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全国高校自転車競技会 第1ステージ②

 茨城の牧山を含む、10人の逃げが決まり、メイン集団は総合リーダージャージを着用する山賀聡を擁する愛知県がコントロールを始めた。

「さすがに山賀が大きな口を叩くだけの事はある」

 潤が舌を巻くほど、愛知の集団コントロールは完璧だった。

 見事なペースコントロールで、残り50㎞地点で逃げ集団とのタイム差を3分で固定して見せた。

 清須高校の藤堂という監督の指導力なのか、愛知の長谷川、玉置、永田という3人は、1年生ながら名門校の名に恥じない働きをしている。先頭に立っても、気負って決してペースを上げすぎるようなこともなく、落ち着いて3人でローテーションを回している。

 スタートからずっとバタバタしたレースは、愛知の働きで落ち着いていた。

 千葉も潤の周りに選手を集め、5人で固まって、愛知の手に余りそうであれば、コントロールに手を貸す準備はしていたが、出番はなさそうだった。

 残り30㎞で、山賀が集団の先頭に立った。総合リーダーがメイン集団の牽引をするというのは、滅多に見られる光景ではない。

「竹内、山賀に協力して集団を牽いてくれ」

「わかりました」

 山賀が先頭に出たということは、逃げ集団を捕まえに行こうという事だ。

 竹内が、一言二言山賀に話しかけ、山賀の前で集団を牽引し始めた。

 山賀は潤を振り返った。アイウェアにかくれて表情は見えないが、口元は少し笑っていたように見えた。

 竹内と山賀が交代でメイン集団を牽引しだすと、10人でローテーションしているはずの逃げ集団との差は、25㎞付近では2分にまで縮まっていた。

 個人TTの1位と4位が力を合わせて追っている。このタイム差の詰まり方は、逃げ集団にとって大きなプレッシャーになるだろう。

 そしてプレッシャーを受けたのは、逃げ集団だけではなかった。

 今日の第1ステージで、スプリント勝負を行いたいチームが、慌ててメイン集団の牽引に協力する選手たちを出し始めた。

 スプリントで勝負したいチームは、メイン集団のコントロールに協力しなければならないという不文律があるが、このままではメイン集団のコントロールに人を出す前に、千葉と愛知の2チームだけで逃げ集団を吸収してしまう事態になりかねなかった。

 そうなれば、このステージで勝負するという意思表示をしないままゴールスプリントを迎えてしまい、勝負に参加できなくなる。

 厳密にいえば、スプリント勝負に参加自体はできても、勝った後に批判され、明日以降、ほかのチームの選手たちから冷たい視線を向けられることになる。

 それ以前に、最悪の場合、ゴールスプリントの前で前方に上がっていく際に、他のチームの選手から塞がれたり、隊列の間に入れてもらえなかったりする可能性もある。

 総合系のチームも、いいポジションで残り3㎞を迎えたいために、集団のコントロールに選手を出した。千葉の竹内、愛知の山賀ほかは、東京の夏井、宮崎の小玉、山口の多田、佐賀の武雄といった、いずれも平坦での牽引力の強いルーラーたちだ。

 今年も、平坦ステージのゴール前3㎞以降で落車やメカトラブルが発生し、遅れてしまった場合は、救済措置として優勝者と同タイムでのゴール扱いにされる。総合系チームの選手たちのゴールは、ゴール前残り3㎞地点といっても過言ではない。

 スプリンター系では、北海道、岐阜、神奈川、富山あたりから選手が出てきている。

 逃げ集団から真っ先に牧山が脱落してきた。

 メイン集団に吸収されるとき、冬希が声をかけていた。

「牧山、ずいぶん早いお帰りだな」

「メイン集団のペースアップが容赦なさすぎるんだよ。今日はもう止めだ」

 牧山は苦笑しながら言った。

 今日の逃げ切り勝利は無理と見て、早めに切り上げてきたようだ。明日以降に脚を温存しておくという、その判断力が、逃げ屋としての彼の資質の一つなのだろう。

 メイン集団の追走は厳しく、逃げ集団は、空中分解しようとしていた。

 最後に一人粘っている選手はいるが、それもゴール前10㎞では吸収される計算だ。

 潤は、チラリとリーダージャージを着用した山賀のほうを見る。

 逃げを早く潰して良い事など、何一つないはずだ。

「冬希、愛知の考えをどう思う」

 潤は問うた。去年のエースだった船津もそうだが、潤も冬希にレースをしながら作戦的なことを教え込んできた。冬希は、一を聞いて十を知るタイプのようで、自分であれこれ考えながら行動するようになった。

