「そう、お友達。わたしね、あなたと仲良くなりたいなあって、ずっとそう思ってたの。もう王様選びの勝負も終わったんだし、駄目かなあ?」


 驚きのあまり目を見開いたまま、彼女を凝視する。友達だなんて、そんなことを考えたことはなかった。私にとって彼女は、かつて玉座をかけて争った敵で、そして私を討ちに来た敵だった。


 でも玉座をかけた争いは、もう過去のことだ。そして私が内乱を防ぐことができれば、彼女が反乱軍に加わることもない。


 もしかしたら、私たちは友人になれるのかもしれない。今日、こうやって一緒に過ごすことができたように。こんなことを考えてしまったのは、目の前のアネットの柔らかな雰囲気にほだされてしまったからなのかもしれない。


 ひとつ深呼吸してから、ゆっくりとうなずく。アネットはぱあっと顔を輝かせて、私の手をつかむと飛び跳ねた。


「やったあ!」


 その無邪気で明るい笑顔に、励まされるような心地がした。こうやって笑い合っていられる未来を、必ずつかみ取ってみせる。そう、思わずにはいられなかった。

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