全国高校自転車競技会 第2ステージ表彰式
選手たちが続々とゴールラインを通過していく。
スプリントで負けて、悔しがっていた立花も、冬希と植原のところへやってきた。
「青山、お前オールラウンダーになったんじゃなかったのかよ。なんでスプリント勝負してんだよ」
「うちのチーム、今日頑張ったからなぁ。これぐらいの役得をもらわないと」
千葉が仕掛けなければ逃げ集団でレースが決まり、立花とてスプリント勝負まで持ち込むところまで持っていけなかったはずだ。
「立花だって、2位に入れたんだからよかったじゃないか」
「3位だよ!ゴール前で赤井に差された・・・・・・」
仕掛けが早くなった分、早く脚が上がってしまったのだろう。
「ちょっとアシストが離れるのが早かったな。お前のスプリントのタイミングは、アシストのほうが離れるのがトリガーになっているけど、赤井選手は自分のタイミングでアシストの後ろから飛び出している」
「確かにな。古賀さんもポジション争いで脚を使いすぎて、あれ以上牽けなかったんだと思う」
冬希と立花は、オフシーズン中もスプリントについて色々と意見を交わしてきた。立花は、よく冬希の意見を聞きたがっていた。冬希は、植原や牧山から意見を貰っていたので、その辺りは持ちつ持たれつだと思っていた。
「総合順位はどうなったんだ?」
「青山が総合1位だよ」
「あ、やっぱり?」
ステージ優勝によるボーナスタイム10秒。冬希と黒川は9秒差だったため、冬希が総合リーダとなる。正直なところ冬希はそこをほとんど意識していなかった。
ステージ優勝は悪くない結果だが、総合1位となると、明日の第3ステージでメイン集団をコントロールする義務が発生する。冬希以外の千葉のメンバーも、今日はかなり働いたので、出来れば明日はゆっくりさせたかった。
「黒川さんは、スプリントに参加してこなかったなぁ」
「ああ、黒川選手は、5㎞前ぐらいでメカトラブルでいったん先頭集団から遅れたんだ。ゴール前1㎞時点では、もう集団に復帰していたけどね」
先頭集団の前のほうに位置していた立花や冬希は知らなかったが、植原からは集団から下がっていく黒川の姿も、残り1㎞で集団に復帰した黒川の姿も確認していた。
「ゴール前でペースも上がっているあの状況で、集団に単独で追いつくって、どういう脚してるんだ」
「ほとんど息も切らせてなかったよ」
驚く冬希に、植原も、困った、という表情で言った。
「黒川選手は、スプリントしようと思えばできたと思う。でもあえてしなかったんだろう」
植原のいう通りかもしれない。
今日のレースで山口にメイン集団をコントロールのに参加できるメンバーは、多田しかいないことが分かった。黒川としては、総合リーダーの座を早く手放したいと思っていたのかもしれない。
100名以上に膨れ上がった第二集団の先頭がゴールしてきた。黒川に自分のバイクを渡した多田も、オフィシャルの車から受け取ったトラブル発生時の貸出用のバイクに乗り、この集団にいた。
第2集団の先頭は宮崎の南だった。
平坦ステージでは、1位から15位までポイントが与えられる。
15位でスプリントポイントを2pt手に入れた。
表彰式が始まった。
冬希は、ゴール地点の横にある公園に設置されたステージに上がり、笑顔で手を振った。
決して油断できる状況ではないし、考えなければいけないことは多いが、祝福してくれる人たちを前に不愛想な表情をするべきではないという程度の分別はある。
昨日、南にインタビューにした時に、殆ど話を引き出せずに顔をひきつらせていた報道部活連のインタビュアーの女の子が、少し安心したような表情をしている。
『おめでとうございます』
「ありがとうございます」
『圧巻のスプリントでした』
「いえ、本当にもうギリギリで。ゴール前が少し上りになってたので、後から仕掛けた分、少しだけ残ったというか」
『千葉の仕掛けは、作戦通りだったのでしょうか』
「逃げの人数が思ったより多くて、強い選手も何名か入っていたので、早めに捕まえに行かなければ、と思って」
『強かったチームが全国高校自転車競技会に戻ってきましたね』
「今年も、強力なメンバーに恵まれました」
『最後に、応援してくださっている方々に一言』
「強い戦いを見せられたらと思います」
『ありがとうございました。千葉県代表、神崎高校の青山冬希選手でした』
冬希は慣れた感じで応対し、手に持った花束を上げて観衆に応えた。
南もそうだが、昨日はなかなか酷かった。
序盤での総合リーダージャージ着用があくまで手段でしかない黒川は、インタビューに対してそっけない対応であったし、新人賞の竹内もどちらかというと饒舌なほうではない。
