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全国高校自転車競技会 第4ステージ②

 ゴールがある阿蘇の大観峰を目指して、メイン集団は白川沿いを走り続ける。

 千葉が作り出すペースは、特段厳しいものではなかったが、それなりに人数は絞り込まれ、現在では60人程度となっていた。

 中間スプリントポイントまでのハイペースにより体力を削られた選手たちは、無理してメイン集団についていくよりも、体力を回復させつつ、制限時間内にゴールする方法を選んでいた。

 山口県代表の多田は、ユース時代のチームメイトである黒川に引きずられるような形で高校自転車ロード競技に身を投じていたが、ステージレースというJプレミアツアーとは異なるフォーマットのレースをそれなりに楽しんでいた。

「千葉の1年生は、上りもそれなりにこなせるようだな」

 コースは、緩やかな上りに入っているはずだが、メイン集団は相変わらず千葉の1年生2名が牽引していた。上りと平坦で、明確に役割分担をしているわけではないようだ。

「多田、俺はどのあたりから仕掛ければいい?」

「まあ、慌てるな。千葉はまだアシストを4名残しているのに対して、既にうちは俺一人だ。さすがに分が悪い。残り4㎞地点から、斜度は10%近くなる。そうなればエース同士のガチンコ勝負だ。それまで大人しくしていてくれ」

 山口の3年生3人組は、多田の指示で既に後方のグルペットに下がらせた。この後で彼らが戦力になるタイミングが来るとは思えなかったのだ。

 ふと、ペースが上がった。

 全日本選抜優勝者である植原が率いる東京チームが、メイン集団の牽引を開始していた。ペースアップを狙っての行動だろう。植原にとっては、千葉が作っていたペースは、遅すぎたのかもしれない。

 東京の麻生、夏井がメイン集団を牽引し始めるタイミングで、千葉の竹内、伊佐はメイン集団から千切れていった。東京のペースアップは、千葉のアシストを2名削り落とすと同時に、メイン集団をさらに締め上げる結果にもなった。

 かろうじてメイン集団にしがみついていた選手たちは、東京の作り出すペースについていけず、一人、また一人と千切れていった。

 60名程度だったメイン集団は、半分の30名程度まで絞られた。

「多田、大丈夫か」

 黒川が、後ろから声をかけてきた。声色はまったく心配そうに聞こえない。

「かなりギリギリだ。上りがきつくなったら多分無理だぞ」

 多田は、自分はそれなりに走れるという自負は持っている。自分が千切れるという事は、集団の大半がついて行けなくなる時だと思っていた。残れるのはエース級の選手たちだけだろう。

 その後も、集団から選手たちの脱落は続き、15名程度まで絞られた。

 先頭は、東京の麻生。

 同じ東京のアシストである夏井は、すでに役割を終えて下がっていった。

 直後に植原、その後に千葉の平良潤、平良柊の兄弟、そして青山冬希が多田の目の前にいる。

 多田の後ろには黒川、その後ろには佐賀の天野と、宮崎の有馬が見えた。その後ろはもう判別できなかった。

 残り4㎞、上りのきついところに入ってきた。

「行ったぞ!」

 誰かが叫ぶ声が聞こえた。

 多田が顔を上げると、ダンシングで静岡の千秋秀正が集団を引き離しにかかっていた。

 千秋は総合6位、黒川からは9秒遅れだ。

「多田、追っていいか。あれはこのまま行っちまうぞ」

「待て、千葉はまだ平良柊をアシストとして残している」

「まとめて相手をすればいい」

 黒川は、ダンシングで加速し、千秋を追った。当然だが、千葉の平良柊がチェックに入る。

 千秋、黒川、平良柊の順番で斜度10%の激坂を上っていった。

 まだゴールまで4㎞以上ある。このままでは、千秋や黒川とかなりタイム差が開くことになると、総合上位勢は焦っているはずだ。

 多田は、黒川のアシストという役割は終えたので、この集団で頑張らずに、もう下がっていってもいいはずだった。しかし、明日以降の事を見据えて、メイン集団に留まることを選んだ。

 少しでも、総合上位勢の脚色や戦略を知っておく必要があると考えたからだ。


 平良柊は、黒川が上がっていくのを確認して、黒川のチェックに入った。

 生粋のクライマーというわけではなさそうだ、と黒川のペダリングを見て柊は判断した。

 国体でも戦った千秋秀正は、まさに生まれついてのクライマーというような男だ。体重も、柊ほど軽くはないが、50㎏を切っているだろう。

 後ろを振り返ると、流石というべきか、植原も食い下がっている。永田という愛知の1年坊主もそれについている。

 冬希と天野は来ていないが、冬希についてはもう信じるしかない。

 千秋は余力を残しながら上っている。黒川も後ろについてはいるが、やはり斜度の急な上りでは千秋のほうが分があるようで、ペダリングに余裕がない。能力の高さだけで対抗しているようだ。

 20m後方では、植原が永田に先頭交代を要求し、永田が渋々ながら応じている。ここまで斜度が急な坂では、後ろについたところでドラフティング効果は殆ど得られないだろうが、後ろにつかれているという事が気になっているのだろう。

