国体本戦2日目 死闘
メイン集団は下りを終えて平坦区間に入ると、千葉県代表チームの大川、竹内の2名がコントロールを始めた。
二人とも、タイムトライアルを得意とする選手で、平坦区間を一定ペースで走ることに定評がある。
千葉としても、今日は平良潤で勝負しなければならないステージとなっている、この辺りで主張をしておく必要があった。
逃げていた牧山とのタイム差は、メイン集団が最後の登りに差し掛かったところでは2分程度にまで縮まっていた。
牧山が、下りや平坦区間で脚を回復させながら走っていたというのもあった。
だが、だからといって2回目の登りを軽快にこなせるほどまで回復するというものでもない。
冬希は、もはや牧山にかけるべき言葉を持たなかった。
千葉のサポートカーに審判車から無線が入る。間も無くメイン集団が後方から追いついてくるので、広いところで避けておけということだった。
逆に、逃げていた牧山の後ろを走っていた審判車が、牧山を追い抜いていった。
千葉のサポートカーは、路肩に寄せてメイン集団が抜いていくのを待っていた。
程なく、メイン集団が現れた。
「うわ、はやっ!」
冬希は思わず声に出していた。
メイン集団は、静岡が牽引していた。
今日の優勝予想に上がっている選手たち、東京の植原、宮崎の有馬、そして静岡の千秋のうち、最も登りに特化した選手が千秋だ。静岡は、千秋には平気で、他の有力選手たちにとって厳しいペースで登りをこなすことで、千秋以外の全員の脚を削ろうという作戦なのだ。
千葉県代表監督の槙田も、焦りを隠せない。
「平良兄は、このペースで戦えるだろうか」
「千切られることはないと思いますが、攻撃を仕掛ける隙はないと思います」
静岡の牽引に、5人いたはずの東京代表も伊佐と植原の2名だけになっている。千葉県代表も大川と竹内が役割を終え、平良潤、平良柊の2名だけとなっている。
メイン集団とはいえ、静岡県代表のペースアップにより、既に15名程度まで絞られている。
「行こう」
千葉のチームカーは、他の都道府県のチームカーの車列の最後方で、車列に加わった。
千葉県代表チームのエース、平良潤はサイクルコンピュータを見た。
「あとゴールまで12〜13kmってところか」
ゴール直前のアタックでは、他の選手たちに大きなタイム差をつけることができない。
可能であれば、残り10kmぐらいから仕掛けたいが、静岡代表チームのアシストの作り出すペースが早く、潤は仕掛けられずにいた。周りを見ると、東京代表の植原も、宮崎代表の有馬も、あまり余裕がなさそうだ。
冬希から要注意と言われた佐賀の天野は、集団の最後尾にいるので、そこからアタックを仕掛けてくることはないように思えた。冬希の忠告とはいえ、潤にはそこまで注意を払う余裕はなかった。
このままでは、静岡にいいように封じ込められてしまう。
潤は、思考を巡らせた。
「なあ、潤」
「どうした柊」
「こんなペースに、いつまで付き合わないといけないんだ?」
潤は、一瞬柊の発言の意図を掴みかねていた。
柊の表情を見て、最初に潤が受け取ったのとは、逆の意味で言っているのだということがわかった。
「行けるのか?」
「なんか俺、今日は調子いいみたいだ」
潤はちらりと後方を見た。チームカーの姿は見えない。指示を仰いでいる時間はない。
「柊、いくぞ」
残り10kmのゲートを超えた地点から、集団を牽引する静岡の横をすり抜け、一人の選手がアタックした。
「動いたぞ」
「誰だ!?」
「千葉の平良兄だ」
「行かせるな」
仕掛けたのは潤の方だった。実力十分の千葉のエースだ。
このアタックにより、静岡のアシストが2名、メイン集団から千切れていく。これで千秋の他、静岡のアシストは1名となった。
静岡のアシストは、千秋を引き連れて潤のアタックを追う。宮崎の有馬、東京は植原が追ってきている。伊佐もかろうじて植原の後ろに姿が見える。
メイン集団は散り散りになった。
先頭に平良潤、少し離れて静岡のアシストの後ろに千秋、植原、伊佐、有馬、そして平良柊に天野もいる。
15名いたメイン集団は一気に7名にまで減らされた。
潤は振り返った。
植原、伊佐、有馬の苦しそうな表情が見えた。
潤渾身の、捨て身のアタックだ。それぐらい苦しんでもらわなければ割に合わない。
呼吸と足の筋肉が、同時に限界を迎えた。ぴたりと潤の脚が止まる。
静岡のアシストが追いついてきた、一瞬集団のペースが落ちる。
「いけっ!」
呼吸が苦しい中、なんとか絞り出すように潤が叫んだ。
集団から柊が飛び出して、一気に全員を抜いて行った。カウンターアタックだ。
静岡のアシストは、潤と一緒に集団から脱落していく。
東京の植原、伊佐、宮崎の有馬はとても柊を終える状態ではなかった。
唯一、千秋だけが柊を追って飛び出していった。
最後方でずっと脚を温存していたと思われる佐賀の天野が、一瞬追う素振りを見せたが、結局辞めたようだった。植原、伊佐、有馬と共にいることを選んだようだ。
柊と千秋の姿はもう見えない。
植原、伊佐、有馬、天野の4人の背中もどんどん小さくなっていく。
こういう時、なんというんだったか、以前冬希が良い言葉を言っていた気がする。
「そうだ、俺の屍を越えてゆけ、だ」
潤は口にしてみて、なんだよそれは、と思わず笑みが溢れた。
自分は、エースになるより、アシストでいる方が楽しいのだろう。
自分のあるべき方向性がわかったことが、潤には嬉しかった。
総合優勝の可能性はほぼ消えたが、満足だった。




