予選会
全国高校自転車競技会は、全国自転車競技連盟が主催する自転車ロードレースだ。
インターハイが、日本高等学校体育連盟によって主催されるのに対し、全国高校自転車競技会は、プロも含めた自転車競技全般の管理団体の、高等学校クラスのロードレースという位置づけになる。
大企業がスポンサーに付き、テレビ放送やネット配信で視聴することが可能となっている。テレビは、レース途中からの中継となるため、スタートから見たいファンは、ネットで視聴することが多い。
予選会は、各県の連盟が主催し、コースも各県によって異なる。山が少ない千葉県は、例年平坦コースでの予選会を実施している。
予選会は、5人の出場選手の、合計タイムが一番少ない学校が、全国への出場権を手に入れるルールとなっている。従って、一人でも上位から脱落すると、全国出場は絶望的となる。
レース自体の優勝を争わないかというと、そういう事も無く、1位にはボーナスタイム-30秒が与えられるので、ボーナスタイム目当てで優勝争いは発生する。2位は-20秒、3位は-10秒。
また、予選会での個人優勝は、選手にとって、名誉なことでもあり、国体選手の選考にも影響を及ぼす。
昼休み、冬希は理事長でもある神崎に、校内放送で執務室に呼ばれていた。一緒にご飯を食べていた、春奈も一緒についてきた。
「青山君、去年うちの高校が予選会を突破できなかった理由は知っているかな?」
「はい、おぼろげには」
春奈は黙って聞いている。
「去年の3年生が2名いたんだけど、それぞれに強力な選手だった。当時の船津君と甲乙つけがたい程にね」
今の、神崎の船津への信頼度の高さから言うと、これは最上級の誉め言葉かもしれない。
「だから、誰がエースで、誰をアシストとするか、チームオーダーを出さなかったんだ」
「はい」
3年生は、2人とも優勝を狙って競って行った。後に、国体で8位入賞するおゆみ野高校の今崎健と3人での争いとなり、神崎高校の3年生二人は、さんざんハイペースで先頭を曳いた挙句、脚が上がったところで今崎のアタックについて行けず、脱落した。
脚を使いつくした神崎高校の3年生2人は、集団にも抜かれ、大きくタイムを失ってゴール。おゆみ野高校は残り4人が集団でゴールし、予選会突破を決めた。船津、平良潤、平良柊の3名も集団でゴールしたが、今崎が稼いだボーナスタイムと、独走してつけたタイム差、そして3年二人が遅れたタイム差で、神崎高校はおゆみ野高校に大差をつけられて敗退した。
「チームメイトで潰しあっていては勝てるものも勝てない」
「そう思います」
「青山君には、今崎選手のマークをお願いしたいんだ」
「承知しました」
冬希に、柊に張り付く練習をさせているのは、そういう意図があって事だろうと、冬希自身理解したうえで、練習に臨んでいた。
「おゆみ野高校は、今崎選手一人が逃げ切る事でタイム差を稼ぎ、残りは集団でゴールしても余裕で予選会突破出来る算段だろう。青山君は優勝する必要はないが、今崎君から1分以内のタイム差でゴールしてもらいたい」
1分差なら、4人の先輩で取り返せると、神崎は睨んでいるようだ。だがそれには、おゆみ野高校の4人の選手を引きはなしてゴールしなければならない。
「おゆみ野高校は、今崎選手のワンマンチームだ。彼にタイム差をつけられない限りは、大丈夫だ。あとは船津君と潤君が何とかする」
それが出来なければ、全国でリーダージャージを1日着用など、夢のまた夢だと、神崎は暗に言っているようだった。
執務室を辞して、それぞれの教室へ戻る途中、春奈が心配そうに覗き込んでくる。
「相手は、高校生全国8位だったんでしょ?何とかなりそうなの?」
「勝てと言われたら、まあ無理だろうけどね。1分差までならOK貰ってるから」
レースに勝ったとはいえ、あれは初級クラスだった。相手は恐らく上級、エリートクラスに出るような選手だ。サシでぶつかり合ったら、すぐに潰されるだろう。
「細工は流々仕上げを御覧じろって感じかな」
自分に全国出場が掛かっているというプレッシャーはあるが、春奈の前では努めて顔に出さないように、飄々とした態度を装った。
予選会当日、スタート地点がある千葉ポートパークには、40校200人の選手たちが集結していた。
冬希は、殆どの選手が自分より速いんだろうなぁと思った。その中でも恐らくNo.1であろう、おゆみ野高校の今崎との戦いに挑まなければならない。
「真っ向勝負しない。真っ向勝負しない・・・」
冬希は呪文のように唱えながら、ローラー台で心拍数を上げていく。
「冬希、先にゴールして、人数分の飲み物用意しとけよ」
「いつからうち、そんな体育会系になったんでしたっけ?」
まあ準備しますけど、と応える。先にゴールしなければならない理由が、冬希に一つ増えた。
「あれだけ俺について来れるようになったんだから、俺以外の選手なんか楽勝だろ」
「流石、柊先輩、自信と態度は全国区だ」
「実力とカッコよさを忘れるな!」
こぶしで頭をグリグリしてくる。ヘルメットをかぶっているので痛くない。
「時間だ。そろそろ準備しよう」
リーダーらしく船津が声をかけ、全員集合する。
「青山、代表して一言」
船津からの指名だ。急に来た。
冬希は大きく深呼吸すると、不敵な笑みを浮かべていった。
「全国に比べたら、特に難しくない仕事だと思います。さっさと片付けて帰りましょう」
自信過剰な台詞だが、それを責めるメンバーは居ない。みんな、まあ当然だなという態度だ。
「青山の言った通りだ。時間がもったいないので、さっさと片付けるぞ」
船津の両目の奥に、普段では見られない厳しさが宿り、体からオーラのようなものが立ち昇るのを冬希は感じた。
抽選で決められたスタート位置に付く。審判車に引き連れられ、パレードランが始まる。公道がレースの為通行止めになり、高校自転車ファンが沿道に詰め掛けている。
神崎理事長は出張のためネット観戦、春奈も自宅で見てると言ってくれた。競技会開始地点を過ぎ、一気に200人の集団がペースを上げた。