「このままでは、早い段階で逃げを吸収してしまいます」

「うん」

「そして、またそこからアタックを掛けようとするチームが現れてくるでしょう」

「ああ、それを阻止するにはどうすべきだと思う」

「アタックを仕掛けられないほどペースを上げるしかないと思います。つまり、愛知は我々とノーガードの殴り合いをする気なのではないかと」

 冬希の表現に、潤はくすりと笑ってしまった。

「そうだな。逃げを吸収する前までに、隊列を前方に押し出そう」

 冬希は、平良柊、竹内、伊佐らのメンバーにトレインを組んで前方に上がるように指示した。


 計算通り、残り10㎞地点でメイン集団は最後まで逃げていた京都の明智秀安を吸収した。

 吸収した瞬間に、あわよくばカウンターを仕掛けてそのまま逃げ切ってしまおうという選手たちは確実にいた。だが、千葉と愛知は吸収した瞬間からペースを上げ、それを許さない。

 コースの右側に愛知、左側に千葉のトレインが、まるで双頭の蛇の進出した。

 コースの両端を抑え、そこから上がってこようとする選手たちの進路をふさいでいる。それをしなくても、千葉と愛知の作り出すハイペースの中で、それを上回るスピードでアタックを掛けることなど不可能だ。

「さすがにあの2校はやべえな。隙がない」

 同じ年代のプロの候補選手たちが参加するユースチームのJプレミアツアーで多くの戦いを経験してきた多田悟も、この状況には閉口していた。

 あわよくば、カウンターアタックで黒川を発射して、そのままステージ優勝を決めてしまおうと考えていたが、それほど甘くはなかった。

 個々の選手の質はともかく、チームとしての連携は高校自転車競技のほうが容赦がない。チームのために、躊躇なく自分の成績を犠牲にする。

「黒川、どうする。青山冬希がスプリントに出てきたら、優勝してボーナスタイム10秒獲られる。今は青山と9秒差だから、一気に逆転されて総合リーダーを奪われるぜ」

「それならそれで構わんさ」

 多田も黒川も、この序盤での総合リーダーにそれほど執着しているわけではなかった。ただ、早い段階で二人以外の3人のチームメイトが、メイン集団のコントロールでどの程度使えるか知っておきたかっただけだ。

 二人は、弱小自転車競技部に入部して、ほぼ二人の実力で山口県の予選会を突破した。

 残り3人は、部員の中でかろうじて使えそうな3人をピックアップしたのだ。

 周囲を見渡せば、その3人は既に跡形もなく消え去っていた。千葉と愛知のペースアップについてこれなかったのだろう。

 ただ、今回彼らに求めているのは、このような終盤のペースアップで粘れるという事ではなく、序盤や中盤のごく平穏な状態で集団コントロールに参加できるかどうかという点にあったので、このハイペースについてこれなかったこと自体は気にしていなかった。

 彼ら3人が、メイン集団のコントロールで役に立たないようであれば、ほぼ多田一人でコントロール役をやる必要が出てきてしまう。それはさすがに無理があるのだ。

 3人の力を早めに確認し、難しそうであれば、メイン集団をコントロールする義務が発生する総合リーダーを獲得するタイミングを考えなければならない。多田はそう考えていた。

「青山冬希は、スプリントに参加するかな」

「考えるだけ無駄だ、多田。その時になればわかる」

 黒川の言うとおりだと多田は思った。情報によれば、伊佐という1年生もスプリンターだということだ。今の千葉の動きは、伊佐で勝負するのか、青山で勝負するのか、まったく判断のしようがなかった。

 多田は、今はできるだけ前のポジションで黒川をラスト3㎞地点まで運ぶことに専念しようと思った。

 隊列は密集してきた。だが、多田も黒川も、比喩ではなく実際に体同士がぶつかり合うような激しいポジション争いを勝ち抜いてきた経験がある。まだ高校自転車競技はお上品といってよかった。

 東京、静岡、福岡、佐賀、宮崎も前方にトレインを押し出してきた。集団の密集度が上がり、ゴール前3㎞地点、そして最後のゴールスプリントへ選手たちの緊張感が一気に高まっていた。

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