もよりの古書店。
「……今日も、開店。」
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夏川もよりは、商店街の外れにある小さな古書店の店主。
建物の奥はカフェになっており、持ち寄りの本を読みながら珈琲を飲める。
「もよりちゃーん、今日の珈琲豆よっ。」
開店直後、同級生の赤橋栞がやって来た。
彼女は食品卸しの仕事をしていて、珈琲豆を毎日仕入れている。
豆の買い置きは基本的にしない。
使う分だけ買うが、豆の選別は栞に任せている。
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「相変わらず、本は減らないわね。寧ろ増えている気がするよ。」
会計を済ませたあと、栞はそう呟いた。
「まあ、他の人から貰ってるし……売っている本より、読んで貰う本が多いかも。」
売る用の本は独自路線で仕入れている。
その他、店内読書用の本は別途に置いてある。
「まあ、それがもよりっぽいね。」
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『栞ちゃん、行ったか。』
部屋の奥から声が聞こえた。
「うん、行ったよー。」
そう言うと、奥から背の小さい人が現れた。
『……たく、あの子は本の良さは分からないかい。』
声の主は、[本の妖精]。
もよりしか見えない妖精だが、何故か栞が来る時は奥に引っ込んでいる。
「栞の本嫌いは前からよ。読むのは苦手だって。その代わり、漫画集めに励んでいるわよ。」
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[本の妖精]は、もよりが今の古書店を切り盛りするようになってから、目に現れるようになった。
[妖精]曰く、「何十年も居る童っぽい」と言っている。
元々の店主は、叔父が切り盛りしていた。
数年前に亡くなって、後任の店主の件はもよりに話が来たのだ。
理由は、「大の本好き」が高じたらしい。
……まあ、叔父の影響があったけどね。
『……来る人、かなり減っているねえ。』
ふと、[妖精]が言った。
店を請け負ってから、早10年は過ぎた。
ここ数年、本を買いに来る人は減った。
「うん。……最近は、電子書籍とか増えているし、仕方がないと思うけど。」
『本ってモンは、紙を触ってめくって読むのが本来だろうに。』
確かに言えているかも。やっぱり、手に持って読んでもらいたいな。
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「あ、あの。」
夕方、一人の女子学生がやって来た。
「いらっしゃい。」
確か、前に何冊か本を買っていった記憶がある。
……何か、言いたそうにしているな。
「……あの、あの。今度、学校新聞を作る事になって。お姉さんの古書店について、記事にしたいのです。」
「えっ?」
こんな事、初めて言われたなぁ。
『受けても良いんじゃない。知るキッカケになると思うよ。』
後ろから、[妖精]の声がする。
確かに、ね。その通り……かも。
「いいよ。貴女の都合のいい日に、またいらっしゃい。」
彼女は笑顔を見せて、「ありがとうございます」と言った。
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週末。またあの女子学生がやって来た。
「じゃあ、何から話そうか。」
奥のカフェで、質問を受けた。
本を好きになったキッカケ、古書店をやろうと思った理由、おすすめの本……
もよりの話を、彼女はノートに書いていく。
「ふふ、真剣ね。」
ふと、もよりが言うと彼女は頬を赤らめた。
「ううん、からかうつもりは無いわ。ねえ、私をクローズアップしたのは何でかな。」
気になっていた事を聞いてみた。他にもっといいネタがあると思ったから。
「お姉さんが、『好きを仕事にする』って感じがして、イキイキしていたから。」
へえ、私……そう思われていたのか。
ちょっと嬉しいかも。
その子は、新聞が完成したらコピーを持ってくると言ってくれた。
もよりは「楽しみにしている」、そう伝えた。
『想いが伝わった瞬間、だわね。』
去ったあと、[妖精]はそう言った。
「ある意味、妖精さんのお陰かもね~」
そう言うと、[妖精]は照れた顔をした。
もよりの古書店は、今日も平和です。