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3人のアシスト

 いつからか抱えていた孤独感が、拭い取るように消えていた。

 青山冬希との勝負は、負けてよかったという思いも、黒川の心のどこかにあった。

 ユース時代に勝ち続ける事、自分に対抗しうる選手がいないという状況は、黒川に強烈な飢えと渇きを感じさせていた。

 張り合いがない、などという生易しいものではなかった。世界に一人だけ取り残されている、というような感覚に近かっただろう。

 全国高校自転車競技会は楽しかった。冬希だけではない。植原博昭、天野優一といった高い能力を持った選手たちが、チームという一塊でぶつかってきた、と思う程の手ごたえだった。

 彼らはエースとして、チームを上手く回すという能力にもたけていたのだろう。

 その力がなかった自分は、多田一人に負担をかけ、潰れさせてしまった。

 多田を失い、勝負にも敗れ、もう何も残っていなかった。悔いはない。しかし、先の事は何も考えたくない。心を無にして過ごしたかった。

「いいか、黒川」

 ホテルの自室の扉が開き、多田の姿が見えた。

 同室である。多田にとっても自室なので、声をかける必要はないはずだ。

 黒川は、多田が許可を求めてきた理由を知った。

 多田の後ろには、彼ら以外の選手である、相川らがいた。

「お前ら、自分で言ってみろ」

 多田に促され、塙が前に出てきた。

「黒川、明日は俺たちに、お前のアシストとして走らせてくれ」

「お前らがか」

「力不足なのはわかっている。だが、お前と青山の戦いを見て、完走する事だけを目標にしてきた事を、情けないと思ったんだ」

 相川が出てきた。

「頼む。このまま何もしないまま大会を終えられないんだ」

「心意気は買うがな。お前らのレベルでは、第10ステージまで完走するだけでも名誉なことだと思うぞ」

「完走はもういいんだ。お前の力にならせてくれ」

 國友も言った。決意は黒川にも感じられた。

「お前らの、戦ったという満足感のためだけに、俺を使おうというのか」

「黒川、こいつらを使ってやれ」

 黒川は、半分にらみつけるように多田を見た。

「どういうことだ。こいつらはお前一人ほどに役に立つと思うのか」

「まあ、無理だろうな」

「だとしたら何故だ」

「お前もこの大会で気づいただろ。自転車ロードレースってやつはチーム戦だ。順位は個人でつけられるが、誰某が何時間何分で走ったとか、そんな単純な話じゃない」

「お前は俺が、そんなこともわからずに走ってきたと思っているのか」

「頭の中では、わかっていただろう。だが実際にお前は実感したはずだ」

 黒川は黙った。表面を取り繕っても意味はない。

「少なくとも、俺は思ったね。ここで上れるアシストがもう一人いればとか、千葉の竹内や、愛知の山賀のように、平坦でお前に最適なペース作れる奴が居れば、とかな」

「それはそうかもしれんがな、それがこいつらを使って走るというところに繋がらんぞ。竹内や山賀と比べるのは無理があるだろう」

「お前に明日走れというのは、それがお前のためだからだ。黒川」

「こいつらのアシストで俺が出ることが、なぜ俺のためになる」

「お前、俺が居なくては走れない、ではこの先やっていけないだろうが」

 黒川は、ぐうの音も出なかった。

 多田が言っていることは、当たり前の事ではあるのだが、どこかで、多田が居なくなっては走れないと思っていた事は否定できなかった。

「青山に負けることで、今までのお前とは違う戦いが出来る男になったはずだ」

「自分でも、そうでありたい、とは思っている」

「ならば明日は、生まれ変わった黒川真吾の、最初のレースだと思え。相手にとっては不足は無いだろう」

 全国高校自転車競技会第10ステージ。

 戦いが終わった後の冗長なレースだと思っていた。しかし、新しい自分の最初のレースだと言われれば、自分がどんな走りが出来るか、試してみたいという気持ちにもなっていた。

 胸の奥に、小さな炎が燃え始めていた。

「お前たち、死ぬ気でついて来い。泣き言は許さんぞ」

 多田が、やれやれといった表情で、黒川と相川たちを見まわした。

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