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大会前夜

 福岡は、明らかに千葉や東京とは空気が違っていた。風が、重く湿気を含んでいるのだ。

 冬希たちは福岡空港から地下鉄で天神へ移動し、ホテルにチェックインした。

 大会の運営側が指定したホテルでは、他の高校の選手たちも宿泊する。会議室は自転車置き場として供出されており、既に自転車が数台かけられた自転車ラックが存在した。

 冬希たちも、ホテルの部屋に行く前に、まず輪行バッグから自転車を出して、学校名が書かれた自転車ラックに置くという作業に取り掛かった。

「ハンドル狭っ!!」

 冬希は、輪行を解いた竹内の自転車を見て驚愕の声を上げた。そこには驚くほど小さいドロップハンドルが取り付けられていた。

「初日は個人タイムトライアルですからね。自分以外にも、空気抵抗を減らすため小さなハンドルで走る選手は多いと思いますよ」

 冬希は、竹内の自転車のハンドルを握らせてもらった。

 あまりにハンドルの幅が狭く、不安定に感じた。スプリントを行うにしても、全力で踏むのは難しそうだ。

「ここまで小さいものではありませんが、予備でもう一つハンドルがあるんですが、冬希先輩も使いませんか。自分が取り付けますよ」

「いやぁ、やめておくよ。ただでさえバイクコントロールに不安がある短距離の個人TTだからね、コーナーで飛んで行ってしまうよ」

「冬希、竹内。自転車をラックに掛けたら部屋に行ってジャージに着替えるぞ。明日はチームプレゼンテーションがあってあまり時間がないから、今日のうちに大濠公園に試走に言っておこう」

 潤が日程表を見ながら言った。

 柊と伊佐は、もうエレベーターで部屋にあがっているようだ。

 部屋割りは、潤と柊で一部屋、残りの下級生3人で一部屋という割り当てになっている。

 冬希は、自分たちの泊まる部屋を見た。ツインの部屋に、もう一つベッドを入れて3人用の部屋になっているようだった。潤たちの部屋を見ると、こちらはシングルの部屋にベッドを追加したらしく、部屋はベッドでぎゅうぎゅうだった。だが、寝られればなんでもいい。

 自室に戻り、ジャージを広げる。ゼッケンはレース当日に支給されるため、まだジャージにはついていない。

「さっさ試走にいくぞ」

 既に着替えている柊が部屋に入ってきて冬希を急かした。


 翌日、チームプレゼンテーションが行われた。

 甲子園のような開会式や入場行進はないが、自転車ロードレースでは自転車に乗った選手たちがステージに上がり、紹介されるチームプレゼンテーションというものがある。

 北海道から沖縄まで、1チーム5名の全47チーム、235人がステージに上がる。

「冬希、俺ら何番目だっけ」

「えっと、12番目です」

 冬希が、スタートリストを見ながら柊に答えた。


挿絵(By みてみん)


 竹内が、冬希の持つスタートリストを覗き込んできた。

「そうそうたる顔ぶれですね」

「まあ、でも正直9割ぐらいは知らない人だなぁ」

「俺は、中体連に出てた選手たちぐらいはわかりますけど」

 伊佐が言った。竹内は中体連は個人TTでの出場だったが、伊佐はロードに出場している。今年の選手は1年生の比率が多くなっているため、知っている顔も多いのだろう。

 冬希が口を開きかけた時、視界の端を強い存在感を放つ何かが通り過ぎた気がした。

 冬希が視線を向けると、そこには宮崎の日南大付属のジャージを着用した、全体的に丸いフォルムの体形の男がいた。

「あんな選手、宮崎にいたかな」

 首をかしげる冬希に、潤が考え込んだ。

「宮崎は、去年も1年生チームだった。今年は、去年この大会を経験したメンバー全員で挑めるはずだ」

 全国高校自転車競技会は他に類を見ない過酷なステージレースだ。国内の高校生が出場できる他のレースではまず経験できない、長期間行われる連日のレースであり、疲労のとり方、特定のステージを狙いに行く日、手を抜く日のペース配分など、大会の走り方を経験しているのと経験していないのとでは、発揮できるポテンシャルに大きな違いが出てくる。

「255番、南龍鳳1年生ですね。伊佐。知ってるか?」

「いや、初めて見る名前だ。あんな選手、一度見たら忘れられるはずがない」

 去年の大会に、草野芽威という

「筋肉だるま」

 と呼ばれていたスプリンターがいた。だが草野でさえ、南ほど横幅は大きくなかった。

 目を引く体格をしている。おおよそロードバイクに乗る選手の体形ではない。だがそれを差し引いても、冬希はこの男から目を離すことができないでいた。


「天野、見てみろよ。あの黒川が豆鉄砲食らったみたいな顔をしてるぜ」

 冬希同様、山口代表で昨年のプロのユースチームのツアーレース、Jプレミアツアーで総合優勝した、黒川も南龍鳳という1年生が気になっている様子で、傍らにいる多田に、あれは何だと訊いていた。

「裕理さんは、彼を知っているんですか?」

「いや、知らん。事前に仕入れた情報だと、宮崎は遠藤という奴が入るって話だったが、ありゃ誰だ」

 佐賀の坂東裕理は、レースについてあらゆる準備を行って挑むタイプであるが、それでも全ての情報を正確に集めるのは難しいらしい。

「だがなぁ、どこかで見たことがあるんだよなぁ。あの名前」

 裕理は当然事前に調べただろうが、何も出てこなかったということは、恐らく大会に出場経験がないということだろう。

「まぁ、走ってみりゃわかるさ」

 裕理が、南のことについて思考を打ち切ったのを見て、天野もその件は一旦頭の隅に追いやることにした。

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