真理とのデート③
博物館を出た冬希と真理は、一緒に地元近くの駅まで移動した。
二人ともまだ時間があるということで、駅近くのファミリーレストランで食事をとることにした。
二人とも、何時まで遊ぶなどという計画はしていなかったが、各々の親には、昼食は食べてくると伝えていた。
何かしらチーズの乗ったハンバーグを食べ、満足げな真理と、親から渡された昼食代ギリギリ一杯のサーモンとしらすの丼を食べて少し物足りそなさそうにしている冬希がいた。
「カリカリポテトも頼む?」
冬希の様子を見て、真理が言った。
「うーん、若干予算オーバーだなぁ」
カロリー的には余裕だけど、と冬希は付け加える。
「自転車の選手って、大会の時にどれぐらいカロリー消費するの?」
「レースにもよるけど、俺の場合は多くて4000kcalぐらいかな」
「すごっ!」
「プロの選手だと、7000kcalとかいくらしいよ」
「そんなエネルギー、どうやって補充するの?」
「カロリーの高い汁を吸ったり」
冬希は、チューチューと、ジェルを吸う仕草をする。
「表現がカブトムシみたいだ」
「食事を摂るっていう能力も必要みたいだね。俺はそのへん苦労したことないけど」
「冬希君、給食食べるのすごい早かったもんね」
「よく覚えているなぁ」
ふと、冬希の対面に座る真理の席の背もたれの向こうから、ひょっこり顔を出した男がいた。
「お、やっぱり青山だ。久しぶり」
「あ、小田君だ」
冬希より先に真理が反応する。
小田の対面に座っていたと思われる女性が席を立ち、こちらの席まできた。
「青山君と荒木さん、お久しぶり」
2年の時の級長だった杉山という女子だった。
「荒木さんと青山か、意外な組み合わせだな」
「何言っているの小田君、二人は同じ神崎高校に進学したし、クラスでも同じ班だったわよ」
「お、そうか」
思い出せねぇ、と小田は頭を抱える。
「小田は、サッカー一筋だったからな。頭良かったのに、サッカーが強いという理由で進学先を選んだんだから」
冬希は、苦笑しながら言った。
「そっちはどうしたの?二人は同窓会に参加?」
小田と杉山は、顔を見合わせてキョトンとしている。
「二人は、ってことは、お前らも同窓会に参加しないクチか」
小田が少し驚いたように言った。
「そっちもか。俺はそもそも声がかかっていないからな」
「俺も呼ばれてないんだよ。まあ、中野がやりそうな事だよな」
小田が苦笑している。小田はサッカー部で2年生からエースだった。中野は徹底して自分より上だと思う人間を排除した同窓会をやりたかったようだ。
「あ、そういえば青山、お前・・・」
「席を跨いで話すのは周りの迷惑だから、二人ともこっちへ来ない?」
真理と冬希は顔を見合わせる。小田も杉山も、中学時代に特別親しい関係ではなかったが、嫌味のない人間であるし、同席することに不満はなかった。
冬希と真理が頷くのを見て、杉山は店員さんに、冬希たちが席を移動する旨と、冬希たちの席と自分達の席の食事の終わった食器を下げてもらうように依頼する。流石に元級長はフットワークが軽い。
小田と杉山は、ボックス席内の奥に座り直し、冬希が小田の隣に、真理が杉山の隣に座る。
「荒木さんは誘われたの?」
「うん、みんな参加すると思っていたから参加って言ったんだけど、冬希くんとか一部の男子が呼ばれてないってわかって、なんかやだなって思って」
「そうだよね。私も。そういうのに参加するのって、私もそういうやり方に加担している気がして」
「それで、幼馴染の俺を拉致して、時間潰そうとしてるんだって」
言う小田に、冬希は苦笑する。
「呼ばれてないあんたが可哀想だから付き合ってあげてるのよ」
「俺は別に、中学の頃の奴らが何をしようと気にしないのによ。自分の目の前のことに精一杯だからな」
「そういえば小田、さっき俺に何か言いかけなかったか?」
