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それぞれの準備

 神崎高校のメンバーは下総運動公園で、全国高校自転車競技会のプロローグと呼ばれる短い距離での個人タイムトライアルの練習を行った。

 当初、渡良瀬遊水地で行うつもりでいたのだが、散歩やランニング、サイクリングをする人が多く、攻めた走りをするには危険すぎた。午前中だけ安価で貸し切ることができきる下総運動公園に切り替えることにした。 

 中学時代に個人TTで名を馳せた竹内のアドバイスやライン取りを真似するなどで、冬希の技術は多少の向上は見られた。しかし、竹内は

「これ以上は」

 と苦々しい表情で神崎に言った。

「落車で怪我をしたこともあるかもしれません。本気で攻めることが出来ていません。慎重なことは悪いことではないと思うのですが、きついコーナーリングでどこかふわふわした気持ちで入っているように見えます」

「これ以上攻めさせるのは危険ということだね。竹内君」

 竹内は黙って頷いた。

「あいつ、下りでもそうなんだよなぁ」

 平良柊が、困ったもんだ、という感じで言った。

「プロローグは距離が短いから、落車さえしなければ、そこまで大きなタイム差になることはないんだけど、どちらかというとそっちの方が問題かな」

 神崎が腕組みをしながら言った。

 海外に行った露崎や坂東は、スピードに対する恐怖感を持たずに生まれてきたかのような下りの速さを見せた。東京の植原や佐賀県の天野、宮崎県の有馬に静岡県の千秋といった有力選手も、そこまでのレベルではないにしろ、十分に下りは速かった。山口県の黒川も、下りが苦手という噂は少なくとも聞いたことはない。

 冬希は、どういうライン取りをすれば早く下れるかというのが見れるようにはなってきているが、やはり事故の影響で一瞬恐怖感が湧き上がるのか、コーナーが見えてからライン取りを決めるまでの判断がワンテンポ遅れているように見える。

「そこは仕方ない。全日本選手権の時のように、下りでは必ず潤くんか柊くんが、彼の前で走ってあげるようにしてもらっていいかな」

 潤や柊が、下りで冬希と共に集団に残れていればいいが、そうならない展開もあるだろう。そしてそういった冬希の弱点をライバルたちが見逃してくれる可能性が低いことは、神崎にはわかっていた。


 予選会に出場したメンバーが、そのまま本戦に出てくるメンバーではないことは、佐賀県の代表となった佐賀大和高校の坂東裕理にも天野優一にもわかっていた。

 東京の予選会に、慶安大附属の植原博昭が出場してこなかったのは、仕上がりなのか疲労なのか、どこかしら不安材料があるからだろうが、本戦に出てくるのでは無いかと思われた。

 その点を考えれば、正式なスタートリストが公開されるまで正確な他県の代表選手は判明せず、この時点であれこれ考えても無駄になることが多い気はするのだが、裕理は毎日練習終わりに、遅くまで残って天野とレース展開の予測と対応策を考えるということをやっていた。

「プロローグについては、考えるだけ無駄だ。みんなコースは試走するだろうし、一人一人個別に走るんだから実力通りに収まるだろう。天候や風向きも変わるかもしれないが、エントリーする時点ではわからんから手の打ちようがない。お前のTTの腕なら下位に沈むことはないだろうし、距離が短いから全体的に大きなタイム差はつかない」

 プロローグでリーダージャージを着用しようという考えは、裕理にも天野にもなかった。47都道府県各5人の235名もトップ選手が集まれば、それは個人TTのスペシャリストも何人かは混じっている。天野だけではなく、黒川や植原、有馬であっても、プロローグのようなレースで優勝することは簡単なことでは無いのだ。

「有馬といえば、宮崎県のメンバーが確定したようで、去年と違う選手が一人だけ入っているようです」

「なんだと!?」

 裕理は信じられないと言った表情で、天野が見ていたA4サイズの紙を受け取った。

 ほぼ全都道府県の代表チームの選手は、前年と違ったメンバーとなる。それは予選会で代表校が変わるというのもあるし、前年出ていた3年生が卒業してしまうという理由もある。

「あそこは去年全員1年生のチームだ。全国を経験した奴らが全員残っているんだから、入れ替える理由がない」

「地元クラブチームの監督をしていた人物が、コーチとして入ったようです」

「なんだそりゃ、有馬たちの活躍を見て、学校が色気を出しやがったか」

 有馬たちのチームは、地元の別々のクラブチームを走っていたメンバーたまたま同じ学校に入学し、自分たちで部を結成した、いわば有馬たち生徒主体のチームだったはずだ。

 全国で活躍し出した途端、学校がコーチを雇ったとすると、有馬たちにとって必ずしもいいこととは限らない。コーチの人物像によっては、有馬たちにとって厄介な存在になっているのかもしれない。

「宮崎の日南フェニックスのジュニアユースの遠藤という選手を引き入れたようです」

「遠藤?あのスプリント馬鹿はユースチームに行かなかったのか」

 日南フェニックスは、黒川が去年までユースチームを走っていた宇部フリーデンと同じく、国内の自転車プロチームだ。

 そこの育成チームに所属しているということは、高校へ進学するタイミングで遠藤もジュニアユースからユースチームへ移行するはずだった。全国高校自転車競技会に出てくるということは、ユースチームにはいかなかったという事にになる。

「宮崎は、有馬選手の総合狙いのチームだったのではないでしょうか。スプリンターを入れる狙いは何でしょうか」

「全くわからん」

 裕理は、紙をテーブルに放り出した。

「とりあえず、宮崎は保留だ。次は千葉にしよう」

 天野は積み上がった資料から、千葉について記載されたものを2部引っ張り出し、一つを天野に差し出した。

 裕理がレース中に出してくる作戦というのは、相手の虚をつくものであり、基本的には一度しか通用しないものばかりだ。そのため、あらゆる状況を想定し、事前にかなりの玉数を用意している。

 裕理について、あまり良い評判は聞こえてこないが、この人ほど努力して準備をしている人は、日本中にいないのではないかと、天野は思っていた。

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