 前に視線を戻した。

 千秋の後ろに黒川がつけている。柊の目の前には、黒川の背中が見える。

 千秋の能力のクライマーとしての資質が勝るか、黒川が能力の高さで押し切るか。

 しかし、柊にとっても他人事ではない。ボーナスタイムを阻止するという任務を与えられており、その最高の成果として、ステージ優勝というものも目指さなければならない。

 後ろから、永田と植原がダンシングで一気に追いついて、先頭は5人となった。

 千秋は、シッティングのまま重力を感じさせないペダリングを続けている。まるで平坦を走っているようだ。

「おい、千秋。後ろが追いついてきたぞ」

 柊は思わず千秋に言った。

「うおっ、遊びすぎたか」

 気づいていなかった様子で、千秋が後ろを振り返って言った。

「真面目に走れよ」

「平良さん、なんで他校の先輩に怒られなきゃいけないんだよ」

「こっちも色々あるんだよ。黙ってさっさと踏め」

「へっ、黒川さんも植原も、全員まとめて相手してやんよ」

 千秋が加速する。

「お前ら、余裕かよ」

 黒川が、苦笑しながら言った。

 永田と植原は、何かを言う余裕もない。

 黒川が千秋を追う。プロフィールでは体重は70㎏近いはずだが、あの千秋についていけるのは、大したものだ。

 千秋はペースを上げたが、まだ本気というわけではない。

「仕方ない無い。俺が前に出てやるよ」

 柊は、黒川の前に出て、あっという間に千秋に追いついた。2mほど遅れて黒川、さらに3mほど離れて植原。永田はついてこれずに千切れていった。

「あぁ、もうだめだ。余裕がない。無理っす」

 千秋が下がってきて黒川の後ろについた。柊が振りきれないとみて、温存する作戦に出たようだ。柊もペースを落とした。まだ残り3㎞はこの上りが続く。

 スパートをかけて黒川と千秋を置き去りにし、走り切れる距離ではない。

 黒川は、なんとか植原を気にしている。総合タイムで1位になるなという指示でも受けているのか。恐らくはタイムを稼ぎつつ、ギリギリで植原か千秋に総合リーダーを押し付けたいのだろう。

「千秋、猿芝居はいいよ」

「ひどいなぁ、平良さん」

 国体で、千秋のやり方は理解している。あくまで結果だけを求める男だ。卑劣などという批判をもろともせず、あらゆる手練手管で勝利を目指してくる。

「お前らみたいな奴らが、高校自転車競技ではゴロゴロしてんのか」

 黒川が言った。柊は、一瞬何のことを言われているのかわからなかった。

「ユースには、お前らみたいなヒルクライムに特化した奴らはいなかった。入団時には総合的な能力を見られるからな」

「お前、俺たちが山登りしかできないって言っているように聞こえるぜ」

「いやいや平良さん、実際黒川さんの言うとおりでしょ。あんた山登り以外に何ができるんだよ」

「千秋、お前は自分は違うみたいに思ってるかもしれないけど、黒川はお前らって言ってたぞ」

「な、なにおう!?」

 残り2㎞になった。植原も加わって4人で走ってきた。

 黒川と柊で先頭交代してきた。柊と黒川が振り組むと千秋は、何も言われる前から首を横に振っている。植原は本当に余裕がないのだろうが、千秋のは余裕がない振りだというのはわかっていた。

 斜度が急なコーナーが来た。

 千秋は、一番後ろから一気に加速した。

 黒川と植原は虚を突かれた。

 しかし千秋の性格を知り尽くしていた柊は、即座に千秋のアタックに追いついた。

 黒川、植原とは離れた。それほど千秋のアタックは切れがあった。

「わかるよ千秋。お前は結果だけを褒められてきたんだ。だからどんな手を使っても勝とうとする。その執念だけは尊敬するぜ」

「結果以外に何があるっていうんですか」

 柊は、双子の兄である潤とずっと比較されてきた。

 双子であるにもかかわらず、子供のころから潤のほうが優れた面が多かった。

 生まれて初めてしゃべるのも早かったし、落ち着きがあり、聞き分けもよかった。

 柊は、いたずらばかりして、少しも親のいう事を聞かなかった。

 小学校の頃は、勉強に関しても、潤と柊の成績は、天と地ほどの違いがあった。

 しかし、潤と柊の両親は、成績自体を褒めることは無かった。どの程度の時間勉強したか、どれだけ努力したかという点だけを見ていた気がする。

 成績は潤のほうが良かったが、勉強した時間が長ければ、柊のほうが褒められることもあった。中学2年の頃、急に柊の成績が伸び始め、潤と同じ神崎高校に入学できるほどになった。

 柊は、相手を騙してまで勝とうとは思わなかった。

 しかし、千秋のようにあらゆる手を使って勝とうとする人間も、嫌いになれそうになかった。その人間臭さに好感すら覚えていた。

「俺、お前のそういうところ好きだぜ」

「気持ち悪いなぁもう。でも結局あんたとの勝負になるとは思ってましたよ」

 黒川と植原は追いついてこない。千秋と柊のペースが緩まないのだ。

 国体の二日目以来、全国高校自転車競技会でも二人のマッチレースが始まった。

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