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全国高校自転車競技会 第4ステージ(高塚地蔵尊~阿蘇大観峰)②

一、船津の決意


 船津は、10%の急勾配区間を、ずっとダンシングで登り続けていた。

 冬希は、スプリントポイント前でアタックを行った。

 それは、ボーナスタイムを獲得に行ったと見せかけた陽動で、尾崎は引っ掛かった。

 事前の打ち合わせになかった行動だった。

 逃げ集団が思いのほか早く解体され、スプリントポイント通過時にボーナスタイムが発生するという、想定外の状況だからこそ出来た陽動だった。

 打ち合わせにはなかったが、冬希の意図に、船津は気が付いたので、カウンター気味にアタックをかけ、集団から抜け出すことに成功した。

 その犠牲は小さくなかった。

 冬希は、ほぼ間違いなく制限時間内にゴールすることは出来ないだろう。

 船津には、少なからず後悔があった。

 前日の風呂で、冬希に自分の想いを語った事についてだ。

 冬希の人間性を考えれば、自分を犠牲にしてでも船津の想いを遂げさせようとしてくれることは、船津にもわかっていたはずだった。

 あの時、自分の想いを語らなければ、そして神崎高校が船津の総合優勝を目指さなければ、恐らく第10ステージが終わった時には、神崎高校は総合優勝は獲得できなくとも、冬希自身はスプリント賞を獲得して、何年もの間、語り継がれる名スプリンターとなっただろう。

 だが、最早振り返ったところで意味は無いことだった。賽は投げられたのだ。

 船津は、ダンシングを続けている。

「まずは、下りに入る前に、逃げている選手と合流することだ」

 それまで、船津はペースを緩めるつもりはなかった。


二、山形 61番 秋葉 速人(3年)


 運営のバイクが、ホワイトボードでタイム差を教えてくれる。

 「山岳逃げ職人」と呼ばれる山形の秋葉速人は、タイム差を見ながら、ペースをコントロールしていた。

 少し前までは、2ndと、メイン集団を表すPelotonと2つのグループとのタイム差が表示されていた。

 2ndは、恐らく先ほどまで一緒に逃げていた京都の四王天で、2ndとのタイム差はどんどん広がっていき、最終的には、Pelotonとのタイム差だけ表示されるようになった。

 その後、再び2ndが記載され始め、とんでもないスピードで自分とのタイム差が縮まってきた。

 2ndとPelotonとのタイム差も、グングン広がってきている。

 恐らく、誰かがメイン集団からアタックをかけて、自分を追いかけてきているのだろう。

 秋葉にとっては僥倖だった。

 1級山岳を登り切った後は、登りと平坦区間があり、そこを一人で走るのは、あまりにも酷だった。

 走力のある選手が合流してくれれば、それだけ自分の逃げ切りの可能性も上がる。

 秋葉は、2ndと表記された選手が、1級山岳の下り開始前までに追いついて来れるよう、ペースを落として脚を温存することにした。


三、合流

 1級山岳の頂上に、船津がたどり着いた時、ちょうど山頂にある山岳ポイントを通過した秋葉が下りにはいろうとしていた。

 秋葉は、ハンドサインで自分の後ろに入れと船津に指示をし、峠の下りを攻め始めた。

 船津は、秋葉に追い付くためにかなり脚を使っており、秋葉はしばらくの間、船津を休ませてくれるつもりのようだった。

 秋葉の下りのテクニックは、「山岳逃げ職人」と言われるだけあって、かなりのものだった。

 船津自身も、下りはかなりうまい方であったが、秋葉の方が上だと思った。

 秋葉は、自分から離されずに、峠を下っている船津を見て、その技術に舌を巻いていた。

 登りも速く、下りも上手い。

 理想の逃げパートナーだ。

 峠を下りきったところで、船津は重要な話を秋葉に持ち掛けた。

「総合を狙っているので、ステージ優勝に興味はない。ステージ優勝は任せるので、一緒にゴールまで付き合ってくれ」

「その言葉を待ってたぜ」

 利害は一致した。秋葉は、ステージ優勝が欲しい。船津は、他の総合選手たちに対してタイム差が欲しい。

 秋葉と船津は、均等に先頭交代を繰り返しながら、登りに入って行った。


三、静岡 2番 丹羽 智将(3年)


