冬希の不覚
朝の自主練を終え、冬希は自宅に向けて走っていた。
ほぼ無風状態で、スピードも出ている。
サイクリングロードを抜けて車道に出る。
道が狭く、路側帯を走っていても後ろの車が簡単には抜けない道幅となっている。
こういう道路を走る場合、自分の方もスピードが出ている方が自動車の邪魔にもならないだろうと、スピードを緩めることなく走る続けた。
対向車線から右折しようとしている車がいた。
冬希の自転車はそれなりのスピードは出ていたが、ギリギリやり過ごせるタイミングだったので、冬希はそのままペダルを踏み続けた。
しかし、1台の車が右折して行った後、それに続いてもう1台の自動車も右折してきた。
「うおっ!!」
冬希は声を上げながらブレーキを握る、がとても間に合う距離ではない。
それでもなんとか泊まろうとブレーキを握る。
後輪は横滑りし、冬希は転倒しながら滑っていく。
真横になりながら、冬希と一緒に滑っていく自転車の後輪が、構わず右折してきた自動車の後部座席部分に当たる。
なんとか、自動車の下敷きになることは避けられた。
冬希は、自分の怪我の状況を確認する。
グローブに守られて、手などに擦過傷はない。五体も満足だ。
ジャージの後ろが少し破れているが、今の所痛みもない。時間が経てば、痛みは出てくるかもしれないが、今の所は大きな怪我もなさそうだ、と思った。
失敗した、と冬希は思った。
判断を誤った。
日曜日だし、別に急いで帰る必要もなかったのだ。十分に減速しておけば、2台目の車が右折してきても、止まれただろう。
疲れていて判断力が鈍っていたのか、心のどこかで、早く家に帰って休みたいという気持ちがあったのか。
冬希は立ち上がると、地面に散らばったボトルやツールキットを拾っていく。
そして自転車を起こそうとしたときに、肩が痛いことに気がついた。
自転車を起こそうとするが、痛くて起こせない。
すると、先ほど右折した自動車の運転手が走ってくるのが見えた。
「すみません・・・」
気の弱そうなお爺さんで、冬希の代わりに自転車を起こして、道の端に移動させてくれた。
通りがかりの人、そして近所の人たちも何事かと家から出てきている。
冬希は、自転車を見た。
チェーンは外れ、ブラケットやペダルに傷はついているものの、フレームは無事のようだ。
「救急車呼びましょうか」
「あ、はい」
救急車を呼ぶほどの怪我だろうか、と思わないでもなかったが、過去にロードバイクの事故を目撃した時、警察官の方が、日曜日は行きつけの病院も休診だろうし、診てくれる病院も少ないので、救急車を呼んだ方がいいと言っていたのを思い出した。
何より、肩の痛みが気になった。
軽いロードバイクを持ち上げられないほどの痛み。その原因は調べてもらったほうがいいかもしれない。
自動車の人が警察を呼んでくれていたようで、カブに乗った警察官が現れた。
冬希は、覚えている状況を可能な限り客観的に伝えた。それなりのスピードで走っていたことも伝えた。
自動車の運転手も警察官から話を聞かれている。その時、救急車がやってきた。
降りてきた救急隊員に、痛いところなどを伝えていく。やはり一番痛いのは肩だ。
病院に運んで貰えるのは助かるが、ロードバイクはどうしよう、と考えていると、警察官の人と自動車の運転手が、やってきた。
「自転車ですが、自転車屋さんに取りにきてもらうのがいいと思います。買った自転車屋さんとかありますか?」
「寺崎輪業さんで用意してもらった自転車です」
「では、そこに連絡を取りましょう」
警察官の言葉に、自動車の運転手が慌ててスマートフォンで調べ始めた。
「連絡しましょうか」
「いえ、あなたは救急車に乗ってください」
確かに、救急隊員の方々も忙しい。他に救急の方も発生するかもしれない。今自分にやるべきことは、救急隊員の方々のこの出動を速やかに終わらせることだと気がついた。
ストレッチャーなどに寝かされることもなく、自分で救急車に乗り、両脇にあるベンチ状の椅子に座る。
救急隊員の方が冬希の横に座ると、後ろが閉められ、救急車は走り出した。
救急車に乗るのは初めてだな、と思っていると、救急隊員の方から、どのような事故だったかまた質問を受けた。
冬希は、警察官に話した内容を、殆ど一字一句違わず救急隊員の方にも説明した。
間も無く救急車は病院に到着し、冬希は自力で救急車から降りて、救急用の入口から病院の中へ入っていった。
通されたのは、救急用入口の近くにある、おそらくは救急用の診察室で、そこには若い先生が待っていた。
症状を聞かれ、痛いと言った肩のレントゲンを、いろいろな角度から何枚も撮られた。
診察室に戻ると、また先ほどの先生が待っていた。
「レントゲンを見る限りでは、折れてはいないように見えますね」
何枚ものレントゲンをいろいろな角度から見ながら、先生は言った。
「骨折はしていないようですが、明日月曜日、またちゃんとした先生がいるときに診てもらってくください」
ちゃんとした先生じゃないのか、と心の中で思いながら、冬希は診察を終えて病院を出た。
痛み止めを何錠か病院で貰った。
病院を出ると、自動車の運転手の方が待っていて、自宅まで送ってくれることになった。
自宅では、両親が驚いた様子だったが、運転手の方が事情を説明し、頭を下げてくれたことで、状況を理解したようだった。
翌朝、学校に遅刻するとの連絡を入れ、昨日運び込まれた病院で診察を受けた。
今度は、前日の先生と比べても同じぐらい若い先生だ。
白衣の下は、黒いTシャツを着ている。日焼けをしていて、サーファーなのだろうか、イケイケな雰囲気が漂っている。
またレントゲンを何枚も撮られ、かなりの時間待った後で、再び診察となった。
「折れるっすね。鎖骨。ほら、この辺り。根元の方でわかりにくいっすけど、確実に折れてるっすね」
「えぇ・・・」
冬希は、軽いノリで衝撃的な事実を突きつけられた。




