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変わりゆく

 スポーツ推薦で、超絶進学校の神崎高校へ進学が決まった青山冬希は、自転車ロードレースの選手として、毎日地道にトレーニングを続けていた。


 自宅で、自転車を固定ローラーと呼ばれる装置に取り付け、仮想空間であたかもサイクリングを行っているかのような感覚でトレーニングができる。そのトレーニングの前に、軽く筋肉トレーニングも行う。

 腕立て伏せ10回、腹筋50回、腕立て伏せ40回、腹筋50回、腕立て伏せ50回。合計すると腕立て伏せ100回、腹筋100回になる。ローラーでのトレーニングの前に筋トレを行っておくと、効果が高くなるらしい。

 

 冬希は、仮想空間でインターバルトレーニングと山岳トレーニングをそれぞれ隔日で行っていた。現実では山岳は1㎜も登っていないのだが、仮想空間では冬希は週に2500mは登っていた。

 トレーニングの後にはプロテイン。神崎高校自転車競技部の監督、神崎理事長からは人工甘味料が含まれていないものを勧められ、それを飲んでいる。

 体つきも随分変わってきた。腹回りは引き締まり、腹筋も割れている。胸板は厚く、正面から見ても腰が括れて見える。


 冬希が現在通っている中学校でも変化があった。

 体育の時間、着替えを行っていると、女子から覗かれるようになったのだ。

 廊下側の窓から視線を感じ、冬希が振り向くと、きゃはははは、という声と共に女子が散っていく。そこは、キャーではないのか。現実なんてそういうものなのだ。


 どうやら、赤沼がカースト上位の女子に、あいつの体ヤバいという話をして、その女子たちが覗きに来て、確かにヤバいという話になり、他のミーハーな女子たちも覗きに来るようになったようだ。

 別に上半身を着替えているときは良いのだが、下着を見られるのは流石に嫌だったので、下着の前に目で牽制して、女子たちを散らすようにしている。この前は、パンツに穴が開いていたし。


 実は、女子たちは冬希の体だけを見ることが目当てではなかったのだが、冬希はそれを知る由もなかった。

 実際は、学年でも恐怖の対象とみられていた赤沼から、冬希が虐められっ子を助けたという噂が、陰で広まっており、普段からカースト上位の顔色を窺いながら、自分たちが虐められないように細心の注意を払っている女子達から、密かに憧れに近い目で見られていたのだ。

 休み時間は、虐めっ子たちから冬希を防波堤にしている、近隣クラスの有象無象が冬希を取り囲んでいるため、なかなか観察することは出来ないので、体育の着替えのタイミングで、覗きにかこつけて冬希の姿を見に来ているのだ。


 冬希は、覗かれることが気にならないわけではなかったが、

「減るもんでもないし・・・」

 と意に介さないことを決めている。


 そんな状況に心穏やかではないのは、冬希の想い人、荒木真理だった。

 お互いに付き合っているわけでもないし、告白したわけでもない。だが話している感じでは嫌われているわけではないと、お互いに分かってはいた。だが、踏み出すきっかけが無いという、大きな壁を乗り越えるほどの何かもなかった。


 真理は、中学1年の終わりに転校してきた。

 仲良くしてくれるクラスメイトが2人すぐに出来、一緒の部活にも誘ってもらえた。

 駅へ向かうバスに乗った時、同い年ぐらいの少年が、おばあさんに席を譲る場面に遭遇した。それからもその少年は、おばあさんがバスを降りる時に、荷物を持って降りるのを手伝ったり、バスに乗ろうとする赤ちゃん連れが居れば、慣れた手つきでベビーカーを乗せるのを手伝ったり、発車しようとしているタイミングで松葉杖をついてバス停に近づいている人が居たら、運転手さんに伝えて出発を待ってもらったりしていた。

 彼は図書館前で降りていくまで、終始そんな感じだった。


 真理も、影響を受け、出来るだけバスに乗る時に、老人や赤ちゃん連れに親切にするように心がけるようになった。

 2年になり、その少年が同級生であることを、同じクラスになった事で知った。

 その少年、青山冬希と同じ班になり、修学旅行のバスでは、隣の席にもなった。真理と友人の2人は、冬希とすぐに仲良くなり、よく話すようになった。

 冬希は、他の男子とは違った雰囲気をまとっていた。


 彼は、決して他人のことを悪く言わないのだ。


 誰かの悪口で同意を求められても、俺にはわからないとか、俺は気にならないけど、と言って、決して同意することはしなかった。

 共通の誰かの悪口を言うことで仲良くなる風潮もある中、腹の底が見えない(と周囲から思われている)彼は、特別仲がいい友達は居ないようだった。


 真理とだけ、特別良く話すということは無い。友人2人とも、冬希は同じように話した。

 3年になっても別のクラスになった。友人の一人は冬希と同じクラスのままだった。だが、冬希と変わらず話しているのは、真理だけだった。

 

 虐められっ子を冬希が助けたという噂も、真理にとっては何ら意外ではなかった。彼なら、きっとそうする。見て見ぬふりなど出来なかったのだろう。

 だが、他の女子達が彼のそういう面を好きになるのは、歓迎すべきことではなかった。真理にとってそれは、自分だけが知っておきたい彼の魅力だった。

 

 真理の志望校、神崎高校に冬希が先に受かってしまったという気まずさはある。

 しかし、もうそんなことは言ってはいられない。恐らく、神崎高校を受験する女子は、真理だけだ。中学を卒業しても、彼との繋がりを持ち続けるには、もうそれしかなかった。


 真理は必死に勉強した。自分を追い込むことで、今までよりもう一段上の力を発揮できるようになっていった。

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真理ちゃんがけなげ過ぎて 尊い
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