 山頂に到達した。

 しかし、逃げている秋葉はおろか、アタックを掛けた千葉の船津さえ、姿をとらえることは出来なかった。

 丹羽は、慌てた。

 船津は確か、総合タイムで、静岡の総合エースである尾崎より6秒しか遅れていなかったはずだ。

 その6秒は、第1ステージのボーナスタイムで、つまり船津は第1ステージから第3ステージまで全てメイン集団でゴールしていたということになる。

 千葉が、冬希以外に総合系エースを隠しているとしたら、この男だったのだ。

 まずは、船津に追い付くこと、そしてメイン集団が、尾崎が追い付いてくるまで、船津の足を引っ張り続けることだ。

 丹羽は、下りに入り、存分に攻める。

 丹羽自身も、尾崎に下りを教える程に、下りの技術に優れている。

 秋葉や船津に劣らぬペースで山岳を下って行った。


四、想定外


 メイン集団が1級山岳の山頂に到着したときに、前年総合優勝の尾崎は、初めてチームメイトの丹羽が船津を捕らえられていないことを知った。

 これは、尾崎がほとんど想像していなかった事態だ。

 丹羽は、尾崎が最も信頼するアシストであり、登りも下りも高い能力を持っている。

 尾崎は一点思い当たることがあった。

 逃げている秋葉は、下りも得意な選手だ。

 恐らく、船津と秋葉が合流して、秋葉が引っ張る形で逃げているのだろう。

 船津が秋葉と逃げ切ってしまうと、総合リーダーを船津に奪われることになる。

 冬希は、登りの途中で集団から脱落したが、同じ千葉の船津がここまでの実力者だとは想像していなかった。

 静岡は、ここで初めて近田の福岡から主導権を奪い、集団を牽引して下りに入った。


五、丹羽の追撃


「おい、何か来てるぞ」

 逃げ集団、つまり秋葉と船津の二人に対してタイム差を詰めてきている選手がいる。

「たぶん、俺のお客さんだよ」

 船津へのお客さん。つまり総合系チームからのマークだ。

「俺たちにぶら下がって、逃げを潰す気だな」

 秋葉と船津は、利害が一致して均等に先頭交代を行っているが、そこに先頭交代に加わらない選手が入ってくると、その選手だけ力を貯めることが出来てしまう。

 そうなった場合、先頭交代に加わらない選手が優勝争いで一番有利になってしまうため、船津と秋葉もそれに対抗するために、ペースを落として脚を溜めなければならなくなる。

 結果、ペースが落ちた逃げ集団は、メイン集団に追い付かれるという寸法だ。

「ペースを乱すな。追いつかれても、残り500mまではペースを維持するんだ。そこからアタックすれば、秋葉は逃げ切れる」

「お前はどうするんだ?船津」

「お客さんの相手をするさ」

 追走の1名は、先頭交代する二人に対してどんどん差を詰め、振り返れば見える位置にまで追い付いてきた。

「まずいぞ、船津。ありゃ丹羽だ。国体チャンプだ」

「だな、秋葉。よりにもよってとんでもないのが来た」

「国体の時、俺は逃げてたんだ。一周15kmの周回コースでよ。絶好調で逃げ切れると思ってた。だが残り1周でもう丹羽に引っ張られた尾崎に追い抜かれていったんだ。あの時は、尾崎よりはるかに丹羽がやばかった」

「そんなこと言っているうちにほら、もう追いついてきた」

 丹羽は、秋葉と船津に追い付いた。当然、先頭交代には加わらない。

「秋葉、絶対にペースを乱すなよ。今のペースなら、ゴールまで脚は持つ。ここで焦って脚を遣ったら、ゴールまでの間に脚が止まって、集団に追い付かれるぞ」

「わかったよ船津。本当に俺を勝たせてくれるんだろうな」

「ああ、信じろ。丹羽はお前には興味が無い」

「なんか、その言い方傷つくんだが・・・お、おい、丹羽が仕掛けたぞ、話が違う」


 丹羽は、秋葉と船津の後ろから出て、アタックを仕掛けた。

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