「ああ、そうそう。お前すごいな。自転車。TVで見てたよ」
小田は、急に興奮気味に立ち上がり、座りなさいと杉山から制された。
「1年から全国で活躍するって、すげえよ。もしかして俺が知らないだけで中学の頃に柔道部でも強かったのか」
「いや、そっちはほぼ全大会で1回戦負けだった」
「・・・」
「・・・」
冬希と小田の間に微妙な空気ながなれ、杉山と真理が苦笑している。
「そ、そうじゃなくって、お前が進学して1年から活躍しているのを見て、俺も負けてられないって、死ぬ気で練習して、一応8月からレギュラー獲れたんだよ。お前と違って3年生が引退した後だけどな」
「そうか、凄いな」
活躍云々はともかくとして、冬希がレギュラーで出場するようになったのは、単純に自転車競技部の部員が少なかったからなのだが、水を差すのも無粋な気がしたので、黙っておく事にした。小田の進学した高校は、全国大会にも度々出場する名門校だ。よほど努力したのだろう。
「あ、そういえば小田、サッカー選手とか詳しいか、この人知っている?」
冬希は、スマートフォンから1枚の写真を選択し、小田に見せた。
「うおっ、ラルフだ!すげえ、W杯準優勝のドイツのエースストライカーだよ!」
写真には、外国人と冬希が自撮りで1枚の写真に収まっていた。
「どうしたんだよこれ!サインでも貰いに行ったのか!?」
「いや、サインを求められた」
成田空港で郷田を見送った後、駅の方に歩いて行こうとした冬希は、一人の外国人に英語で話しかけられた。
「あんた、青山冬希だろ?サインくれよ」
突然のことに驚いたが、幸い簡単な英語だったので理解できたのと、袖ヶ浦でのレース後に坂東裕理から言われた、名前を書いておけばいいんだよ、という一言を思い出し、ひどい発音でオーケーと答えた。
外国人は、バッグからサイン帳を出し、ペラペラと空白ページを探して捲る。他のページにも色々とサインがある。ミーハーな人なのかもしれないと思った。
開かれた空白ページに、偶然持ち合わせた筆ペンで名前を書く。小学校の頃、姉に泣かされながら習字の宿題をやらされた成果か、それなりに見れる字を書くことができた。
筆ペンを毛筆と呼んでいいのかどうかわからないが、初めて見る自体に、仕切りにグレートと言っている。
続けて何かを言っているが、フォトグラフ、と言う言葉が聞こえてきたので、恐らく一緒に写真を撮ろうと言っているのだと思い、こちらもオーケーと答える。
外国人の男は、スマートフォンを構え、冬希と自分が写るように角度を調整し、パシャリと撮影を行なった。
「ありがとう」
拙い日本語で言うと、その男はご機嫌で搭乗口の方へ去っていった。
まさか外国人からサインを求められると思っていなかった冬希は、しばし呆然とその後ろ姿を見送ったが、誰だあいつ、という会話が方々から聞こえてきていることに気がついた。
そして、スーツを着た日本人が歩み寄ってきて、冬希に言った。
「失礼ですが、どなたですか?」
冬希は、それはこっちのセリフだ、と思った。
「結局、そのスーツの人は通訳の人だったんだけど、通訳さんの話では、5月末あたりにCMの撮影で来日していたイタリア人サッカー選手が、暇つぶしにTVをつけたけど、スポーツはベースボールぐらいしかやってなくって、そんな中で深夜に全国高校自転車競技会の総集編をやっていたらしく、自身も自転車に乗る彼が、日本語もわからない中、唯一興味を惹かれたTVプログラムだったのもあり、ずっと観てた、ということらしい」
ラルフの見送りに来た、冬希のことを知らない記者たちには、通訳さんが説明してくれたようだ。
「ほえー、すげえな」
小田は感心しきりだ。
「冬希君すごい。英語喋れたんだね」
真理も驚いている。
「いやいや、荒木さん。青山君はオッケーしか言ってないから」
そこは、確かに杉山のいう通りだった。




