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全国高校自転車競技会 第4ステージ①

 第4ステージのスタートは、潤や冬希にとっても想定外の流れとなった。

 茨城の牧山が逃げに失敗した。第4ステージにして初めての事だ。

 後半に1級山岳が控えており、そこまでは静かな展開になることを期待していたが、スタート後10㎞地点にある中間スプリントポイントを目指して、スプリンター系チームの動きが活発化していた。

 今までは、逃げに乗った選手たちで、中間スプリントポイントの上位を奪われていた。

 しかし、山頂ゴールのこのステージでは、中間スプリントポイントが唯一の見せ場だとばかりに、逃げに乗ろうとする選手たちを、宮崎、福岡、愛知、神奈川、岐阜らスプリンター系チームの選手たちが、徹底的に潰しにかかった。

 冬希たち総合リーダーチームが制御する間もなかった。

 千葉としては、メイン集団のコントロールをする必要はなかったが、メリットばかりでもなかった。

「ペースが速すぎる」

 潤は、呻くように言った。時速50㎞近いスピードで走らされ続ければ、集団の中にいる選手たちもノーダメージというわけにはいかない。徐々に脚に疲労が蓄積されている。

「脳筋どもめ。あいつら、中間スプリントポイントの後の事を全く考えてないんじゃないか?」

 柊も毒を吐くが、それなりに辛いせいか、精彩がない。

 ただ、辛いのは他のチームも同じことだ。

 逃げを決めようとする選手たちは、確実にいた。

 牧山も、ペースが落ち着きそうになるタイミングで何度かアタックをかけようとしたが、すぐにスプリンター系チームのアシストたちに追いつかれ、吸収されていった。

 スプリンター系チームの牽引は、5㎞を過ぎると逃げを潰すという目的から、中間スプリントポイントへのポジション争いとなり、ペースや衰えるどころかさらに速くなっていった。

 メイン集団のペースが落ち着いたのは、中間スプリントポイントを通過した後だった。


「流石だ」

 昨年の国体で総合優勝した佐賀のエース天野は、感嘆の声を漏らした。

 中間スプリントポイントを通過し、千葉が迅速にメイン集団のペースコントロールに入った。

 このあたりの手際の鮮やかさは、流石という他なかった。

 スプリンター系チームは、中間スプリントポイントが終われば、あとは無関係とばかりに一斉に集団コントロールを止めた。

 メイン集団は急ブレーキがかかって一気に圧縮され、落車の危険度が一気に増すところだった。しかし、するすると抜け出してきた千葉がメイン集団の先頭に立ち、適度な程度のペースで牽引を始めると、総合リーダージャージの青山冬希を目印に、総合系のチームが前方に集まり、メイン集団が再構築された。

 チームメイトの水野が、中間スプリントを終えて下がってきた。

 中間スプリントポイントは、宮崎の南が1位通過、岐阜の土岐、神奈川の三浦、愛知の赤井、福岡の立花、そして水野という順で通過していった。

「宮崎の南にスプリントポイントを譲れという裕理さんの指示だったがね、そんな指示がなくても俺が南を抑えて中間スプリントポイントを獲れていたとは思えないね」

 チームの司令塔でもある坂東裕理は、南にスプリントポイント賞を取らせることで、宮崎チームのリソースが南に集中する状況を作り出し、有馬を孤立させようと考えているようだった。

 南がスプリント賞1位となり、水野らが適度にその座を脅かすことで、宮崎にプレッシャーをかけ続ける必要がある。

 そのプランは実を結んでいるようで、今も有馬はメイン集団の中で孤立している状況を作れている。

「天野、お前は平気そうだな。結構なハイペースだったが」

「どちらかというと、平坦でハイペースは得意な展開だから。上りは逆に植原選手や黒川選手のほうが強いと思うよ」

「その二人は、スタート直後のハイペースで消耗してくれているといいけどな。青山冬希はどうだ」

「彼のポテンシャルはわからない。どれぐらい上れるのようなっているかな」

「まあ、俺の仕事は終わった。あとはタイムアウトにならないように、制限時間内にゴールするだけだ。あとは任せた」

「お疲れ様」

 水野は、疲れ切った表情でメイン集団の中をさがっていった。あとはスプリンター系チームで作られる、制限時間内にゴールを目指す集団、グルペットの中で、温存しながら帰ってくることになるだろう。水野は、天野のサポートをやるつもりはないし、裕理からそういう指示も受けていなかった。

 水野が下がるのを見て、裕理が天野のもとにやってきた。

「天野、総合リーダーになる必要はないが、あまりトップから離されすぎないようにゴールしろ」

「承知しました」

「自分のペースを守れ。改めて言う必要もないことだが、最終日のゴール時点で総合1位になればいいんだ。このタイミングでステージ優勝や総合1位を獲ったところで、屁のツッパリにもならん」

 国体の時も同じだった。切り札は最後まで取っておき、最後の最後、絶対に逆転されないタイミングで使うのが、坂東裕理の戦い方だった。

「見てみろよ、天野。冬希たちのメイン集団のコントロールを。他のチームにはまず真似できないだろう」

 逃げ集団が出来ていないにもかかわらず、アタックをする選手は出てきていない。序盤のハイペースで疲れているのもあるかもしれないが、どことなくそれを許さないだけの風格が、メイン集団の先頭に立つ千葉にはあった。

「あいつらに任せていたら、何も心配することは無いんだ。俺らがわざわざ総合リーダーになってメイン集団をコントロールする必要がどこにあるよ」

 まるでレース全体のことを思ってやっているというような厚かましい言い方だが、単に自分たちが楽をしたいということ以上の事を言っているわけではない。坂東裕理とはそういう人間だといういうことに、天野はとっくに慣れていた。

「千葉のコントロールは、いつまで続くのでしょうか」

「総合上位の中で、一番上れないのが冬希だ。千葉は、フィニッシュラインぎりぎりまで、冬希でもついてこれるペースでメイン集団を上らせたいはずだ」

「黒川選手や植原選手は、それを良しとせず、早めに動くことになるのでしょうか」

「それは、冬希を手強い敵だと思っていたらの話だ。誰が誰を意識しているか、今日わかるだろう。それを見極めるステージでもある」

 裕理は、それを見極めるまでは自分から動くな、と言っているのだと天野は思った。

「冬希がどの程度上れるかも見ておけ」

「第2ステージで、千葉が青山選手を牽引したペースが彼の上れるペースなのではないでしょうか」

「あいつが実際自分のペースで上ったわけじゃないからな。チームが考えている冬希の上れるペースと、実際に上れるペースは別だと思っておいたほうがいい。そこの見極めを失敗すると、勝てるものも勝てなくなる」

「わかりました」

 阿蘇の外輪山が見えてきた。まるで異世界にでもいるかのように、昨日までと違う風景が広がっていた。

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