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国体 関東甲信越地区ブロック大会 反省会

 4名の東京代表チームのうち、伊佐を除く3名は慶安大附属の選手だ。

 彼らは、慶安大附属の自転車競技部の顧問が運転するワゴン車で帰り支度をしている。

 自分のロードバイクをワゴンの車内に固定し終えた植原は、背後から心配するような表情で見つめる、マネージャーの沢村雛姫の視線に気づいた。

 雛姫の心配の理由は、植原にもわかっていた。

 自制が効かず、感情を露わにしすぎた。

 怒りを抑えきれなかった。

 時間が経ち、冷静になると、自己嫌悪の感情が湧き上がってきた。 

 国体でこそ、東京代表のエースとなった植原博昭だったが、インターハイではフランス帰りの露崎隆弘のアシストに徹した。チームの方針でもあったのだが、その点について不満はなかった。1年生の植原にとって露崎は、エースの座を争うという気すら起こらない程の絶対的な存在だった。

 しかし、実際にインターハイでは植原以外の他チームの1年は、露崎と死闘を繰り広げた。

 山岳では洲海高校の千秋が露崎を追い詰め、スプリントでは冬希が露崎を二度も破った。

 植原は、完全に蚊帳の外だった。

 中体連では全国制覇を果たした。

 全国高校自転車競技会では、1年生ながら総合表彰台にも登った。

 常に優勝争いをし、注目を集めてきた。しかし、インターハイでは、まるで植原が存在しないかのようにレースが進んでいった。

 千秋などは、プロトンの中では決して評判の良い選手ではなかった。にも関わらず植原は、露崎とステージ優勝争いをした千秋を羨ましいとすら思った。

 自分の同級生が戦う姿を、指を咥えて見ているしかなかった状況に、植原は深く傷ついていた。

 国体の関東甲信越ブロック大会で冬希と戦う。

 植原は、冬希を倒したいと思っていた。

 冬希はスプリンター、植原は総合狙いのオールラウンダーと、脚質が違うため、直接的にステージを争う機会はないが、チームリーダーとして、東京代表チームとして冬希を負かすことはできると思っていた。

 レースは植原の思惑通り進んだが、既のところで勝利を逃した。

 伊佐はスプリントするまでは勝利を確信していたようだが、結果、冬希の光速スプリントにより、その確信は彼のプライド共々、粉々に打ち砕かれた。挑んでは見たものの、瞬発力、最高速ともに冬希の方が優れていた。

 植原にも本当はわかっていた。

 経験不足の伊佐が、植原の指示に従わずに冬希にスプリントを挑むのも、仕方ないということを。

 また、伊佐が植原の指示通り、冬希に対して早駆けして差をつけたとしても、ゴール前で神奈川の三浦や、長野の結城に負けていたかもしれないことも。

 しかし、インターハイからずっと鬱屈した気持ちを抱えてきた植原は、指示に従わなかった伊佐に対して、怒りを抑えることができなかった。

 それが八つ当たりに近いことだったと、今ならばわかる。

「君の言いたいことはわかっている。伊佐と話してくるよ」

 植原は、雛姫の方を振り返ることなく、親の車に自転車を積み込もうとしている伊佐の元へ歩いて行った。

「伊佐」

 声をかけられた方を振り返り、植原に気づいた伊佐は振り返り、直立した姿勢をとった。硬い、と植原は思った。そうしてしまったのは自分の態度たということもわかっている。

「明後日の山岳レース。取り返しに行くぞ。僕とお前、後半で余裕がある方で勝負する」

「しかし、俺などは・・・」

「お前の実力は、高校生相手でも十分通用することがわかった。二人エースの方が相手も戦い辛いし、僕も気が楽だ」

 伊佐はなおも逡巡している。

「今日の負けは忘れるんだ。次に勝ては帳消しだ」

「わかりました。勝って今日の負けを取り返します」

 伊佐の目に、僅かに光が戻った気がした。

 植原は頷くと、伊佐の背中をポンと叩き、慶安大附属のワゴンの方へ歩き始めた。

 負けを責めたことを伊佐に謝ってしまうと、「最初からお前では冬希に勝てなかった」といっているような気がして、謝れなかった。

 植原が中学の頃は、一人で走っているようなものだった。高校に入り、チームで走るようになり、エースを務めた。今は、チームリーダーの役割も果たしている。

 成長しなければ、と植原は思った。


 千葉県代表の4名の選手は、手賀沼の駅近くのステーキハウスのチェーン店に居た。

 軍資金は、監督の槙田からたんまり預かっている。

 自分の肝入りの大川駿の牽引で千葉が勝った。そのことで槙田は終始上機嫌だった。

 車で我孫子駅まで送ってもらった。

 槙田は、大川を自宅まで送るつもりでいたようだが、神崎高校の3人が食事をして帰ると聞くと、一緒に降りると言った。チームメンバーを理解したいという気持ちがあったようだ。

「もし山岳レースの方も上位に入って関東甲信越地区で1位になれば、もう一人メンバーが増やせるんだよな。誰を入れるんだ」

「柊、そういうのを、捕らぬ狸の皮算用というんだ。まだ一位になれると決まったわけじゃない」 

 はやる柊を潤が嗜める。

「そういえば、国体って3年生は出れないんですか」

 冬希は、単純に疑問に思っていたことを口にした。

「出られないことはない。でも、あまり多くはないな。部活動はインターハイで引退している人も多い」

「そうですね。船津さんも受験ですし。進路を決めていかなければならない時期ですからね」

 うーんと唸る冬希の横で、柊はうんうんと尤もらしく頷いている。

「他人事じゃないぞ。来年の今頃には僕たちも進路を決めておかなければならないんだからな」

 潤は心配そうだった。保護者か、と冬希は思った。

「そういえば柊先輩は、将来どうなりたいとか考えていることはあるんですか」

 柊は、キリッとした表情を冬希に向けた。

「とりあえずは、『秘密結社 平良柊』を結成する」

「秘密結社の組織名に、本名がフルネームで入っているんですけど、それ以上なにを秘密にするつもりなんですか」

 4人の元に、各々が注文したハンバーグが運ばれてきた。

 4人は異口同音に言った。

「しまった、サラダバー取ってくるの忘れてた」

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― 新着の感想 ―
[一言] レース後の欠食児童共が食い放題サラダバーを後回しにするとか そんなに秘密結社が大事だったのか
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