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浅輪春奈

 冬希は、息をするのも忘れて、その女の子を見ていた。

 女の子の方でも、冬希を見つめ返している。

「あの、どこか具合でも悪いのですか?」

 制服の新しさからすると、新入生で間違いないだろうが、一応敬語で確認する。

「いえ、大丈夫です」

 女の子は立ち上がろうとする。それを冬希は手で制す。

「無理をする必要はないです。座っていましょう」

 冬希も横に座る。もしかしたら、この美しい女の子とお近づきになれるかもしれないという下心が無かったと言ったら、嘘になる。

「在校生の方ですか?」

「いや、新入生です」

 中学の頃に着ていたのと同じ学ランなので、こちらは使用感に溢れている。

 彼女はちょっとホッとしたようだ。

「私もそう。こんなところに居ていいの?」

「故あって出遅れたんだよ」


 同じ新入生とわかって、一気に砕けた口調になる。

「どこか、体調悪いの?保健室行く?」

「違うの。実をいうと・・・新入生代表のスピーチをしないといけないんだけど・・・」

 どうやら入試で一位だったようだ。頭も良いのかと、冬希は心の中で驚愕した。

「うん」

「ボク、そういうの慣れてなくって、足が竦んで動けなくなっちゃった」

「まじか・・・」

 足が竦んだ云々より、ボクッ子であることに衝撃を受ける。


「プレッシャーに負けそうな時って、どうすればいいんだろ・・・」

「うーん、参考になるかどうかはわからないけど・・・」

 冬希は考え込む。

「まず、自分自身に、出来そうかどうか聞いてみるかな」

 自分自身の立場でイメージする。4月末には、自転車競技部の一員として、全国高校自転車競技会に出場しなければならない。

 神崎理事長は、20名程度の受験者から冬希を選んでくれた。

 4名の先輩たちも、本当に良く冬希の面倒を見てくれている。

「周りの人たちの期待とか、注目とかを除外すると、やる事ってシンプルになるんだよ」

 冬希の場合は、自転車を漕ぐという事だけになるし、その女の子の場合は、ただ、マイクの前で覚えていることを話すという事だけになる。

 それが、自分自身とだけ向き合うという事だ。


「自分がやらなければ、多分、困る人が出てきてしまうと思うんだ。だから、自分が出来そうだって思ったら、とりあえずやってみるかな」

 女の子は、自分の中の自分と向き合っているようだ。

 冬希は立ち上がる。

「スピーチで喋る内容は、頭の中に入ってる?」

「うん、記憶力は良いんだよ」

 女の子は、にやりと笑った。どうやら結論は出たようだ。


 二人で舞台袖の入り口に行くと、理事長兼、自転車競技部の監督、神崎秀文が居た。

「おや、青山くん。こんな時間にこんなところでどうしたんだい?メカトラかい?」

 重役出勤だねぇと、ニコニコした表情で語りかけてくる。正直助かる。女の子も緊張が和らいでいる。

「実は・・・」

 冬希は、状況を掻い摘んで、神崎に説明する。

 ステージでは今、生徒会長が話している。司会の先生も神崎の元にやってきた。新入生代表が席に居ないので、多少なりと混乱していたようだ。


「大変だったね。新入生代表スピーチは、理事長権限ですっ飛ばしてもいいんだよ?」

 神崎理事長は、優しく新入生代表の女子生徒に話しかける。

「いえ、大丈夫です」

「じゃあ、青山くんも一緒に舞台に上がっちゃいなよ。その方が君も、自然に席に戻れるよ」

「はい、そうですね」

 冬希は、内心えっと思ったが、それを態度に出すと、女子生徒が自分を責めてしまうと思いとどまった。

 生徒会長の話が終わり、神崎理事長が司会の先生に耳打ちをする。

『新入生代表、浅輪春奈、青山冬希』

 司会の先生がマイク越しに信じがたいことを言った。

 冬希は今度こそぎょっとした。いつの間にか、冬希まで新入生代表にされてしまった。

 しかし、代表でもない人間がステージに上がるのは可笑しいよなと、自分を納得させる。

 冬希は、浅輪春奈と呼ばれたその女子生徒の後ろをついて行き、ステージに上がる。

 演壇の前に立つ時、彼女は少し右にずれて、冬希のスペースを空ける。仕方がないので、冬希は春奈の横に立ち、出来るだけ、それっぽい表情を作った。


 春奈は、ちらりと横を見る。

 巻き込まれた挙句、目一杯「新入生代表です」という顔をしている冬希がいる。クスッと笑いが出てしまった。

『本日、私立神崎高等学校の生徒として校門を入った時、私は・・・』

 スピーチは続く、綺麗な声だ。そして、プレッシャーを受けていたとは思えないほど自然で力強い。冬希は聞き惚れていた。

『・・・以上、新入生代表、浅輪春奈と』

 いま、と、って言ったか!

『青山冬希』

 俺、自分の名前しか言ってねぇ!冬希は気恥ずかしさでいっぱいだった。きっと新入生も在校生も父兄も来賓も、みんな同じことを思っただろう。聞いている立場だったら、きっと同じことを思う。

 神崎は、後ろを向いて肩を震わせて笑っている。酷い。

 冬希と春奈は、呼吸を合わせてステージで一礼し、そのまま階段を下りてぞれぞれのクラスの席に座った。神崎の言う通り、最初からすべて段取り通りだったようにしか見えない。


 その後、理事長の挨拶があり、入学式は無事に終了した。


 帰宅後、冬希は両親から「あんた、新入生代表だったのなんで言わなかったの・・・」と文句を言われ、父が途中からスマホで撮影した動画は姉にも見られ

「あんた、名前しか言ってないじゃん」

 とある意味、至極当然のお言葉を頂いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] くっそw電車内なのに笑ってしまったwww [一言] どうしてくれるんですか!
[一言] 面白い こういう一場面が面白い
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