神崎の思惑
春奈を送った後、学校に着いた冬希は、神崎理事長、キャプテンの船津、チームの頭脳と言える平良潤と共に、視聴覚室に居た。
潤は、ノートPCを操作しながら、スクリーンに、全国高校自転車競技会のスタートリストを映し出す。
47都道府県に、各5人のゼッケン番号と氏名が映し出される。
薄暗い視聴覚室の中で、冬希は眠くならないように注意しながら、潤の話に聞き入った。
「冬希、ツール・ド・フランスのビデオは一通り見たな?」
「はい、結構面白かったです」
「全国高校自転車競技会は、全10ステージで行われる、ステージレースだ。10回レースを行い、各ステージで優勝を決める。そして10ステージ終わって、総合タイムが一番少ない選手が、総合優勝となる」
「はい」
「今回、47都道府県が参加するが、それぞれのチームのタイプで、達成しようとする目標が異なる」
潤が、レーザーポインタでスクリーンを指す。
「まず、スプリンターをエースとするチームだ。北海道の土方一馬、福島の松平幸一郎、山梨の柴田健次郎、島根の草野芽威は、高校自転車界の4大スプリンターと呼ばれている」
冬希は松平とは、ひたちなかで一緒に走ったことがある。異次元の選手だ。
「他にも、全日本チャンピオンで、佐賀の坂東輝幸も強烈なスプリントを持っている。京都の四王天薫も実績では他の5人に劣ってはいない」
松平と同等の選手が、全国にまだ5人もいるのかと思うと、気が遠くなる気がした。
「次に、総合優勝を狙うチームだ。去年総合優勝した、静岡の尾崎貴司が最有力だ。そのライバル、福岡の近田、他は、宮城の伊達、神奈川の安藤、愛知の西野、三重の伊勢崎、岡山の森野、広島の星野、大分の藤松と言ったところが有力どころだ」
次々とスクリーンの有力選手を指していく。
「あと、忘れてはいけないのが、去年の全中王者、植原博昭。1年生ながら、東京のエースだ」
「ああ」
先ほど会った植原が、去年の中学の全国王者らしい。仲良くしておこう、と冬希は思った。
「おや、福岡に立花君もいるね」
神崎が、はて、と首を傾げた。福岡と言えば、先ほど総合を狙うと言っていた近田もいるチームだ。
「はい、福岡はちょっとチーム編成がちぐはぐですね」
潤もうなずく。
「立花道之という選手は、去年の全中にも出てたスプリンターだ。スプリントステージでは、植原を圧倒していた選手だよ」
神崎と潤の会話が理解できない風の冬希に、船津が教えてくれた。
「なるほど、1つのチームに、総合を狙う選手と、スプリンターが同居してるんですね」
「ああ、1チーム5人しかいない中で、総合を狙う選手のアシストと、スプリンターのアシスト両方を用意するのは、かなり無理がある」
つまり、近田と立花を除く福岡の3人は、どちらかのアシストになるわけだが、他のチームは、エースが1人で4人のアシストがいるのに対して、3人全員が近田もしくは立花のアシストとなっても、他のチームよりアシストが1枚少ない。
「エースナンバーの、近田が総合エースで間違いないだろう。立花は近田のアシストかな?」
「ありえない話です。他人のために働ける性格はしていないでしょう。よい意味で最強に独善的なスプリンターです」
船津の疑問に、潤が答える。
「全中では、一切味方に頼らずに、たった一人でゴールを狙い続けました。発射台不要で勝つことが出来るという意味では、全日本チャンプの坂東に匹敵する選手でしょう」
1年生にも、色々なタイプがいるらしい。植原は、チームの先輩達を尊重する立ち居振る舞いをしていた。
ピコーンと、冬希のスマホにメッセージが届く。
「あの、神崎先生、それと先輩方」
「どうした?」
恐る恐ると言った感じの冬希を、潤が訝しがる。
「各チームの1番って、エースが付ける番号なんですか?」
「何言ってるんだ?当たり前だろう。寝ぼけてんのか?」
今になって視聴覚室に入ってきた、平良柊が言った。重役出勤だ。
「じゃあ、なんで、自分が1番になってるのでしょうか・・・?」
121青山 冬希
122郷田 隆将
123平良 柊
124平良 潤
125船津 幸村
確かに、スタートリストの、チームの一番上位に冬希の名前がある。
「うちは、あいうえお順だからね。受験番号もそうだったでしょ?」
神崎は悪びれた様子もなく、言った。確かに推薦入試の時の受験番号は、あいうえお順だった。
「東京都の植原博昭は、全中王者だからこそエースだと、みんなから思われているんだ。ほかの学校で1年生が1番つけててもエースだとは思われないよ」
潤が苦笑している。
「エースだと思われてるっぽいです」
スマホを見ながら、冬希はぶつぶつ言っている。
「思われてるって誰に?」
4人とも不思議そうな顔をしている。
「植原博昭」
スマホを4人に向ける。
「え?」
そこには
【青山君もエースだったんだね。1年生エース同士、大会を盛り上げていこう!】
と書かれていた。
10分間の休憩を挟み、ミーティングは再開された。
今度は、神崎がメインで話している。
「スプリンターチーム、総合チームとあるが、ステージ優勝のみを狙うチームもある」
大抵の場合は、総合狙いのチームで、トップとのタイム差があまりに広がってしまった場合、総合優勝を諦めて、ステージ優勝に切り替えるパターンが多いらしい。
「我が神崎高校は、第4ステージ。ここに全ての勝負をかける」
いつもにこやかな神崎の目に、冬希は言い知れぬ強い気持ちを感じた。
「第1ステージから、第3ステージまでは、スプリンターの活躍するステージだ。恐らく集団でゴールすることになるので、タイム差は大きくは広がらない」
ゴール前の無用で危険な争いを避けるため、集団でゴールした場合は、全員同タイム扱いになる。集団内で1秒差を争ってゴールに選手が殺到したら、大事故になりかねないのだ。
ほかにも、救済ルールとして、ゴール前3㎞を過ぎてからの、メカトラブル、落車事故によって集団でゴールできなかった場合は、救済措置として、集団と同タイムでゴールしたとみなされる。
「なので、第1ステージから第3ステージまでは、ゴール前3㎞まで集団の前方に位置することを目標とする。集団の後ろの方だと、前の方で落車などで足止めされやすくなるからね」
少なくとも、集団の先頭に居たら、他のチームの落車に巻き込まれる心配はない。そういう意味で、出来るだけ集団の前の方が、落車に巻き込まれにくいのだ。
「第1ステージから、第3ステージまでは、総合狙いのチームも、集団でゴールすることだけを目標にして、タイム差は開かない。勝負は第4ステージ。阿蘇の大観峰だ」
第4ステージで優勝した選手は、間違いなく総合リーダージャージを手にすることになる。神崎高校が、キャプテンの船津が黄色いリーダージャージに袖を通す可能性が唯一あるのは、第4ステージということになる。
さすがに、第4ステージで一度総合リーダーになれば、その後はどうなってもいいとは、神崎は口に出しては言わない。だが、強くそう思っているという事は、冬希や、他のメンツにもわかった。
狂気にも似た、強い執着。これを達成しなければ、一歩も前に進めない。そんな切羽詰まった雰囲気を冬希は、神崎に感じた。




