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船津の静かなる闘志

 あゆみを送る道中、立花は、自分とチームの関係が改善したことや、チームの状況をあゆみに話していた。

 昔から、考えがまとまらない時など、あゆみに話すと、不思議と気が楽になった。

「近田さんは勝てると?」

 2人で話すときは、自然に地元の言葉になった。

「わからん。強いとは尾崎さんやけど・・・」

 立花は、近田の言った言葉が、ずっと気になっていた。


 昼間の会議の中、尾崎への対策ばかり話すチームメイトに、近田は言った。

「尾崎も大変だが、1人だけ、まだ底を見せていない奴がいる」

 事情を知っている感じの舞川以外は、みんな息を呑む。

「千葉の船津だ。奴はまだ、一回も全力での登りを見せていない」

 思い起こせばそうだった。尾崎や近田のキレのあるアタックにも反応せず。マイペース走法を守って、ゴール前では、勝てばボーナスタイムが得られるにも関わらず、植原と争わずに順位を譲る動きすら見せた。

「尾崎は、もともと調子が持続するタイプだけど、第1ステージからずっと調子がピークに近い状態だった。あいつにとっては、この休息日は余計だったかも知れん」

 好調なうちに全ステージを終えたかったかもしれないが、休息日を挟むことで、張り詰めた緊張の糸が切れ、調子を落とし始めるかも知れない。

 しかし、それは近田にも言えたことだった。第5ステージで尾崎と争ったことで、図らずしも精神的にゾーンに入ってしまい、調子が上がりきってしまった。

 翌第6ステージでは、単独になりながらも、国体優勝者である静岡の丹羽を倒し、尾崎との争いにまで持ち込んだ。

 あの時は、明らかに異常だった。

 昨年の国体覇者と、前年度総合優勝者を相手に単独で戦を挑み、もう一歩のところまで追い詰めたのだ。死地に入っていた、と言っていいのかもしれない。

 立花がボトルを持ってこなければ、肉体的にもどうなっていたか分からかった。

「俺の調子もどうなっているか、明日スタートしてみないとわからない」

 船津が、自分の調子が上がりきらないように、力を抑えていたのだとしたら、この第7、第9の2つの山岳ステージでピークになるように力を温存していたとしたら、どうなるか分からない。

 これは、負けたかも知れない、と近田は心の中で思ったが、それをチームメイトの前で口にすることは、なかった。


「明日からは、もっと激しいレースになると思う」

 あゆみが、心配そうに立花の顔を覗き込む。

「大丈夫だ。俺はなんとしても近田さんを勝たせて見せる」

 立花は、あゆみに笑ってみせた。


 夜の帳がおり、明かりの少ない屋久島は、漆黒の闇に包まれていた。

 千葉代表神崎高校のエース、船津幸村は、ホテルの窓から見える東シナ海と、そこに浮かぶ漁火を見つつ、夕方、スマートフォンに届いた一通のメッセージについて考えていた。

【幸くんのお家に電話して、おばさんから連絡先を聞きました。幸くん、黙って離れていった私が、今更こんなことをいう資格があるかどうかはわかりませんが、応援しています】

 短いが、この文章を送るのに、どれほどの苦悩があったか、船津にはわかった。

 本当はわかっていたのだ。引っ越すことを船津に話さなかったのは、会えば決意が鈍るからだと。

 謝られることなど何も無い。

 彼女と釣り合う男になるため、ひたすら努力を続けていたから、今の自分になれたのだ。

【明日、見ていてください】

 船津は、幼馴染の赤司志穂に、それだけを返信した。


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漢を魅せろ! 船津君
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