体育祭④ 真理と優子
冬希が自分のクラスの応援席に戻ると、グラウンドでは1年生の競技、借り物競走が行われていた。
スタートして、トラック上に置かれた封筒を拾い、係の人のところへ持っていくと、封筒から紙を出して読み上げてくれる。
選手は、読み上げられた紙を返してもらい、書かれているもの持ってゴール、最終的には書かれているものに一致するかどうかを、別の係の人がチェックして、問題なければゴールが認められる。
冬希も、本当ならこういう競技に参加したかったのだが、国体のサポートに行っていたタイミングで競技が決められたし、不満を言えば、不在の冬希に代わりジャンケンをしてくれたクラス委員長を責めることになってしまう。それは本意ではなかった。
この競技には、冬希の想い人である荒木真理が出ているはずだ。
もし、かっこいい男子、などという紙が当たってしまったら、自分のところに来てくれるだろうか。そんな妄想をしている間に、真理の番が回ってきた。
真剣な表情でスタートラインに並ぶ真理を見て、真面目な表情も可愛い、と冬希は思った。
真理は、一番近い封筒を選んで、係の人に渡した。
『私服の女性』
幸い、読み上げ係の近くは父兄ら一般来場者の応援席となっており、私服の女性には事欠かないだろう。
真理は、すぐに人選を終えたようで、一人の女の子の手をひいて応援席から連れ出した。
「あれ・・・・・・?」
見覚えがある、というかなんだかんだで週1ぐらいで会っている子だ。
真理に手を引かれ、トラックの冬希たちのクラスの応援席の前を通過する。
「ぶい」
真理に連れられた子、夏に知り合ったアニメーター志望、安川優子が、冬希の姿を見つけ、Vサインをしてきた。
「ちょ、ちょっとごめん!」
冬希は、応援席のクラスメイトの間を飛び越えるように、退場門の方へ慌てて駆け出した。
真理と優子は、1位になった選手のグループの中で退場してきた。
「冬希」
優子は、相変わらず表情の読めない顔で、冬希に声をかけた。
「あれ、冬希君の知り合いなの?」
「マブダチ。ソウルメイトってやつ?」
優子の回答に、真理はよくわからないという表情で首を傾げている。
「えっと、優子さん、なんでいるの?」
「今日、運動会だって聞いたから見にきた」
冬希は、優子から描いた原画を見せたいと言う連絡を貰うたびに会っている。ローラー台の練習ぐらいしかやることがない冬希にとっては、割といい気晴らしになっていた。だが、今週の日曜日は体育祭があるからと、事前に伝えていた。
「いつから居たの?」
「頭がツルツルのおじちゃんが、キョドりながら、内容の薄い話をしてたあたりから」
「開会式かー!!」
思わず大きな声が出た。
「あ、校長先生のこと・・・」
「荒木さん、わかっても言っちゃダメ!」
冬希は、唇に人差し指を当てながら、シーっと真理の発言を途中で制した。
「あのおじちゃん、たぶん小学校のころ給食食べるのが遅くて居残りさせられてた」
「優子さんっ、ダメです!」
冬希は、周囲を気にしながら、慌てて優子の偏見を制した。
「冬希は、何の競技に出る?」
優子は意に介した様子はない。
「この後のスウェーデンリレーと、午後からの1500m走だけど」
「自転車で爆走する?」
「しないっ!!怒られたからっ!」
冬希は、もう嫌だ、とかぶりを振った。
「残念。今日一番面白かったのに」
「そうなの?」
「ちなみに二番目はキョドりながら話す、おじちゃん」
「それはもう帰った方が良くない!?」
優子がまともな競技に興味がないのは明白だった。
「いや、まだしばらく見ていようと思う」
「いつぐらいまで?」
「桜の咲く頃まで」
「かっこいいけど、春まで長いな・・・」
冬希は遠い目をした。
冬希とて、意味もなくいつまで居るか聞いているわけではない。
「お昼、どうするの?」
「これがある」
優子は、飾り気のない紺色のエコバッグの口を広げ、中のポテトチップスを見せてきた。
「あ、サワークリーム味だ。これ美味しいよね」
覗き込んだ真理がいった。
「貴方はよくわかっている人だ。サワークリームが好きだと言う人に、悪人はいない」
優子が嬉しそうに言った。
「つまり、サワークリームが好きじゃない人は、全員悪人」
「極論が過ぎる!」
「いい人の貴方には、ポテチを分けてあげよう」
優子は、真理にとても友好的なようだった。
冬希はふむ、と考え込んだ。
「ねえ、冬希君」
冬希は顔を上げて真理の方を見た。
「お昼、3人で食べない?少しずつお弁当シェアして」
真理の申し出は、冬希にはありがたかった。昼休みに、応援に来てくれた保護者や彼女、友人と共にお弁当を食べている生徒たちの中、優子は一人でポテトチップスを齧ることになる。友人として放っておくわけにはいかない。
「じゃあ、教室や学食ではなく、外でお昼にしようか」
「うん、そうしよう」
真理は頷いた。
部外者が学食や校舎に入ってはならないと、明文化されているわけではないが、さすがに優子も入りにくいだろうと言う配慮だ。
「私は教室でも気にしない」
「知らない人ばかりで、気にならない?」
「私も競技に参加した身。もはや選手と言っても過言ではない」
「借り物競走で借りられただけで、選手ヅラしている!」
私服の女子を連れて歩いていると、冬希たちの方が周囲の視線が気になるということで、校舎の外で食べるという結論に至った。
「冬希のお弁当、楽しみ。家庭の味?」
「いや、今日は姉ちゃんが作ってくれたから・・・」
「から?」
「居酒屋メニューっぽいお弁当になっていると思う」
「マジで?」
真理が、ぽん、と手を打った。
「そうか、とり軟骨とか、イカの一夜干しとか入ってる日って、お姉さんの作ったお弁当だったんだね」
「何という攻めたお弁当・・・」
優子は、変な人を見る目で冬希を見つめてきた。
俺から見ると貴方も十分そうなんですからね、と冬希は心の中で呟いた。




