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全国高校自転車競技会 第6ステージ(菊池~阿蘇大観峰)③

 登り始めで、メイン集団に中切れが起きて以降、静岡、福岡の集団と、それ以降のメイン集団との差は大きく開きつつあった。

 阿蘇を上り、草千里側から降りるタイミングで、その差は3分にまで広がっていた。

 静岡も福岡も強豪チームだ。本気で仕掛けられたら、太刀打ちするのは難しいことは、船津も潤もわかっていた。

 予想される静岡のアタックにどう対応するかについては、事前に神崎高校内で十分検討がなされていた。

 福岡、東京の両チームが反応したら、追う予定だった。

 だが、反応したのは福岡だけだった。

 福岡、東京が反応した場合、千葉の神崎高校だけでこの3校を追う羽目になる可能性が高かった。

 冬希は、他の総合系チームも協力してくれるだろうと言ったが、潤は、他のチームは協力してくれず、自分たちだけで追わなければならなくなる可能性が高いと言った。

 冬希の主張は、まだ第6ステージであり、他の総合系チームもまだ総合優勝のチャンスが十分に残っている点と、明日が休息日で、今日はある程度戦力が消耗しても、明日の休みで取り戻せるので、他の総合系チームも動きやすいというものだった。

 しかし、潤の主張は、船津は突出して総合タイムが良く、そんな千葉に協力するのは面白くないという心理が働くのではないかということだった。

 両者の意見を聞いた船津は、静岡のアタックに反応したのが福岡か東京のいずれか片方の場合、阿蘇の山岳を登りきるまでは、追走しないという、二人の意見の間を採ったものだった。


 グループ静岡とも言える集団と、千葉・東京が残るメイン集団との差は、3分にまで広がっている。

 しかし、メイン集団は、比較的落ち着いたペースで阿蘇の登りをクリアしてきたため、山岳が得意というわけではない選手たちも、殆どが残った状態となっている。

 下りに入り、千葉、東京、群馬といった順に下っていく。

 グループ静岡のうち、既に福岡のアシスト二人と、静岡のアシスト一人を捕まえていた。

 残りは、静岡4人と福岡2人の6名だ。

 メイン集団は、下り切った後の平坦区間に入り、一気に追走を始めた。

 一人が1㎞を全力で曳き、千切れるといったことを繰り返していく。

 群馬は、あっという間に西、菊地、和田が役割を終え、東京も夏井、麻生が牽引を終えて千切れる。

 千葉も、郷田が強烈な曳きを見せて、その後を引き継いだ冬希も自分の決められた距離を曳いて集団から千切れようとしていた。

 

 集団内を下がって行く中で、冬希は、気になる存在を見つけた。

 福岡のジャージを着た立花だ。

 立花は、福岡のトレインにはついて行かず、メイン集団の中ほどで静かに走っていた。

 冬希は、集団の横を上がっていくモトバイク近づいた。

「すみません、ボトルを一本貰っていいですか?」

「一本で良いのか?残り10kmを過ぎたら、補給は禁止だぞ」

「大丈夫です」

 冬希は、新しいドリンクボトルを受け取ると、集団の中を下がりつつ立花に近づいて行った。

「立花選手、調子はどうだい?」

 立花は、冬希を訝しげに見てきた。二人は、第3ステージ後に接点はあったが、直接二人で会話するような仲ではなかった。

「君には第3ステージの件で、貸しがあった気がするんだけど」

「・・・なんだ」

 立花の目に、警戒の色が強くなる。

「このボトルを、近田さんに届けてもらいたいんだ」

「なんだと!?」

 立花は、驚いた表情で冬希を見た。

「阿蘇の登り始めで、近田さんはボトルを落としたんだ。いまボトルゲージには、一本も持ってない」

「・・・」

「今日はこの暑さだ。ボトルが無いと最後まで持たない。でも、運営の車からボトルをもらうような余裕を静岡は絶対に与えてくれないだろう」

 立花は、チームと距離を置いているが、決して近田を嫌っているわけではない。むしろ足を引っ張る自分を責めたりしない分、後ろめたさを感じているぐらいだ。

 先ほど、近田の山岳アシストの舞川が先頭集団から千切れてきたのを確認した。現在、近田は静岡によって丸裸にされた状態だ。

「こんなことをして、お前らに何の得があるんだ」

「特に理由は無い」

 迷いのない一言に、立花は冬希を驚いた眼で見た。

「この集団は、平坦区間から大観峰の登りに入るタイミングで、一旦ペースが緩む」

「なぜそう言い切れる」

「メイン集団は、今は平坦のアシストが曳いている、でも、大観峰への登りが始まると、今度は登りの得意なアシストにスイッチする。そのタイミングで、必ずペースは緩む」

 既に決まった事実を述べるように冬希は言った。

「そのタイミングでアタックを掛ければ、成功する。メイン集団から抜け出して、近田さんにボトルを届けることが出来る。近田さんは脚が止まってるかもしれないけど、運が良ければドリンクを受け取った後に、メイン集団に戻れると思う」

 立花は、考えこんだ。今、レースのペースはかなり早いが、集団の中でずっと温存してきた立花はまだ余裕があり、さらに幸運なことに、立花は今日、かなり調子が良かった。

「頼むよ、俺への借りを返してくれよ」

 それだけ言い残すと、冬希は、集団から千切れていった。


 残り8.5km付近、東京の阿部が牽引を終えると、一瞬集団が止まった。登りが始まるタイミングで、誰が牽引するか明確になってなかったのだ。

 一瞬各チームが顔を見合わせて、結果千葉の平良潤が牽引を始めたが、それまでのタイミングで、福岡の立花がメイン集団からアタックをかけ、一気に引き離していった。

 総合タイムで既に10分以上を遅れている立花を追う選手は、潤を含め誰もいなかった。


「近田さん、待っていてください」

 立花は、自分のボトルゲージに差した新品ボトルを軽く手で撫でると、一流のクライマーたちも驚くようなペースで大観峰への九十九折を登って行った。

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