~リーヴァの森~迷子
「ねえねえ町にはいつ着くかな」
西の空をオレンジ色に染めながら太陽が沈んでいく。
木々の合間から差し込む光があたしたちを照らしていた。
右手の地図と左手のコンパスを交互に眺めながら嘆息する長身の青年。
ラレス・バートン・アークスという金髪のサラサラヘアーに青い瞳のイケメンナイトだ。
白銀の軽装鎧に赤いマントを身に着け、腰にはロングソードを帯剣している。
身長178cmほどあるらしい。うらやましい。あたしより13㎝も高い。
厳密には、本人曰く騎士見習い。何が違うのかはわからない。
「迷子だろ? やっぱ安もんの地図は質がわりぃ」
少し離れたところで倒木に腰掛けている青年があくび混じりに言い放つ。
彼のところからラレスの持つ地図が透けて見えていた。
質が悪いっていうのは驚異の薄さだってことよね。
バサッとした質感の緑色の髪を後ろで括る彼は、リュオ・レイル・マークランド。
ラレスよりも1歳年上の19歳。
猫のような、イタズラっぽい瞳は紫色。
ノースリーブのシャツを着崩し、ややダボっととしたズボンは所々痛んでいた。
身軽で軽いノリの彼は盗賊とかスカウトとかそういうイメージ。
本人曰くただの旅人、だそうだ。
背丈もラレスとほぼ同じ。
くそぉ少し分けて欲しい。
「すまないリディア。野営だ・・・・・・」
ラレスはコンパスのふたをパチリと閉じると謝罪した。
リュオ曰く、反対側から透けて見える地図っていうのは材料費を究極にケチって作られた地図らしい。
羊皮紙にインクで地形や道、その他の情報が手書きされているのが所謂"地図"だ。
一般的に街中で店を構えている道具やなんかで売られている。
あたしたちが持っている地図は、露天商のおじさんから格安で売ってもらったもの。
厳密には店で売っている地図が高すぎて手が出せないから露店を当たった結果だけど。
購入する時点で気付くだろって思うよね。
外から見たら巻かれた地図は普通に見えたんだ。
開封厳禁とかで最後の一枚だとか言われたら、ね?
「仕方ないよねー」
リディアとは、もちろんあたしのことだ。
リディア・ミリアル・シルフィ、ちょっぴり魔法が使える16歳の女学生。
水色の腰まである髪をポニーテールにし、萌ゆる草原のような瞳に元気さを宿す。
元気さと身軽さが自慢だ。
リュオからはお淑やかさが足りないだとか女子感が失われてるだとか散々。
ひどい言われようだけど、確かにロングスカートとかフワフワヒラヒラした服は苦手なのは事実だし、引っ掛けて破る自信ならある。むしろ膝上くらいのスカートを引っ掛けて破いた実績があったりする。
もっぱら学校の体操服と私服を華麗に組み合わせてオシャレっぽく見せてみたり。
「んじゃまあ、日が暮れる前にリディア薪集め、ラレス野営地確保、オレ食材集め。お互いの姿が見える範囲から離れないこと。はい解散!」
勝手に役割を決め、パンと手を叩いたリュオが立ち上がる。
ここ4日間繰り返され、最適化されている光景だった。
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初日、農村育ちのあたしが採集してきた山菜とキノコは天然のヤクブツだった。
まあ後で知ったことだけど・・・・・・。
何か言いかけたリュオをしり目に、女の子の手料理! とか言って2人に勧めるとラレスは爽やかな笑顔でお礼を言いながら完食。
リュオはハイライトの消えた目で一応完食・・・・・・した後に懐から取り出した粉薬を無言で飲み干していた。
夜が近付くにつれ、眠気が増すどころか目が冴えてくるし、体の奥底からやる気が溢れ、火照ったような感じがして止まらない。
「今夜は、動いていないとダメな気がするんだ!!」
とか言いながら徹夜で見張りをしながら素振りを始めるラレス。
ヘァー! ヘァー! とかいう変な掛け声が静寂な森の中に響き、その近くであたしは「あっつー、あっつー」とか言いながらシャツとキャミソールを脱ぎ捨て、ノースリーブのインナーシャツとスパッツ姿でゴロゴロ。
もちろん火照って仕方ないから寝具の類は畳んだまま。
そんな中、リュオだけが寝具にくるまり爆睡していた。
結局、東の空が白み始めるころまでラレスは素振りを続け、その横で感極まったあたしは杖と徒手空拳で新手の格闘術を生み出してしまっていた。
朝日が2人の目を入り、
「アーッッ!! 目がッ!! 溶けるっ!!!!!」
とか叫んでいたらいそいそと寝具を片付け、あたしたちが脱ぎ散らかした衣服を拾い集めるリュオがぼやく。
