全国高校自転車競技会 第2ステージ(佐多岬~桜島)②
一、京都 261 四王天薫(3年)
京都の「逃げ屋」四王天薫は、全日本チャンピオン、坂東輝幸(佐賀)のやり方に憤慨していた。
本来、自分が逃げに参加する場合、出来るだけ多くの逃げ選手を呼び込み、大人数で逃げたほうが有利である。
しかし、坂東のチームは、逃げようとした選手たちを潰していった挙句、自分だけ逃げに乗ってきたのだ。
「坂東、貴様スプリントポイントだけ獲って、逃げを止める気だな?」
「四王天、山岳ポイントはお前にくれてやるんだ。感謝しろよ」
スタートして12km程にある3級山岳ポイント、今回逃げ合戦が激しかったのはこの点にあった。
逃げに乗って、この山岳ポイントを1位通過すれば、2ポイント獲得でトップの舞川(福岡)に並ぶ。
同ポイントの場合、後から等級の高い山岳を通過した方が、山岳リーダーになるため、山岳ジャージ着用を目指す選手たちでの逃げ合戦になったのだ。
四王天は、山岳ジャージに興味が無いわけではなかったが、やはりそれよりステージ優勝が欲しかった。
坂東の身勝手なやり方は、到底承服できなかった。
だが、こうなってしまった以上、仕方がない。坂東と二人で協力して逃げていくしか、四王天に残された道はなかった。
二、中間スプリントポイント
2名逃げが決まり、集団は落ち着いていた。
メイン集団の選手たちは、談笑したり、後方の運営者からボトルを貰ったりしている。
「ほら、逃げは2名だ。これで中間スプリントで勝負する意味が出来たな。俺に勝てば、ボーナスタイムが手に入るぞ」
よかったなと、どや顔で話しかける松平(福島)に、冬希は複雑そうな表情を隠さなかった。
冬希としては、中間スプリントで争う意味はあまりない。どちらかというと、スプリント賞のキープより、総合リーダーのキープが目標であるため、今日は集団でゴールすればいいはずだったのだ。
しかし、アクチュアルスタート前に、松平と変な約束をしてしまったせいで、中間スプリントをやる羽目になった。
チームとしては、逃げ潰しに松平達が積極的に参加してくれたので、楽をすることが出来た。
集団の牽引にも協力的だ。
チームメイトは楽が出来る。だが、冬希だけは松平に付き合ってやらなければならなくなった。
山岳ポイントは、逃げた四王天(京都)、坂東(佐賀)の2名で獲り尽くした。
四王天が2ポイント獲得し、暫定で山岳リーダーとなる。こちらは途中でリタイアなどせず、ゴールすれば確定となる。
スプリントポイントは、坂東、四王天の順で通過した。
坂東は20ポイント獲得し、46ポイントで暫定2位となった。
逃げ集団を追う、メイン集団もスプリントポイントが近づき、集団が活性化する。
4大スプリンター、松平(福島)の他、土方(北海道)、柴田(山梨)、草野(島根)らのチームも、前に上がってくる。
「松平以外は、形だけだ。結果的に他の3人は勝負をしてこない」
船津が言った通り、土方、柴田、草野は本気で踏んでこない。前日のダメージを回復させたいのだ。
福島が、酒井、飯沼、松平のトレインを組み、神崎高校の冬希が、船津の後ろから出てそのトレインに続く。
酒井が離脱し、飯沼がペースを上げ、残り200mで松平を発射する。
冬希は松平の後ろに付き、80%のスプリントから残り100mで全力のスプリントを開始した。
三、神崎高校 理事長兼自転車競技部 監督 神崎 秀文
第1ステージが終わり、その日の夜に帰ってきた吹奏楽部の部長から、神崎高校の名が刻まれたイエロージャージを渡された。
それは、約10年間、神崎を縛り付けていた呪いのようなものだった。
これを手に入れなければ、前に進めない。
自分の心の弱さの所為で、神崎の手をすり抜けていった栄光。
神崎は、監督という立場でチームを作り、そして10年前のあの日に失ったあのイエロージャージを手にすることが出来た。
手に入れてしまえば、こんなものかという気持ちもあった。
しかし、確実に、あの時に止まった、神崎の時間は動き出した。
このことに執着し、周りが見えなくなっていた神崎の視界は、一気に広がった気がした。
あの日の後悔、屈辱、恥といったものから、解放された。
解放されたからと言って、終わりではなかった。
彼の生徒たちは、まだ最前線で戦っている。
相変わらず執務室で、TVの中継を見る。
丁度スプリントポイントに差し掛かるところだ。
総合リーダージャージが見える。神崎高校の文字が刻まれている。
実況『松平だ、松平が来た。その後ろにイエロージャージの青山!!光速スプリントが炸裂するか!?」
松平に冬希が並びかけようとする。
実況『松平と青山のマッチアップ!!どっちだ!!松平か、松平だ!!』
冬希は、松平に並びかけられずに、そのままスプリントポイントを通過した。
実況『3位通過は松平、4位通過が青山、大きく離れて福岡の立花でしょうか、そして柴田、土方、草野、小泉、加治木と言ったスプリンター勢が続きます』
解説『いやぁ、熱いスプリントでしたね。2人とも流石というマッチアップでした。ただ、今回は松平が3年の意地を見せましたね』
神崎は、上出来だと思った。だが、今のスプリントで神崎は冬希のスプリントに違和感を感じた。
「もしかして・・・」
三、違和感
松平は、冬希に対して、ドヤ顔でガッツポーズをして見せた。
大変満足そうだ。
冬希は、それに、渋い顔を返した。
松平はチームメイトの元に戻り、声を掛けられている。
日向だけは、違和感を感じたようにこちらを見ているが、またチームで集団の牽引を始める。
冬希もチームメイトの元に戻っていった。
船津も、冬希のスプリントに違和感を感じていた。
「青山、お疲れ様。どうだった?」
「いやぁ、最後はギアが足りなくなりました」
「!!」
船津と潤は、驚いて顔を見合わせた。
それと共に違和感の正体に気づいた。
「そうか、下りで追い風のスプリントだったからか・・・」
コースの斜度が下りで、風向きが追い風の場合、通常のスプリント時以上にスピードが出る。
その結果、最大のギアでもギア比が足りなくなり、最大スピードでもペダルが空回りしたような状態になってしまう。
そもそも冬希を含め、神崎高校は第4ステージの登りに備えて、比較的に軽めのギア比になっていた。
その結果、一定以上スピードが伸びなくなってしまったのだ。
「潤、今日のゴール地点はどうなってる?」
「緩やかな登り基調の直線です。船津さん」
松平が先ほどの勝利に自信をもって、全く同じ展開に持ち込んで来るとしたら・・・。
「今日も青山でゴール獲りに行くぞ。松平の鼻を明かしてやろう」
船津は、不敵な笑みを浮かべた。




