体育祭②
青く晴れ渡った空の下、体育祭は始まった。
この日まで、少なくとも冬希にとっては時間はあっという間に過ぎていった。
金具で固定されているとはいえ、鎖骨骨折が完治していない冬希は、参加できる競技も少なく、参加した練習も、スウェーデンリレーのバトン練習ぐらいだった。
1年生は、クラス対抗の綱引き、そして学年全体でやる組体操など、練習する種目は複数あるが、どちらも冬希は不参加となっている。
スウェーデンリレーの参加選手たちも、ムカデ競争など複数人で行う競技の練習があるため、いつまでもバトンの練習をする訳にもいかず、基本的には冬希は、クラスの看板の作成を手伝うなどの、裏方の仕事ばかりをおこなっていた。
ただ、面白いと思うのは、中学の頃の体育祭と高校の体育祭の違いだった。
中学の頃は、どちらかというと生徒たちは与えられた状況で最善を尽くすと言った感じだったが、高校では生徒たちが主体的に動いている。
自主的に体育祭というものに取り組んで、本気で勝とうとしている。
斜に構えて体育祭と距離を置こうとしている人たちよりも、熱心に体育祭に取り組む人たちの方が、冬希は好感が持てると思っていたので、その点に関しては冬希もできる限り参加していた。
体育祭は、午前の前半、午前の後半、午後と3つのパートに分かれており、午前の前半に冬希の出番はなかった。
午前の後半の最初に部活動紹介、そしてその後に部活動対抗リレーがあり、そこが冬希の最初に出場する競技となる。スウェーデンリレーは、午前の後半で部活対抗リレーの後、1500m走は午後となっている。
1年生最後の競技であるムカデ競走が終わり、3年生の障害物競争が始まったので、冬希はクラスメイトに断りを入れ、部活動紹介の準備のために部室に向かった。
部室には、すでに平良兄弟、そして活動自体はインターハイを最後に引退した3年の船津も居て、神崎高校のサイクルジャージに着替えようとしていた。
「船津さん、全国高校自転車競技会の総合リーダージャージなんですね」
「ああ、青山もこれを着て行進するように神崎先生から指示が出ているよ」
船津から渡されたのは、同じく全国高校自転車競技会の。緑色のスプリント賞ジャージだった。
「わかりました」
冬希は、素直にそれを受け取った。それを着用すること自体、異論はなかった。
潤と柊は、ノーマルな神崎高校のサイクルジャージを着用している。
「冬希、さっさとウォーミングアップしろ。勝ちに行くぞ」
部室の前には、4台のローラー台が用意され、そこには潤、柊、船津のロードバイク がすでに取り付けられていた。
「部活対抗リレーは、自転車のレースじゃないんですよ」
「心拍数を上げておく必要あることには変わりないだろ」
「それに船津さんの自転車まで・・・」
「柊がやる気になったんで。まあ、久々にレース前の緊張感が味わえるのは楽しいしな」
船津は苦笑しながら言った。冬希にはまだわからない、大学受験の受験勉強の大変さがあるのかもしれない。
冬希は諦めたように、部活動紹介のために輪行バッグに入れて持ってきた自分のロードバイクをローラー台に取り付けた。
「船津さん、こんなことやったところで、他の部に勝てるんでしょうか」
「まぁ、難しいだろうな。単純に瞬発力や持久力だけなら、他の部と互角以上に戦えるだろうが、スポーツというのは、体力的な部分と技術的な部分の両方が必要になる。俺たちがマラソンをやった時、心肺能力では戦えるかもしれないが、走るという点に於いての技術はないので、足が痛くなったりして、ゴールすることも難しいかもしれない。逆に陸上部の連中がローどバイクに乗って俺たちと勝負した場合、慣れない姿勢で乗ることになるので、お尻や手首、首が痛くなって、勝負にならないだろう」
「ですよね」
「安心しろ冬希、今日は一人当たり100mだ。足がいたいと思った頃にはゴールしている」
「いや柊先輩、足が痛くならないように、ほどほどしましょうよ」
「冬希、柊は同じクラスのバスケ部の奴に挑発されて、どうしても勝ちたいんだ」
潤が冬希の耳元で、囁くように言った。
「何があったんですか?」
「柊のことを好きな女子がいて、その子のことをバスケ部の奴が好きなんだよ。それで、その子のまえで柊を負かしてやろうと、挑発してきたんだと思う」
「また面妖な・・・」
「ウォーミングアップしたら、作戦会議だ!」
柊は高らかに言った。何か良からぬことを考えている顔だ。
「まるで、なんちゃって坂東裕理だ」
冬希は、小さくため息をつくと、輪行バッグから出した自分の自転車を固定ローラーに設置した。




