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出発

 全国高校自転車競技会が始まる。

 神崎高校の選手たちも、輪行バッグを持って羽田空港の第1ターミナルに集合していた。

 神崎高校で総合エースを務めることになる青山冬希も、左肩に厚手のクッション材の入った輪行バッグを掛け、待ち合わせ場所の時計台へ歩いて行っていた。

 前年度、冬希の先輩である船津幸村が総合優勝をしたため、神崎高校は全国47都道府県の代表チームたちの中で、唯一1桁のゼッケンナンバーを使用することになった。

 その中でも冬希は、エースナンバーである1番をつけることになった。

 理由は、冬希が総合エースだから、ではなく神崎高校の監督兼理事長、神崎秀文の

「ゼッケン番号は、あいうえお順」

 という方針のためだ。

 そのため、あ行の冬希、伊佐が1番、2番となり、竹内がゼッケン5番となった。

 ゼッケン番号1番で総合エースという立場については、冬希もプレッシャーを感じないわけではなかった。

 しかし、レースを目前に控えた今となっては、そういった感情は押し殺すしかなかった。

 国体では、千葉県の総合エースとして、冬希の先輩である平良潤が総合エースを務めた。

 潤は、全国高校自転車競技会で船津のアシストとして、献身的な走りを見せ、厳しい山岳ステージでも総合エースばかりの先頭集団でに最後まで残るほどの実力を見せた。

 今回も神崎高校の総合優勝を目指すための不動のエースとなるはずだったのだが、潤はプレッシャーのためか実力が出せず、ライバルたちの前に、総合5位に沈んだ。

 アシストとしては強力な力を発揮しても、エースとなった瞬間力が出せなくなる。プロの自転車ロードレースでも、そういったタイプの選手は少なくないらしい。

 冬希からすると、潤は最初から自身に課しているものが大きすぎるように見えた。レースは相対的なものであり、相手より力が足りなければ負ける、それだけなのだ。

 冬希が総合エースを引き受けたのは、神崎理事長や潤自身の判断もあったが、潤に辛い思いをさせるよりも、自分がエースを引き受けたほうがまだマシだろうと思ったからだ。冬希は優しく思慮深いこの先輩が好きだったし、何が何でも勝たなければならない、とまでは思っていない分、幾分プレッシャーも軽い。

 ただ、周囲が期待してくれているのはわかっていたし、失望させてしまうのはそれなりに辛いことでもあった。

 いろいろ考えた結果、最終的には

「適当に走って、適当に帰ってくるよ」

 と彼女である荒木真理にメッセージを送って、極端すぎると笑われて、冬希の心は少し軽くなった。


 神崎高校の1年生選手である竹内健は、時計台の下でスマートフォンを片手に、ふふっと笑っている冬希を、驚きの表情で見ていた。

 竹内自身そうであるし、同学年の伊佐、3年生である平良兄弟も緊張のため、多少は硬い表情をしている。

「彼女ですか?」

「ああ」

 話しかけられた冬希は、スマートフォンをポケットに入れた。

 竹内は、邪魔をしたかなと少し思った。冬希は、伊佐や竹内のような後輩が話しかけても、丁寧に向き合って応対してくれる。スマートフォンから視線を外さずに、適当に応対されたとしても、竹内はそれを横柄だなどと思わないにしてもだ。

 竹内は、中学時代はタイムトライアル中心の選手だった。市民レースでタイムトライアルがあればことごとく参加し、中体連では2年連続でTOP10入りを果たした。

 気が向けば、ロードレースにも出場したが、本格的にロードレースで走ろうと思ったのは、去年の全国高校自転車競技会の、スプリントステージでの冬希の走りを見た時からだった。

 地元千葉の高校も出ているのだから、一応毎年応援はしていた。その程度の関心で見ていた第1ステージで、豪華な顔ぶれと言われたスプリンター陣を相手に、強力なスプリントで差し切った姿を見て、竹内は生まれて初めて自転車ロードレースの選手をカッコいいと思った。

 第2ステージと第3ステージを連勝した冬希のスプリントを見た夜は、気持ちの昂ぶりを抑えきれず、駅前の大通りを、自分が冬希をアシストする妄想をしながら何往復もしたものだった。

 国体に召集された時、竹内は自分の夢が実現するかも、と信じられない気持ちだったが、負傷した冬希と入れ替わりだったため、一緒にレースを走ることは適わなかった。

 初めて一緒に出た全国高校自転車競技会の千葉県予選会では、スプリントを行うレース展開にはならなかった。そこは仕方ない。

 竹内にとって最大の目標は、神崎高校の総合優勝ではなく、自分が発射台となり冬希のスプリントをアシストすることだった。

 そのためだけに神崎高校に入学したといっても過言ではない。

「冬希先輩、今回は総合争いに専念してスプリントはしないんでしょうか」

「うーん、チャンスがあればやるんじゃないかな。別に先生からも禁止されているわけではないしね」

「作りますよ。チャンス」

 竹内の両眼には、わずかに狂気の光が宿っていた。

「チャンスがあればね」

 それを見た冬希は、苦笑しているように見えた。

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