「ゾンビかお前ら。・・・・・・まだキマってんの?」
結局あたしの手作り山菜スープは、闇ルートで出回る興奮薬の材料をふんだんに入れて煮込んだ暗黒スープだったらしい。
その日の夜から食事担当から外されたのは言うまでもない。
とかなんとか最新の黒歴史を振り返りつつ、いたるところに落ちている乾いた木の枝。
拾い集めてラレスのところに行く。
我がパーティーの料理大臣は未帰還だった。
「リュオの姿が見えないけど、先に火を起こそうか」
「ん」
薪を受け取り、革袋から布にくるまれた赤黒い石を2個取り出していた。
“秘石”と呼ばれる天然自然物理や法則を捻じ曲げる魔力のこもった石だ。
大体の秘石は職人の加工物。
稀に天然物の秘石もあるにはあるが、結構なお値段がするし市場に出回って無いらしい。
天然秘石を見たことがあるけど、色はついているが透き通るような透明度の高い美しい代物だ。
なんていうかな。
濁りや小さなゴミみたいな不純物が無い澄み切った水面みたいな、そんな感じ。
ちなみに爆散する時もとてもキレイだった。
キラキラした光輝く小さな粒子が辺り一面にまき散らされるんだ。
・・・・・・詳しく語りたくない。
とりあえず、あたしの旅の目的は壊した秘石の代替品を受け取りに行くこと。
お断りしたらもれなく学校を退学にされてしまう。
赤黒い秘石を受け取ると左右に一個ずつ持ち、薪が燃えるイメージをすると発火。
パキパキと小気味良い音を立てながら焚火の出来上がり。
ちなみに“力ある言葉”を唱えるとそれぞれに対応した魔法が発動する。
うっかり“火炎球”や“魔法矢”の呪文を読み上げたら威力の加減で自爆してしまうかもしれない。
人間の頭部大の火球を放つというか投擲するのがファイアボール、長さ30cmほどの黄色い矢を射出するのがマジックアローだ。
焚火を起こすのに使うには強力すぎる。
だからイメージするだけ。
火が安定するころにリュオが帰ってくる。
地味な色のキノコが数個、山菜、そしてウサギくらいのウサギじゃない生き物―――。
「おかえ・・・り、なにそれ?」
あたしが指さしたのはウサギじゃない何か。
「え? 肉だぜ?」
どうした? みたいな顔で返事するリュオ。
なんの生き物か聞きたかったが伝わらなかったらしい。
「ネズミだよ。何て名前だったかな。焼くと美味しんだよな」
ラレスが代わりに教えてくれる。
ネズミ!?
食べるの?? ほんとに?!
でかくない?? あたしの声にならない叫びをよそに男性陣の会話が続く。
「マー・・・なんだっけな。アンタも食ったことあんの?」
腰のあたりからナイフを取り出すリュオ。
「ああ、以前2~3回くらいかな、たれを付けたのと塩焼きを食べたことがあるよ」
「へえ。今夜は香草焼きの予定だよ、っと!」
倒木の割と平べったいところにデカネズミを添えて、ナイフ一閃。
コン! という軽い音共に跳ね飛んだネズミのヘッドをラレスがキャッチすると林の奥に投げ捨てる。
ひえー! と悲鳴を上げかけるが声にならない。
ナイフをくるくる回して、食材。そう美味しいお肉の腹部をスパーッと裂くと中に詰まっているアレをポイポイっと取り出すリュオ。
山菜を小刀で刻みながらラレスが声を掛ける。
「血抜きは?」
「メシが遅くなってもいいなら」
「それは、仕方ないな」
男二人、お互い食材を調理しながら目も合わさずの会話。
どちらも一人旅が一年弱あるって聴いたので、その賜物かぁ。
見る見る間に毛を毟られ、お腹の中に山菜を詰め込まれたお肉が出来上がり、どこからか出てきた鉄串に刺されると焚火で炙られる。
切り込みを入れたキノコに塩と香辛料を混ぜた粉を振り掛け、やっぱり火で炙る。
ただの旅人とか言ってるけど、リュオのポシェットには各種料理用品が詰まっている。
あたしの中では商人なんじゃないかな、と思う節がある。
多言語を操り、色々な道具の知識が豊富で情報通だからだ。
『旅の醍醐味はメシだろ』おいしく出来上がると、このセリフを必ず聞く。
確かにその通り!
やっぱり商人じゃなくて料理人かもしんない。
かくしてマー何とかの香草焼きと串焼きキノコが出来上がり、切り分けて熱々を頂いた。
山菜だと思ったものは香草で、生臭みや肉々っぽいワイルドなニオイを和らげてくれていた。
塩とちょっぴり刺激のある味。
なんかの香辛料らしいが原料は不明。
リュオ曰く、良いヤツらしい。何それ。
アルファポリスで連載していたものを持ってきています。
一部、加筆修正しています。