国体 関東甲信越ブロック大会②
レースは淡々と進んでいた。
10都県40名の選手たちが一塊となり、一周5kmのコースを周回していく。
序盤に5名出た逃げた潰れてからは、仕掛ける選手もおらず、各校の選手たちが順番に先頭交代をしながら、早くもないペースを刻んでいた。
東京、千葉といった有力チームも、それほどアタックを警戒するわけでもなく、集団の中で個々の選手はまとまることもなく、バラバラに散らばって、のんびりとレースの推移を見守っていた。
東京の植原も、千葉の平良潤も、例えアタックが仕掛けられたとしても、残り距離を考えると、十分捕まえられると考えていた。そのため、先頭交代に加わる特定の選手以外は、後半になるまでは可能な限り脚を温存しておくように、と指示を出していた。
暇だから、というわけでもないが、冬希は千葉県代表の中から、集団の先頭交代に加わっている大川の走りを観察していた。
上手いな、と冬希は感心していた。
ひたちなかのコースは、小さなヘアピンカーブが多く存在するが、それらの細かいコーナーを、最小限の減速で大川は実にスムーズにクリアしていった。
大川が先頭の時、最小限の減速でスピーディーに曲がっていくので、先頭交代のために前方に位置する埼玉や群馬の選手は、その度に大川に引き離され、コーナーの立ち上がりで慌てて追いかける、というようなことを繰り返していた。地味に脚を使わされている。
冬希の見立てでは、大川はコーナーに入る前に、ペダルを踏む脚こそ止めてはいるが、ほとんどブレーキすることなく、自転車を内側に倒し、外側のペダルに体重をかけることでタイヤが滑るのを防止しながら、体は地面と垂直に保ってコーナーをクリアしていっていた。
大川は、個人タイムトライアルの全日本選手権で4位、インターハイでは2位に入っている実力者だ。
単独で空気抵抗を受けながら、平坦区間を一定のペースで走り続ける能力については高いのだろうと思ってはいたが、コーナーリングでも減速を最小限に抑えるという点についても、突出した能力を持っていることがわかる。
コーナーリングで減速を最小限に抑えるということは、それだけでタイムの削減になるし、コーナーをクリアした後に加速するパワーも最小限で済む。
ついていくのに必死な埼玉や群馬の選手たちを見ていると、冗談抜きで、このレースは大川が本気で逃げていたら、案外逃げ切っていたのではないかと冬希は思った。
残り3周となり、各チームは、チーム毎に選手が集まり始めていた。
大川の後ろにも、気がつけば冬希がピッタリとくっついている。ちらりと後ろを振り向く大川に、冬希はピースサインなどをして見せている。
大川が、千葉県の監督である槙田から言われた指示は、ゴール前で冬希のアシストをしろということだけだった。
何周目にどういう行動を取れなど、細かい指示はひとつもなかった。
しかし、こうして各チームがトレインを組み始めるタイミングで、自然と自分の後ろに冬希がポジショニングするということは、ロードレースというのは、なにか自分にはまだわからない呼吸のようなものがあるのだろうと思った。
小さな登りで茨城の選手がアタックをかけた。
大川が反応するより早く、東京の選手が反応する。麻生という選手が、スピードを上げ、じわじわと追い詰める。大川は、その後ろだ。さらに後ろに冬希がおり、東京の夏井、伊佐、植原と続いている。平良兄弟は、ペースアップと共に後方に下がっていった。ブロック大会ではタイム差は関係ないので、今日は、メイン集団でゴールする必要もない。冬希がメイン集団から遅れたら、二人で集団まで連れ戻す役割を担っているため、一応はメイン集団には残っているが、半ば仕事は終えたと思っていいだろう。
茨城の選手に麻生が追いつき、その後に大川、冬希、東京の選手たちと、集団と一体化した。
風よけにされるだけの存在となった茨城の選手は諦め、集団の後方に下がっていった。
残り2周になると、集団は5列横並びとなった。
右から東京、神奈川、新潟、長野、千葉の順となっている。
スプリンターがいない山梨、先ほどアタックに失敗した茨城、中盤で大川の後ろで脚を削られてしまった群馬と埼玉は、位置取り争いに参加できず、後方に下がってしまっている。
大川は、横に並んだ他の4チームのスプリンターの位置を確認する。
長野、新潟、神奈川は、いずれも4人で形成されたトレインの最後尾にスプリンターがいる。
東京は、スプリント勝負する伊佐が3番目におり、最後尾に植原がいる。
つまり、長野、新潟、神奈川は発射台となるアシストが3人、東京はアシストが2名ということだ。
自分達はというと、大川の後ろにはもう冬希しかいない。
つまり、大川一人で他チームの3人と戦わなければならないということだ。
「槙田監督も、人使いが荒い」
序盤、中盤と先頭交代にも加わり、そしてゴール前ではエーススプリンターの冬希の発射台としての働きを求められている。
だいぶ疲れてはいる。個人タイムトライアルであれば、脚を止めてしまってもいいのかも知れない。自分一人の敗北で済むからだ。だが、これはロードレースだ。一人で走っているのとは、背負っているものも違っている。
大川自身もわかっているのだ。戦いというものは、辛いからといってやめることができるようなものではない。
他のチームに、ポジションを奪われないよう、大川はペダルを踏み続けた。
「潤、あいつら大丈夫かな」
集団の後方で、平良柊が激しいポジション争いをしている集団前方を見つめながらいった。
「ダメかも知れない。大川は冬希のアシストをするのは初めてだし、他のチームがその隙を見逃してくれるとは思えないからな」
長野、新潟、神奈川、それに東京も、大川と冬希の方ばかり気にしているように見える。二人に攻撃をする隙を窺っているのだ。
「ゴールが近くなれば近くなるほど、遅れた時のリカバリが難しくなる。何かあるとすれば最終周だろう」
潤は、ここで勝てなかった場合のことも考えてはいる。チームリーダーというのはそういう役割だ。
「ダメだったら、明後日のヒルクライムで柊と僕で頑張ればいい」
「そうだな」
計測地点でベルが鳴らされ、選手たちに最終周であることを知らせていた。




