表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

268/391

国体 関東甲信越ブロック大会①

 レースが始まった。

 40名の比較的少人数の集団は、モトバイクに先導され、ゆっくりと動き出した。

 1周5kmのコースを12周、60kmと距離も比較的短い。

 集団前方で、慶安大附属のマネージャー、沢村雛姫に軽く手を挙げ走り出す東京代表のエース格、植原博昭の姿を見つめていた。

 自転車競技部のマネージャーという立場にあれば、特定の選手ではなくチーム全体のサポートを行う必要がある。雛姫と植原は好き合ってるように見えるが、お互いが今の立場にある間は、付き合うという過程に至ることはないかも知れない。それは、果たして恋愛をしていると言えるのだろうか。

「柊先輩、恋愛って何なんでしょうね」

「気持ち悪いな。突然なんだよ。気持ち悪いな」

「今、気持ち悪いって2回言いましたね!?」

「うるさい、言ってねえよ。恋愛なんてわかるわけないだろ。女子と付き合ってことなんてないからな!」

 柊にとっても、恋愛とは女の子と付き合うということなのかと思った。付き合わなければどうなのか、片思いは恋愛ではないのか、そんなことはもう言葉遊びでしかない。そんなことは冬希にもわかってはいるのだ。

 気がつくと、もう何故そんなことを考え始めたかも、どこかに飛んでしまっている。

「余計なことを考えるな。レースに集中しろ。終わったらハンバーグだぞ」

「雑念だらけじゃないですか!!」

 モトバイクが加速し、レースがスタートした。


 スタート直後のアタックで4人が抜け出し、後から1名が合流して5人の逃げが形成された。

「平良兄、不味いぞ。逃げの中に新潟の関谷が入った。レース前のミーティングで有力選手に挙げられていた奴だ」

 千葉県代表チームで、冬希のアシストを担う大川が、慌てた様子で潤の位置まで下がってきた。

 逃げには、群馬、栃木、長野、茨城から各1名。この中に有力選手は含まれていなかったが、後から合流した新潟県の関谷という選手は、千葉県代表チームの監督、おゆみ野高校の監督でもある槙田から注意が必要なスプリンターとして名が挙げられていた。

 佐渡島一周ロードレースで優勝も果たしている。

「このまま逃げ切られたら不味いんじゃないのか」

 大川は、今にも前を追いかけそうな剣幕だ。インターハイの個人タイムトライアルで2位に入る実力者でもあるので、追いつくのは難しくないだろう。

 しかし、潤は悠然と構えており、有力チームの東京と神奈川も動く素振りを見せない。

「大丈夫だ大川。あの逃げは潰れる。もうすぐ下がってくるよ」

 大川は、訝しげに潤を見たが、3周目が終わる頃には、1km近く開いていた逃げ集団との差は、折り返し地点ですれ違える程度まで差が縮まってきていた。

 新潟の関谷は、指先を下に向け、ぐるぐると円を描くように指を回して他の4人に先頭交代を要求していたが、他の4名は先頭を代わる様子がない。

「あのまま5人がゴール前まで逃げ続けることができたとしても、ゴールスプリントで間違いなく関谷が勝つだろう。他の4人は、できる限り関谷を疲れさせるために、長い時間、関谷に先頭を牽かせようとするようになる。関谷も、このままゴールまで逃げたい気持ちはあっても、4人よりも長い時間先頭を牽かされるのは面白くない。上手く先頭交代が回らなくなり、逃げは自然消滅する」

 潤や有力チームからすると、有力選手がいない非力な逃げは捕まえやすいし、有力選手が入った逃げは上手く回らないので、極端にペースが遅くなるか、自然消滅するので、どちらでも良かったということになる。

 5人を吸収して再び40人に戻った集団だったが、再びアタックがかかって逃げようと試みる選手は現れなかった。

 脚を使わされるだけの結果になった新潟代表の関谷も、今は大人しく集団の中で脚を回復させようとしている。

「突然平和になったな」

 集団は、東京代表の麻生、夏井、千葉県代表の柊や大川ら、有力チームの数名が先頭交代をしながらペースを作ってはいるが、逃げを追うでもないので、先頭を曳く選手たちも、ほとんど脚を使わないようなペースで走っている。

「ゴール前まで、この平穏が続いてくれればいいだけどな」

 そう言った大川に対して、潤は首を振ってみせた。

「残念だが、それはないな」

 何も起きないままレースが進んで、このまま40人でゴール前スプリントになれば、間違いなく冬希が勝つ。

 他のチームは、そうならないために、どこかで必ず仕掛けざるを得ない。

「一度レースが動き出したら、ゴールまで緩むことはないと思っていてくれ」

 大川は、緊張した面持ちで頷くと、背中のポケットに入った補給食のジェルを、手で触って確認した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