冬希と春奈の約束
「というわけで、明日以降も走れることになりました」
冬希は、スプリント賞のポイントリーダーのみが着用を許されるグリーンジャージを着て、チームメイトの船津、郷田、平良潤、平良柊に事の経緯を説明した。
4人も、あらかじめ運営から、タイムアウトになった選手たちは救済になるかも、と聞かされていたので、特段驚きはなかった。
「冬希、朝方、スマフォで電車の時刻調べてたの、あれは失格になった後に帰る経路を調べてたんじゃないのか?」
柊が、ジトっとした目で追及する。
「いや、柊。冬希は阿蘇の観光ルートを調べてたんだ」
「いやー、せっかく世界有数のカルデラに来たんだから、色々見て回ろうかと」
冬希は、照れた感じで言い訳する。
「なお悪いわ!お前は俺たちが死に物狂いで走ってる間、阿蘇観光をしようと思ってたのか!」
柊は、冬希の後ろに回り、スリーパーホールドで冬希の首を締め上げる。
ギブギブっと冬希は柊の細い二の腕をタップする。
「青山が残ってくれたのは、良かった。明日からも頼むよ」
船津は、心底安堵した表情で、冬希の肩をポンと叩いた。
各々自分のロードバイクを押して、整備道具が置かれている待機エリアへ移動する。
「昨夜、俺が余計なことを言った所為で、青山に無理させてしまったのではないかと思ってね」
船津は、横を歩く冬希に向かって言った。
「うーん、船津さんの所為っていうのとは、ちょっと違う気がするんですよね。強いて言うなら船津さんのためって感じでしょうか」
船津にとっては、あまり変わらないのかもしれないが、冬希にとっては、意味が異なるのかもしれない。
いや、逆に冬希にとっては、やることは変わらないのかもしれないが、船津の受け取る気持ちという点で、意味が違ってくるのかもしれない。
いずれにしても、船津は冬希が失格にならず、スプリントポイントリーダーを維持してくれたことで、多少なりと気が楽になった。
選手たちは、阿蘇市内の宿泊施設に泊まることになっている。
阿蘇は3連戦で、明日の第5ステージは、豊後竹田から、阿蘇山頂までの山岳コースになっている。
冬希達は、宿泊するホテルにチェックインすると、それぞれ割り当てられた部屋に入って行った。
荷物を置くと、直ぐに柊、潤、冬希の3人で部屋付きの露天風呂に入り、激戦の疲れを癒した。
夕食後、冬希は部屋に戻らず、ホテルのロビーで一本の電話を掛けた。
「もしもし」
「冬希くん、お疲れ様!」
元気な春奈の声が聞こえた。
「今電話して大丈夫なの?」
「ああ、ご飯を食べて、あとは寝るだけ」
「早くない!?まだ7時半だよ??」
実際のところ、あまりやることは無い。今日も体は疲れているし、翌日もレースなので、散歩や温泉名物の卓球など、疲れることは出来ない。
今日春奈が何してたなど、取り留めのない話をした後、レースの話になった。
「冬希くんが集団から脱落した時、実況の人が叫んでてすごかったんだから」
「え、マジで?」
「うん、優勝予想で、冬希くん、尾崎選手、近田選手、植原選手、あとその他だったかな、で実況の人は冬希くんを挙げてたし」
「そうだったんだ。それは無謀な賭けだなぁ」
だが、結局優勝したのは逃げた秋葉だったのだから、尾崎、近田、植原も期待には応えられなかったという意味では同じだ。
「あ、そうだ。雛ちゃんが、植原君が安心してたって言ってたよ。冬希くんが失格にならなくって」
「ああ、表彰式の時に、植原と話したよ。でも、明日以降に失格になる可能性もまだあるからなぁ」
「えー、まぁ、そうかぁ」
春奈は、ちょっとしょんぼりする。ここで、頑張れとか言って来ないところが、春奈の優しさなのだろうと冬希は思った。
「あ、でも・・・」
「え、なになに??」
「いや・・・やっぱりやめとく」
「言っちゃいなよ。言ったほうが楽になりますぜ!」
何のキャラだと冬希は思ったが、言いかけて止めるのは卑怯かと思い、言う事にした。
「春奈が、最終日にゴールの博多に来てくれるなら・・・最終日まで失格にならない理由が出来るなと思ったんだけど・・・」
「え、それって・・・ボクに会うために、がんばるってこと・・・?」
「・・・うん・・・」
言ってしまった。冬希は照れから、寝っ転がってバタバタしたい心境だったが、ホテルのロビーだったので何とかこらえた。
ただ、電話の向こうではなにかバタバタと音がしている。
「うん・・・わかった」
「え?いいの??」
福岡へ来るのは、それなりに交通費もかかってしまう。
「うち、お父さんが、福岡に単身赴任してて、会いに行くって言ったらお金は出してくれると思うから」
冬希は、心の中でガッツポーズした。
「じゃあ、もうお父さんにお願いして飛行機のチケット取っちゃうからね」
「うん、失格にならないように頑張る」
「じゃあ、明日も頑張ってね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
電話を切る。
冬希は、ゴールを切った後に、雛姫に迎えてもらう植原を見て、ちょっとうらやましいと思っていた。
きっと雛姫がゴールで待ってくれていることが、植原のモチベーションになっているのだろう。
「なんとしても、博多までたどり着かなければ・・・」
そのために冬希に出来ることは、早く体を休めることだ。
冬希は、部屋に戻って、すぐに寝ることにした。
■第4ステージ結果
1:秋葉 速人(山形) 61番 0.00
2:丹羽 智将(静岡)2番 +0.06
3:船津 幸村(千葉)125番 +0.06
■総合成績
1:丹羽 智将(静岡)2番 0.00
2:船津 幸村(千葉)125番 +0.02
3:尾崎 貴司(静岡)1番 +1.54
■スプリント賞
1:青山 冬希(千葉)121番 183pt
2:坂東 輝幸(佐賀)441番 86pt
3:柴田 健次郎(山梨)191番 71pt
■山岳賞
1:秋葉 速人(山形) 61番 35pt
2:丹羽 智将(静岡)2番 21pt
3:船津 幸村(千葉)125番 20pt
■新人賞
1:植原 博昭(東京)131番 0.00
2:有馬 豪志(宮崎)451番 +0.01
3:南 洋平(栃木)95番 +6.38




