立花と植原
自分の自転車を押して、福岡産業高校の待機エリアに移動しつつ、立花はスプリントポイント賞の表彰式を、見ていた。
表彰台の上では、千葉の神崎高校のスプリンター、青山冬希が、地元の美少女たちにグリーンジャージを着せてもらいながら、だらしない表情を浮かべている。
表彰台の横を通る際、新人賞の表彰式を待っている、東京代表の慶安大附属のエース植原博昭を見つけた。
立花にとっては、植原は中学時代に鎬を削ったライバルだ。
中学時代、平坦基調のレースでは、立花は植原に負けたことはないし、登り基調のレースでは、植原は無敵だった。
立花は、性格的に自分がスプリンターが向いていると思っていたため、スプリンターとしてフィジカルを鍛えるようなトレーニングを中心としていたが、上りのトレーニングを行えば、植原にも負けることはないだろうと自負していた。
高校に入り、全国高校自転車競技会に出場し、上には上がいることを思い知って以降は、そのような幻想は捨て去った。
「植原」
「立花君か」
立花にも、植原は浮かない表情をしているように見えた。だが、立花には植原を気遣うほどの余裕はなかった。
「青山に勝つには、どうすればいいんだろうな」
植原は、驚いたように立花を見た。
植原が知る立花は、常に傲慢で、誰にも敬意を払わずに、自分が最強だと信じて疑わないような男だった。その立花の態度は、中体連で優勝した植原に対しても、変わらなかった。
しかし、立花の言い様では、まるで自分が冬希に劣っていることを認めているかのようだ。
その植原の表情を見て、立花が苦笑する。
「俺だって、ステージ3勝している奴より、自分の方が強いなんて思ったりはしないよ」
「そうか。君が同じ学年の選手に対して、そういうことを言うとはな」
「俺も、成長してるってことだろう」
立花は、軽口を返す。
「明日、勝負するのか?」
「ああ、近田さんに言われてな、スプリンターとしてステージを狙いに行くことになった」
「だが、明日青山がステージを狙いに来るとは限らないぞ。千葉は船津さんがいるから、船津さんを無事にゴールに連れていくことを優先するだろう。そうしたら、青山はアシストに徹する道を選ぶことになると思う」
スプリントポイントリーダーは、佐賀の坂東に奪われることになるだろうが、青山という男が船津の総合優勝より、自分のスプリント賞を優先するとは思えなかった。
「それは、困るな。一度、チームがアシストしてくれている状態で、奴と勝負をしておきたいんだ」
立花は、今大会で一度もステージ優勝を挙げられていないが、今までは全て単独スプリントだった。
そしてチームのアシストがある状態で、自分の力を測っておきたかった。その絶好の相手が、最強スプリンターと呼ばれている青山冬希なのだ。
「立花君、君は最強世代の4大スプリンター相手に、真っ向勝負して勝てる自信はあるか?」
「今ならわかるが、多分無理だろう」
「だとしたら、普通にやっても青山には勝てない。ゴール前3kmぐらいからトレインを組んで、千葉のトレインに被せて後方に下がらせるしかないだろうな」
「そういう戦い方になってくるか」
「ああ、それもチーム力だ」
立花は不満そうだ。だが、真っ向勝負にこだわっている限り、勝つのは難しい。
「立花君、君は、ステージに勝つことと、青山に勝つこと、どちらを望んでいるんだ?」
立花は、考え込む。
立花には、立花の事情があった。父のやり方に背いて、チームと合流した以上、その方向で立花は、成果を上げる必要があった。ステージ優勝できれば、お釣りがくるだろう。
「どっちもだ。自分の中での意地と、同学年の中で、最強でありたいという男の矜持だな」
ステージから、植原が呼ばれる。
「まあ、とにかく参考にはなった。考えてみるよ」
植原は小さく頷くと、立花に背を向け、ステージを上がっていった。
植原には、新人賞のジャージが、とてつもなく陳腐なもののように見えていた。




