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全国高校自転車競技会 第1ステージ(佐賀空港~博多)①

 雲一つない青空が広がっている。南には、有明海だ。

 スタート地点の佐賀空港は、乗り入れている航空会社も少なく、便数も少ないので、基本的にはライセンス取得用の練習機の発着以外、あまり離着陸も行われない。

 冬希たちは、朝7:00には朝食を取り、大会主催者が用意したバスで、スタート位置の佐賀空港へ移動した。自転車などの機材は、既に昨日のうちに、現地へ発送済みだ。


 スタート地点の空港公園には、235人の自転車と選手、大会関係者と20台の大会運営車、中継カメラ用のモトバイク、そして報道関連部活動連合(報道部活連)の生徒たちが集まっていた。

 報道部活連とは、放送部、新聞部など、全国の高校の報道関連の部活で結成されている、高校の全国大会などの取材を行う組織だ。

 TV中継などは、さすがに大人が行うが、高校の壁新聞などは、報道部活連の記事のページと、ここの高校の新聞部の記事で構成されることが多い。


 冬希がスタート前の雰囲気を観察してふらふらしていると、報道部活連に取材される、東京代表の1年生エース、植原博昭を見かけた。さすがに次世代を担うホープとして注目度も高い。

 植原は、冬希と目が合うと、冬希にひらひらと手を振ってくる。報道部活連の面々は、誰だあいつはという視線で冬希を見てくる。冬希は、軽く手を振り返して、公園内をふらふらと歩いて行った。


 9:45になると、集合がかかり、選手はコース上のスタートライン前に集合し始める。スタートして、当分の間は、自由にしていいというオーダーを貰っている。冬希は適当に集団の最後に付けた。

 集合地点で、全員右端の一列を開けろという、モトバイクに乗った大会主催者から指示あり、全員右端の自転車1台分を空ける。

 すると、5人の選手がその隙間を通り、整列している集団の最前列に、横一列に並んだ。

「あれは、確か去年の総合優勝、静岡の尾崎選手・・・」

 前回優勝者である尾崎は、今大会のゼッケン1番をつけている。静岡のほかのメンバーも、ゼッケンは1桁だ。

 静岡のメンバーは強力で、他県に行けば、全員がエースになれるだけの能力のある選手がそろっているそうだ。

 あれが・・・去年TVで見た・・・リアルで見れた・・・などというざわめきが、冬希の後ろから、聞こえてくる。確か、宮崎の代表、日向海浜高校の選手たちだ。全員が1年生という事で、報道部活連から取材を受けていた。たまたま、宮崎県内のバラバラの有名クラブチームに所属していた選手たちが自転車部の無い高校に入学し、チームを結成したそうだ。創部1年目、しかも入学1か月にして全国の快挙。話題にならない方がおかしい。

 1年生で名門チームのエースになった植原もそうだが、1年は1年で話題性に事欠かない。自分は平凡だなぁと冬希は他人事のように思った。

 スタート前に主催者側から注意事項が告げられる。怪我が無いように、というのがメインだ。


 パレードランが始まる。沿道には驚くほどの観客が集まっており、大会の注目度が分かる。

 冬希は、序盤は自由にしていいとは言われつつも、リーダーの船津を探して背中に手をポン、と当てる。

「青山か」

「当分、後ろに付いておきます」

「ああ、助かる」

 ツール・ド・フランスでは、チームごとにサポートカーを用意するが、この大会では47都道府県がサポートカーを用意すると、47台にもなってしまい、かなり大変なことになるので、サポートカーは、主催者が用意したもののみとなる。

 パンクしたときのためのホイール、落車で自転車が壊れたときのためのスペアバイクを乗せたサポートカーが10台、これは集団がいくつかに分かれたときに、それぞれに付く。

 そして、落車してけがをした選手を治療したり、そのまま病院に運んだりするドクターカーが5台。また、審判が乗る審判車が5台。あと、中継用のカメラを搭載したモトバイクも多数ある。