やっと仕事が出来たという喜びの表情を見せるインタビュアーに、大変だったんだろうなと、冬希は同情した。
ステージを降りて、表彰式で受け取った花束と地元のマスコット人形をステージ脇に控えていた竹内に渡すと、すぐに総合順位の表彰式が始まった。
去年もこんな感じだったなぁ、としみじみ思いながら、冬希は再びステージに上がっていった。
平良潤は、もう自分が表舞台に立つことはないと思っていた。
裏方のほうが自分にあっていると感じていたし、自分が勝つよりも、誰かを勝たせることに喜びを感じるタイプなのだと思っていた。
実際に、今日のステージでも冬希が勝ち、総合リーダージャージを着用した姿を見て、潤は鳥肌が立つとともに、目頭が熱くなるのを感じた。
早めに攻撃を仕掛けるという判断について、潤にもそこまで確証があったわけではなかった。
失敗して、他の有力チームに数分のタイム差をつけられ、総合争いから脱落するという不安も少なからずあった。しかし、チームのキャプテンとして、自分が決めた作戦に従ってくれるメンバーに対して、不安そうな表情を見せることはできなかった。
ステージ上で、黄色い総合リーダージャージを着用して、嬉しそうに手を振る冬希を見て、この男を総合優勝させることが自分の最大の目標であると再認識した。
「潤、山岳賞の表彰式だよ」
双子の弟、平良柊が潤の肩を叩いた。
「潤も、表彰式ってやつの恥ずかしさを味わって来いよ」
柊は、去年の国体の2日目でステージ優勝して、既に全国の舞台で表彰台に上がっている。その姿を見て、潤は少しだけ羨ましいと思っていた。そして同時に、自分にはその舞台に上がることは無いだろうとも、漠然と思っていた。
実のところ、潤自身は山岳賞のことは一切意識していなかった。
レース前に、監督兼理事長の神崎から
「今日は初の山岳ポイントで、1位通過した人が山岳賞だから、逃げに乗りたい人が多いかも」
と言われていたことが頭の片隅に残っていた程度だ。
今思えば、逃げに乗った選手たちはみんな山岳ポイントの先頭通過を狙って牽制しあって、うまくローテーション出来なかったのかもしれない。
あれこれ考えているうちに、総合1位の表彰を終えて冬希がステージから降りてきた。
「潤先輩、おめでとうございます」
「うちの最終目標はお前の総合優勝だからね。すぐに手放すことになるよ」
「明日は山岳ポイント無いですから、明日の表彰式も確定ですよ」
「そいつは気が重いね」
苦笑しながら潤はステージに上がった。
これが、船津先輩や冬希の見ていた景色か、と思った。昨年全日本選手権で優勝した郷田も国体でステージ優勝した柊も、全国の表彰台を経験している。
深呼吸しながら、ステージを取り囲む観衆たちを見渡す。
自分には、過ぎた舞台だと思う。
緊張して表情が硬くなっているのを自覚した。
最前列で、自分の表彰式の時以上に嬉しそうに、ぶんぶんと手を振ってる冬希がいた。
「まったくあいつは」
潤は、思わず笑ってしまった。いい仲間だ。
柊が国体でステージ優勝した時の写真を見て、涙を流した、祖母の事を思い出した。
今日もきっとテレビの向こうで見てくれていることだろう。
潤は、小さく息を吐いた。
明日からまた厳しい戦いが待っている。
だが今は、この瞬間を楽しもうと思った。
潤は笑顔で手を振った。
■第2ステージ
1:青山 冬希(千葉)1番 0.00
2:赤井 小虎(愛知)231番 +0.00
3:立花 道之(福岡)401番 +0.00
4:古賀 通(福岡)455番 +0.00
5:永田 隼(愛知)235番 +0.00
■総合
1:青山 冬希(千葉)1番 0.00
2:黒川 真吾(山口)351番 +0.01
3:植原 博昭(東京)131番 +0.04
4:天野 優一(佐賀)411番 +0.05
5:有馬 豪志(宮崎)451番 +0.06
6:千秋 秀正(静岡)221番 +0.10
6:永田 隼(愛知)235番 +0.10
■山岳賞
1:平良 潤(千葉)3番 5pt
2:青山 冬希(千葉)1番 3pt
3:麻生 孝之(東京)132番 2pt
4:夏井 壮太(東京)133番 1pt
■スプリント賞
1:赤井 小虎(愛知)231番 70pt
2:水野 良晴(佐賀)415番 60pt
3:立花 道之(福岡)401番 51pt
4:南 龍鳳(宮崎)455番 50pt
4:青山 冬希(千葉)1番 50pt
■新人賞
1:永田 隼(愛知)235番 0.00
2:竹内 健(千葉)5番 +0.46
3:藤松 良太(栃木)341番 +0.49




