国体本戦3日目 エースたちの動揺
冬希は、長崎の水野良晴と言う選手の情報を検索サイトで調べていた。
そのことで、この状況をなんとか出来るとは思っていなかったが、何もしないよりは良いと思ったのだ。
調べて出てくる情報は、長崎県内のレースの結果ばかりで、チーム名の欄は空欄になっており、佐賀大和高校に在籍している痕跡は全く見つからなかった。
裕理は、いつ頃からこの策を用意していたのだろうか。
国体選手は、4月30日以前から居住、生活している都道府県からの出場となる。
冬希の仮説通り、水野が佐賀大和高校の選手なら、彼はそれ以前から長崎に居住して佐賀大和高校に通っていたと言うことになる。冬希は戦慄した。
サポートカーから集団前方に戻ってきた伊佐に話を聞いた植原と潤は、顔色を失った。
「青山が、佐賀に気をつけると言っていたのは、そういう事だったのか」
「冬希の推測が当たっているとすると、逃げ3人に対して天野一人という構図が、逃げ2人に天野グループ2人という図式になる。天野と水野が同じ学校の選手だとすると、逃げている茨城、宮崎の選手より上手く連携できるだろう。捕まえるのが大変になる」
有馬の宮崎代表チーム、千秋の静岡代表チームも、状況を理解しつつあった。
モトバイクが、ホワイトボードでタイム差を知らせてくる。
逃げグループとメイン集団の差は5分差から4分差に縮まった。
しかし、逃げから脱落した長崎の選手と佐賀の天野が合流したグループとは、2分差から2分30秒差へ、逆に差が開いたのだ。
逃げから天野までが1分半。
天野からメイン集団までが2分半。
前を走る逃げ集団と天野は、既に周回コースの登りに入っている。
天野グループは、残り45km地点を走っており、メイン集団は、距離にして2〜3km後方にいる。
「まだ、十分に追いつけるタイム差だ」
植原は声を上げた。
メイン集団は、一気にペースを上げ、逃げグループ、そしてそれを追走している天野グループの追い始めた。
佐賀の坂東裕理は、慌ただしくなるメイン集団の前方を、冷ややかな目で見ていた。
「せいぜい慌てろ。それが、自分達の首を絞めることになる」
前待ち作戦は成った。
その時点で勝敗はもう決まったようなものだ。
その先の展開まで裕理は読み切っていた。
「せいぜい、無様な形を晒すといいさ」
裕理は、ペースを上げたメイン集団から下がっていった。
メイン集団は、ペースを上げた。
先ほど宮崎の仕掛けたアタック合戦で、宮崎も東京も疲弊していた。
千葉県代表チームの大川、竹内も、スタート直後から延々続いた逃げ合戦で、疲労は溜まっている。
しかし、ここでこれ以上離されれば、前に追いつくことは叶わなくなる。
急激なペースアップにより、メイン集団は散り散りになっていった。
東京の麻生、夏井、千葉の竹内、大川など、強力なペースでメイン集団を牽引し、力尽きては、千切れていった。
牽引していないアシストたちも、ハイペースについていけず、静岡、宮崎も温存していたアシストたちが次々に脱落していった。
メイン集団は、ペースアップにより、前を走るグループより人数が多いと言う優位性を、逆に失わせていく結果となっていた。
登りが始まると、脱落していく選手はさらに増えた。
「ど畜生!」
総合リーダージャージを着用していた平良柊も、1周目の登り半ばで植原たちの集団から遅れ始めた。
柊は、決して登りについて行けなかったのではない。
そもそも柊は高速で進むレース向きではなく、ハイスピードな追走で、ずっと脚を削られ続けた結果、登りの途中で力尽きたのだった。
トップグループを牽引していた東京代表チームの伊佐も、ついには力を使い果たし、遅れ始めた。
この時点で植原、有馬、潤、千秋の4人に絞られていた。
しかしそこに、逃げ集団から下がってきた宮崎代表チームの小玉が合流し、トップグループを牽引し始めた。
再びモトバイクがホワイトボードでタイム差を知らせてきた。
逃げている牧山から、天野までが30秒、そこからさらに潤や植原たちのトップグループは、2分のタイム差がある。
長崎の水野は、役割を終えたというのか、天野から遅れ始めていた。
結局、小玉の捨て身とも言える献身的な牽引は、天野グループとのタイム差を維持する以上の効果をもたらさなかった。
天野、水野は二人で交代し、小玉は一人で引き続けていたのだ。
1周目の下りが終わったところで、小玉も力尽き、トップグループから脱落していった。
冬希たちのサポートカーの前で、植原、有馬、潤、千秋の4人のグループが走り続けている。
「お互いに、前を追うということは、もう出来ないんだな」
「追い始めた者だけ、脚を使わされます。これはもう仕方がないことです」
植原、有馬、潤は、形だけ先頭交代しているが、天野たちを追うと程のペースではなくなっていた。
ライバルを前に、誰も自分の脚を使いたくないのだ。
「協力して追おうとしても、静岡の千秋選手は、絶対に先頭交代に加わりません」
このまま4人のグループの状態でゴールすれば、一番総合タイムが良いのは千秋なので、4人の中では一番優位に立っている。
仮に牧山と天野が先にゴールして、その後で4人が団子状態でゴールしたとしても、3位表彰台は持って帰る事ができるのだ。
逆に千秋が脚を使って植原、有馬、潤と交代しながら前を追ってしまうと、3人の中で一番平坦走破力の低い千秋が、一番最初に脱落することになるだろう。
そうすれば、植原、有馬、潤に表彰台を独占され、千秋一人が損をすることになる。
優位に立っているとはいえ、その程度のタイム差なのだ。
有馬が千秋に怒鳴る声が冬希たちのところにも聞こえてくる。
「おい、静岡。このままだと前に全部持っていかれるぞ。先頭交代に加われ」
「いやぁ、無理っすよ。俺昨日の疲れが残っててもうヘロヘロなんで。3人で頑張ってくれたら、後で自分も加わるっすよ」
「ちっ」
後になっても千秋が、先頭交代に加わらないであろうという事は、有馬だけではなく、冬希も含めその場にいる全員が分かりきっていることだ。
千秋は、佐賀の意図を知ってからは、もう3位争いに目標を切り替えたのだ。
植原たちの集団は、天野のアシストの役割を終えて下がってきた水野を抜き去った。
その頃天野は、前を走っていた牧山に単独で追いつこうとしていた。




