ヤンキーVS冬希
冬希の中学の同級生に、赤沼という男がいた。
勉強は出来なかったが、空手をやっている自信からか、周囲に対して攻撃的で、教師からも、同級生からも煙たがられていた。
特に、気の弱そうな者を見つけては、いじめを繰り返し、優越感に浸っていた。
学校外でつるんでいた仲間から、「先輩」を紹介された。
「先輩」は、改造したスクーターを乗り回し、未成年にも関わらず飲酒、喫煙を行い、赤沼達にもそれを分け与えた。
赤沼のような男にとって、「先輩」は大人っぽく、理想の男に見えた。
それ以来、赤沼はさらに同級生というものがガキに思え、見下すようになっていた。
一方、他にも同級生が子供のように見えてきていた男がいた。冬希だ。
神崎高校に入り浸り、接している自動車競技部の先輩方は、みんな精神的に大人で、自制心に富んでいた。
しかし、中学に通っていると、授業が始まっても席につかない者、先生が注意しても無駄話を止めない者、他人の陰口を言って、自分を偉く見せようとしている者など、今まで気にならなかった物事まで気になってくるようになってしまった。
冬希は今、入学早々に出場することになってしまっている、全国高校自転車競技会、通称ツール・ド・ジャパンで、先輩たちの足を引っ張らないために自分がすべきことが何であるか、またどうやれば早く選手としての実力を身に着けることが出来るか、そのことで頭が一杯だった。
神崎理事長から借りたツール・ド・フランスのビデオも見ている。アシストというものがどういうものか、スプリンターが何か、総合優勝争いがどのようなものか、わかりやすく解説してくれている。
神崎曰く、全国高校自転車競技会とは、日本の高校生がやるツール・ド・フランスのようなものだという事だ。
冬希は、その戦術や役割などを、必死に頭に叩き込もうとしていた。
昼休み、教室の中で一際大きな声がした。
「お前、エロ本どこに隠してるんだ?家に持ってるんだろ?ああ?」
気の弱い同級生が、ガラの悪そうな男に絡まれている。
「エロ本持ってますって、言ってみろ。クラスの全員の前で言え!」
冬希の不機嫌さが限界を超えた。
中学ぐらいまでは、人の気持ちが理解できない人間の方が強い。
人の心の痛みが分からず、平気で他人を傷つけられる人間が、いじめや卑劣な行為を行い、他者を踏みにじることで優劣をつけてしまう。
しかし、今の冬希には、そんなものは今のうちだけであることが分かるようになっていた。
これからは、人間性に優れ、魅力があり、頭が回る人間である事の方が重要であると。そういう人間であれば、助けてくれる友人や知人が増え、生き易くなってくる。
それだけに、赤沼の行為は、卑劣で愚鈍で、冬希の癇に障り、思考を乱す最低の行為だった。
周りにいて、追従笑いをしている男女の同級生たちにはもっと腹が立つ。こういう連中が赤沼のような男のやることを助長しているのだ。
虐められていた生徒が走って逃げだし、赤沼がまて、とそれを追おうとする。しかし、何かにぶつかり、派手に吹き飛ばされた。
そこには、不機嫌そうな冬希が立っていた。
こいつ、こんな奴だったか、と赤沼は尻餅をついたまま、冬希を見上げた。
赤沼の印象より、一回りガタイが大きくなって見える。胴回りは引き締まり、胸板は厚く、結構な勢いでぶつかったにも関わらず、まったく動かなかった。まるで壁にでもぶつかったかのようだった。
冬希は、座り込んでいる赤沼の前でしゃがみ込み、静かに、だが確実に怒気を孕んだ声で言った。
「申し訳ないけど、静かにしてもらえないか」
教室がしんと静まり返る。周囲の連中の追従笑いも固まる。
赤沼は呆気にとられていたが、冬希の鍛え上げられたからだと、勝負の世界に身を置く独特の雰囲気と怒気、それに柔道部であったことなど、いろいろかんがみた結果、「受験前だもんな、悪かった」と陽気さを装いながら笑顔を引きつらせながら、自席に座り、落ち着きなく窓を見たり、カバンを開けたりしている。
クラス全体も気まずい雰囲気になったが、昼休み中ぐらいのことで、その後は元の雰囲気に戻っていった。
一点変わったことは、同じクラスや、隣のクラスから、気が弱く大人しい連中が、休み時間の度に冬希の席の周りに集まるようになったことだ。
彼らは、休み時間に冬希の席の周りに集まり、雑談したりふざけあったりしては、休み時間の終わりとともに帰っていくということを繰り返し、その会話の中には、特に冬希は加わっていなかった。
冬希は「いじめっ子除け」のような扱いになったらしく、冬希の周りが騒がしくなったことに変わりはないが、冬希の集中力を乱すようなことではなかった為、受け入れることにした。
いじめられっ子や、いじめられっ子候補生ともいえる大人しい連中が冬希のまわりで一種団結することで、冬希のクラスの近辺のクラスでは、赤沼のやったような虐めは無くなっていった。




