国体 関東甲信越ブロック大会①
レースが始まった。
40名の比較的少人数の集団は、モトバイクに先導され、ゆっくりと動き出した。
1周5kmのコースを12周、60kmと距離も比較的短い。
集団前方で、慶安大附属のマネージャー、沢村雛姫に軽く手を挙げ走り出す東京代表のエース格、植原博昭の姿を見つめていた。
自転車競技部のマネージャーという立場にあれば、特定の選手ではなくチーム全体のサポートを行う必要がある。雛姫と植原は好き合ってるように見えるが、お互いが今の立場にある間は、付き合うという過程に至ることはないかも知れない。それは、果たして恋愛をしていると言えるのだろうか。
「柊先輩、恋愛って何なんでしょうね」
「気持ち悪いな。突然なんだよ。気持ち悪いな」
「今、気持ち悪いって2回言いましたね!?」
「うるさい、言ってねえよ。恋愛なんてわかるわけないだろ。女子と付き合ってことなんてないからな!」
柊にとっても、恋愛とは女の子と付き合うということなのかと思った。付き合わなければどうなのか、片思いは恋愛ではないのか、そんなことはもう言葉遊びでしかない。そんなことは冬希にもわかってはいるのだ。
気がつくと、もう何故そんなことを考え始めたかも、どこかに飛んでしまっている。
「余計なことを考えるな。レースに集中しろ。終わったらハンバーグだぞ」
「雑念だらけじゃないですか!!」
モトバイクが加速し、レースがスタートした。
スタート直後のアタックで4人が抜け出し、後から1名が合流して5人の逃げが形成された。
「平良兄、不味いぞ。逃げの中に新潟の関谷が入った。レース前のミーティングで有力選手に挙げられていた奴だ」
千葉県代表チームで、冬希のアシストを担う大川が、慌てた様子で潤の位置まで下がってきた。
逃げには、群馬、栃木、長野、茨城から各1名。この中に有力選手は含まれていなかったが、後から合流した新潟県の関谷という選手は、千葉県代表チームの監督、おゆみ野高校の監督でもある槙田から注意が必要なスプリンターとして名が挙げられていた。
佐渡島一周ロードレースで優勝も果たしている。
「このまま逃げ切られたら不味いんじゃないのか」
大川は、今にも前を追いかけそうな剣幕だ。インターハイの個人タイムトライアルで2位に入る実力者でもあるので、追いつくのは難しくないだろう。
しかし、潤は悠然と構えており、有力チームの東京と神奈川も動く素振りを見せない。
「大丈夫だ大川。あの逃げは潰れる。もうすぐ下がってくるよ」
大川は、訝しげに潤を見たが、3周目が終わる頃には、1km近く開いていた逃げ集団との差は、折り返し地点ですれ違える程度まで差が縮まってきていた。
新潟の関谷は、指先を下に向け、ぐるぐると円を描くように指を回して他の4人に先頭交代を要求していたが、他の4名は先頭を代わる様子がない。
「あのまま5人がゴール前まで逃げ続けることができたとしても、ゴールスプリントで間違いなく関谷が勝つだろう。他の4人は、できる限り関谷を疲れさせるために、長い時間、関谷に先頭を牽かせようとするようになる。関谷も、このままゴールまで逃げたい気持ちはあっても、4人よりも長い時間先頭を牽かされるのは面白くない。上手く先頭交代が回らなくなり、逃げは自然消滅する」
潤や有力チームからすると、有力選手がいない非力な逃げは捕まえやすいし、有力選手が入った逃げは上手く回らないので、極端にペースが遅くなるか、自然消滅するので、どちらでも良かったということになる。
5人を吸収して再び40人に戻った集団だったが、再びアタックがかかって逃げようと試みる選手は現れなかった。
脚を使わされるだけの結果になった新潟代表の関谷も、今は大人しく集団の中で脚を回復させようとしている。
「突然平和になったな」
集団は、東京代表の麻生、夏井、千葉県代表の柊や大川ら、有力チームの数名が先頭交代をしながらペースを作ってはいるが、逃げを追うでもないので、先頭を曳く選手たちも、ほとんど脚を使わないようなペースで走っている。
「ゴール前まで、この平穏が続いてくれればいいだけどな」
そう言った大川に対して、潤は首を振ってみせた。
「残念だが、それはないな」
何も起きないままレースが進んで、このまま40人でゴール前スプリントになれば、間違いなく冬希が勝つ。
他のチームは、そうならないために、どこかで必ず仕掛けざるを得ない。
「一度レースが動き出したら、ゴールまで緩むことはないと思っていてくれ」
大川は、緊張した面持ちで頷くと、背中のポケットに入った補給食のジェルを、手で触って確認した。




