国体 関東甲信越ブロック大会 山岳ステージ スタート前
国体の関東甲信越ブロック大会は、ひたちなかで行われた平坦ステージの2日後、同じ茨城県の北茨城市で山岳ステージを迎えることとなった。
スタート後、20kmほど平坦を走った後、15kmの周回コースに入る。
周回コースは、5kmの平坦と5kmの登りの後、5kmの下りがあり、2周目の5kmの登りの山頂がゴールとなる。
登りは平均勾配が5%程度で、決して勾配がキツいコースというわけではないが、冬希のような生粋のスプリンターには厳しいレイアウトとなっている。
平坦ステージの結果、各県のポイントは
1位;千葉県 25pt
2位;東京都 18pt
3位;長野県 15pt
4位;神奈川県 12pt
5位;茨城県 10pt
6位;群馬県 8pt
7位;山梨県 6pt
8位;埼玉県 4pt
9位;新潟県 2pt
10位;栃木県 1pt
となっていた。
「今日、東京が1位でうちが2位になった場合、43ptで同点になるんですけど、その場合総合1位はどうなるんですか?」
冬希がダイヤル式のビンディングシューズを履きながら、先輩である平良潤に問うた。
「その場合は、直近のステージで上位だった方が優先されるから、東京が関東甲信越1位になるな」
「そうですか。なんか、せっかく平坦ステージ勝てたのに、結局山岳ステージ優先なんですね」
「今日も勝てばいいんだよ。ただそれだけだ。ところで冬希、今日の山岳はそれほどキツくないけど、登れるんだろうな」
靴を履き終え、つま先をトントンしている柊が冬希を見下ろしながら行った。
「ハハッ、何を言っているんですか、登れるわけないでしょ」
やれやれと冬希は、馬鹿にしたように鼻で笑っている。
「なんでお前は偉そうなんだ!!」
柊は、冬希の首を後ろから締め上げる。
「嘘です、登れます。ガンガン登れます!」
締め上げる柊の細い腕をタップする。
「本当だな」
「はい、タイムアウトさえ気にしなければ・・・」
「それを登れるとは言わないんだよ!!」
締め落とさんばかりに柊は力を入れて締め上げた。
今日のレースは時間による制限はないが、周回遅れにされたら失格扱いになる。1回目の登りを登っている間に、2回目の登りの選手に抜かれたら失格となるのだが、流石にそこまで遅れるとは思えない。
「冬希は1回目の登り口まで、大川は2回目の登り口まで、柊はゴール付近までアシストを頼む」
潤の声に、千葉県代表の3人は頷いた。
茨城県代表のテントで、1年生の牧山保は、スマートフォンの見つめていた。
そこには、入学当初から付き合っていた彼女からの別れのメッセージが書かれていた。
4ヶ月間付き合ってきて、終わる時は一通のメッセージだけ。あっけないものだなと思った。
入学式の日、クラスが分からない彼女を教室まで案内した。
小さなリスのようだった彼女は、落ち着きがある牧山が上級生だと思っていたらしく、クラスメイトだと知って驚いていた。
学校生活が始まり、二週間後には牧山は告白され、付き合うこととなった。
付き合ってすぐ、全国高校自転車競技会が始まった。
牧山は、自分と同じ1年生である青山冬希や植原博昭が活躍する姿を見て、ひたすらトレーニングに打ち込んだ。
彼女に優しくできたか、というとそうではなかった気もする。
しかし、自分が青山冬希と肩を並べるほどの選手になることができれば、彼女も喜んでくれるだろうと思っていた。
付き合い始めて、何か恋人らしいことができたわけではなかった。
自分には、その前にやらなければならないことがあると思っていた。
牧山は、7月に行われた茨城県内の新人戦で、全国高校自転車競技会に茨城県代表として出場した名門筑波東高校の1年生たちを寄せ付けず、逃げ切り勝利を決めた。
勝つと言うことがこれほど嬉しいことかと、牧山は思った。
牧山は彼女に勝利を報告したが、彼女は牧山が思っていたほど喜んではくれなかった。
もっと大きな勝利が必要だと思った。同じ7月のインターハイでは、青山冬希は史上最強の高校生と言われる露崎隆弘と互角の戦いをしていた。牧山は一層奮起した。
彼女からのメッセージに返事を返せない時間も長くなっていった。
そして、今日ついにその関係は終わりを迎えた。
最後のメッセージには、別れようという事、塾が同じ別の学校の人と付き合うことになったという事、そして部活で活躍しなくてもいいので、一緒にいてほしかった。寂しかった、と書き添えられていた。
メッセージを見た時、牧山は小さくため息をついた。
牧山は、自分が彼女を傷つけていたことを知った。
自分が活躍すれば、彼女が喜んでくれると思っていたのは、完全な独りよがりの妄想だったのだ。
牧山は、自分の過ちを知り、認め、それを飲み込んだ。その上で、自分にできることは、目の前のレースを走り、勝つことだけだと思った。
平坦ステージでは、チャンスはなかった。アシストとしてメンバーに加えられた牧山に、勝負する機会は与えられなかった。レースは予想通り、青山冬希が事も無げに勝ってみせた。スプリントは圧巻だった。間近でそれを見れて、感動ですらあった。
今日は、何がなんでも勝負したかった。それが、別れた彼女に、自分はこういう生き方しかできないのだ、という返事をすることにもなる。
恋人を失う、レースでも破れる。その状況に牧山は耐えられそうになかった。
せめて恋人を失うほど打ち込んだもので、何か形のある結果を出したかった。
牧山はレース前に、洗面所で顔を洗い、鏡を見た。まだその両目から光は失われていない。
「生きるか、死ぬかだ」
牧山は、鏡の向こうの自分に言い聞かせた。




