植原の分析
冬希たちと別れた後、慶安大付属の選手の面々は、関宿まで往復した後、学校に戻ってきていた。
広く、綺麗な部室の一角に置かれたノートパソコンで、1年生エースの植原博昭が調べ物をしている。
「博昭くん、何見てるの?」
マネージャーの沢村雛姫が覗き込んでくる。
「神崎高校の情報を調べてるんだよ」
「青山くんの?」
「ああ、同じ一年生だしね。どうしても意識しちゃうよ」
一通り調べ終わったのか、植原はノートパソコンを閉じた。
「千葉県の予選会2位。全国上位の今崎選手をマークして逃げに乗っての2位だった」
「それって凄いんじゃないの?」
「どちらかというと、それ自体はチームの「捨て駒」的な役割なんだよ。この作戦を考えた人は、かなり頭が切れる」
「どういうこと?」
うーん、と難しそうな顔をする雛姫。
「中国の故事に由来する話だよ」
A,Bという貴族の2人が、それぞれ速い馬車(速力3)、中程度の馬車(速力2)、遅い馬車(速力1)の3種類の馬車を持ち寄り、3回レースをすることになった。
それぞれの馬車は同じぐらいの速さで、どっちが勝つかわからない。
そこで、Bの貴族に仕える将軍がアドバイスを行い、次のような組み合わせになった。
一回戦:A.馬車(3) VS B.馬車(1)
二回戦:A.馬車(2) VS B.馬車(3)
三回戦:A.馬車(1) VS A.馬車(2)
相手の一番早い馬車に、こちらの一番遅い馬車を当てて、一回戦は負けるが、二回戦は中程度に速い馬車、三回戦は遅い馬車に中程度の馬車を当てることで、3回中2回勝つことが出来たという話だ。
つまり、神崎高校は、今崎という最強の相手に冬希という捨て駒を当てることで、今崎を除く4人に対して、神崎高校の主力をぶつけるという作戦に出たのだろう。
予想通り、冬希は今崎に負けた。だが、今崎のワンマンチームであるおゆみ野高校の、その他4人の選手と、神崎高校の冬希を除くメンバーのぶつかり合いは、神崎高校が勝った。
冬希ではなく、神崎高校のエース級が、今崎のマークについていたとしたら、冬希を守りながら走った神崎高校と相手選手4人では、勝負はどう縺れたかわからなかっただろう。
「なるほどー。じゃあ、青山くんてそんなに速くない人なの?」
「いや、捨て駒と言っても、チーム内で一番劣るというだけで、1年生にしては十分な実力を持っていると思う。そうじゃなければ、ずっと後ろを走っていたとはいえ、今崎選手についていくのは不可能だ」
「そうなんだね。全然そういう風には見えなかったけどね。なんか優しそうだったし」
高い戦略を駆使してくるチームかも知れない。植原は、神崎高校をそう分析した。