 ボトルや補給食などの受け取りは、これらすべての運営車から可能となっている。

 しかし、パンクが発生したときに、サポートカーが来るまで待っていては、集団から遅れてしまうため、リーダーには冬希のようにアシストが1人付き、チームリーダーの自転車がパンクした場合にホイールを差し出してリーダーが先に復帰し、アシストがサポートカーからホイールを受け取るというような事が多くある。


 佐賀空港まわりの、のどかな田んぼがつづく道が終わり、アクチュアルスタート(競技開始地点)に差し掛かる。

 すると、一気にペースが上がった。逃げようとしているメンバーと、それを阻止しようとして、去年総合優勝の静岡と、このステージを狙うスプリンターを擁するチームが協力して逃げを追いかけて潰しているのだ。

 冬希は、ひいひい言いながら集団の中で船津の後ろについていく。

「いきなり凄いですね。いつ落ち着くんでしょうか」

「まぁ、逃げが決まるまでだな。京都の四王天が諦めない限りは、ペースは落ち着かないだろう」

 京都のエース、四王天選手は、「逃げ屋」との異名を持つ、逃げのスペシャリストで、数々のレースで逃げ切りを決めているらしい。スプリントステージで逃げ切りを決められてはたまらんと、4大スプリンターを擁する北海道、福島、山梨、島根あたりが協力して、アタックを掛ける四王天を潰しているらしい。

 20分ほどハイペースが続いたが、次第にペースが落ち着いてきた。どうやら逃げが決まったようだ。


 ペースも落ち着き、何人かのアシストの選手が集団の後ろに下がり、サポートカーからボトルを貰っている。

 冬希も一旦下がってサポートカーからボトルを2本貰い、ついでに逃げた選手に関する情報を聞く。そして、他のアシスト選手と協力して集団に戻った。

「船津さん、ボトル貰ってきました」

「ああ、ありがとう」

 船津は、シートチューブのボトルゲージからボトルを外し、冬希に渡すと、新しく受け取ったボトルをボトルゲージに差した。

「逃げに乗ったのは3名、タイム差はもう1分ついてます」

「誰が逃げてるんだ?」

「165番富山の佐野選手、315番鳥取の奥田選手、335番岡山の榎田選手です」

「全員1年じゃないか・・・」

 スプリンター系チームも酷いことをする、と船津は苦笑している。絶対に逃げ切らせるつもりはないという意志の表れだろう。


 県道17号線に入り、しばらく船津の後ろで集団の中を走っていると、集団の左前の方で落車が発生した。

「らくしゃー!!」

 叫び声がしてそっちを見ると、人が倒れており、それに躓いて複数選手が転倒する。幸い、冬希たちは集団の右側に居たので、落車に巻き込まれるのは免れたが、それでも一時足を止めざるを得なかった。

 集団が途中で千切れ、冬希は船津を引き連れて、他のチームの、リーダーを集団に戻そうとする選手たちと協力して集団に戻っていった。

「船津さん、さっきの落車で、俺は信じられないものを見ました・・・」

「ああ、あれか」

 落車した選手に躓いて転倒する選手が相次ぐ中、その間を縫って、さらには倒れている選手の上を、自転車で飛び越えていった選手がいたのだ。

「あの日の丸ジャージの選手・・・」

「ああ、佐賀の坂東だな。去年の全日本チャンピオンだ」

 佐賀には坂東という兄弟がいて、そのエースの方、坂東輝幸は、全日本選手権で優勝するほどの実力を持つ選手だ。

「坂東のバイクコントロールは、日本の高校生の中では、恐らく断トツだろう」

 ウイリーや障害物をジャンプ、手放しのまま静止して見せたりするらしい。手放しすら出来ない冬希にとっては、もう人外の能力と言っても過言ではない。

「なんか全国出る人って、みんなちょっとおかしなレベルですよね・・・」

「まあ、そうかもな」


そして、集団は今大会初のスプリントポイントに差し掛かろうとしていた。

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