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スプリンタースイッチ

 冬希は春奈を連れて、理事長の執務室へ向かっていた。

「理事長先生と知り合いなの?」

「理事長は、自転車競技部の監督でもあるから」


 執務室の扉をノックする。

「どうぞ」

「失礼します」

 中に入ると、年配の男性が理事長の机の前に立っていた。

「すまないね、お客さんが来ちゃったから、話はまた今度聞くよ」

 神崎理事長は、有無を言わせず男性を執務室から追い出した。

「いやぁ、良いところに来てくれたよ。陳情が長くってね・・・」

 うんざりした表情で神崎は言った。

「神崎先生、部室に彼女が乗れるサイズのロードバイクってありますか?」

 冬希は、春奈が膝を怪我して、完治はしているが不安があるので、自転車でリハビリをしてはどうかという事を、怪我の経緯などを上手く省いて説明した。

「なるほどね。それはいい考えだ。だが、ロードバイクは無い」

 ダメだったか、と諦めかけたとき

「だけど、丁度いいフレームがあってね。47サイズ。身長は160~165cmの人用なんだ。ホイールもあるし、ハンドルもある。でも、組み立てる必要があるんだ」

 神崎は、ニヤリと笑った。

「君たち2人で組み立ててみないかい?」


 放課後、冬希は一人で部室に向かった。春奈は、部品がそろってから一緒に組み立てることになった。

「自転車には、コンポーネントというものがある」

 神崎から組み立ての指導係を任された平良潤が説明する。

「ブレーキレバー、ブレーキ、クランク、フロントディレイラー、リアディレイラー、スプロケット」

 冬希の自転車の各部品の箇所を指し示していく。

「監督が用意してくださるフレームに、これらのコンポーネントを取り付けていく必要がある」

「それってどこにあるんですか?」

「お前の自転車についているものを使う?」

「・・・え?」

 お前は自転車に乗る必要が無いという事か、入学してすぐお払い箱か、冬希はショックで項垂れた。

「勘違いするな・・・。お前のバイクのコンポーネントを、105からアルテグラDi2にアップグレードする。その余ったコンポーネントで、もう一台自転車を組むんだ」

 潤の話では、去年卒業した先輩方の、学校側が貸し出していたバイクに付いていたものだそうだ。電動でギアが変わるらしい。

「ハイテクですね」

「面白いものがついているから、楽しみにしておくといい」

 潤先輩は、いつもの澄ました表情のまま、目の奥で笑っているように見えた。


 翌日の放課後、冬希は自分の自転車の前でうんうん唸っていた。

「よう、冬希。自転車は何処まで組めた?」

 平良潤の双子の弟、平良柊が部室に入ってきた。

「そこのビニールシートにあるでしょ」

「へー」

 柊がビニールシートの上を見ると、ハンドルだけが、ぽつんと置かれていた。

「舐めてんのかお前、弱虫ペダルのミュージカルでもするつもりなのか!?」

 柊は後ろから冬希に裸締めを仕掛ける。

「ぐ、ぐるじい、まだ彼女の自転車用のフレームが届いてないんですよ!だから、先に俺の自転車のコンポーネントを外して、Di2に付け替えるところからやるんです」

「ふーん、彼女ねぇ」

 柊は、部室の端にちょこんと座る春奈を見つけた。

「なあ、冬希」

「なんですか?」

 柊は、冬希の首を絞めたまま、普通に春奈に聞こえる声で言った。

「お前が女の尻を追いかけてこの学校に入ったってこと、あの子に秘密にしておいたほうが良いか?」

「いま、全てが明るみに出たよ!!」


 冬希のコンポーネントの付け替えは、土日で行うことになった。

そもそも、放課後から付け替えを開始しても、その日のうちには終わらないので、冬希は家に帰れなくなるからだ。

 土曜日に学校に来て、1日で何とか付け替えて、余った105というグレードのコンポーネントを新しいフレームに付ける。

 その時のために、冬希は付け替えの手順を整理していた。春奈がいるのは、どうしても見学したいと言ったからだ。


「ねぇ、冬希くん」

「え?」

 春奈から突然下の名前で呼ばれて、冬希は驚いた。

「あ、だって先輩たちは下の名前で呼んでるから・・・」

「いや、良いんだけど・・・」

「ボクのことも、春奈って呼んでいいからね」

「みんな呼んでるの?」

「男子にそう呼ばれたら、その子と一生口利かないかな」

「すみませんでした、浅輪さん!」

「あ、男の子って、冬希くん以外の男の子ってことだよ!」

 慌てて取りなす春奈に、冬希は、ようやく冷静さを取り戻した。


「ところで冬希くん」

「なに?」

 春奈は耳元で囁いた。

「冬希くんがお尻を追いかけてきた人って、柊先輩?」

「違うわ!女の尻って言ってただろ!」

「だって、仲良すぎじゃない!?部室に来てから、ずっと二人でイチャイチャしてるし!!」

 なんとか誤解を解く。柊は、女の子のような外見だが、冬希にとっては仲のいい兄貴といった感じの存在だった。


 冬希は、自分の自転車に付ける電動コンポーネント、Di2の部品を見る。ネット上で見つけたマニュアルの部品と見比べる。

 小さな四角い箱っぽい部品がジャンクションと呼ばれるもの、丸い筒状のものがバッテリーらしい。

 ペダルの付いている「ボトムブラケット」と呼ばれる部品を外して内装する必要があるようで、替えのボトムブラケットも用意してもらえている。さらには、ハンドルに巻くバーテープもある。

 ただ、どこにも書かれていない部品が2つあった。

「潤さん、この部品、マニュアルに書いてないんですけど、どこに使うんですか?」

「ああ、それはスプリンタースイッチだ」

「スプリンタースイッチ!?」

 なんかカッコいい。押した瞬間、自分の体が筋肉もりもりになって、そのまま一気にゴールを駆け抜ける絵をイメージする。

「違うからな・・・」

 どうやら潤に、何を考えているか読まれたようだ。


「それは、下ハンドルを持った状態でギア変速が出来るボタンだ。冬希には、スプリンターとしてこれを活用してもらうタイミングが来るかもしれないからな」

 潤は、今度こそクールな表情から、確かに不敵な笑みを浮かべた。

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