その時はその時
国体の選手には、まあ選ばれるかもしれないと、冬希は思っていた。
国体には、成年男子、成年女子と少年男子、少年女子のカテゴリがある。
冬希が、成年男子にカテゴライズされるとしたら、おそらく出番はなかっただろう。県内には国内のプロツアーで戦う選手たちも多い。
少年男子の条件は、18歳未満ということで、冬希は少年男子に分類されていた。
とはいえ、冬希は純粋なスプリンターであって、総合優勝を狙える選手ではない。選から漏れる可能性は十分あった。選考の結果、見事に国体の選手に選ばれたのだから、喜ぶべきことではないか、と思うのだが、目の前の理事長兼監督の神崎は、ずっとしょっぱい表情をしたまま固まっている。
なぜそんな表情をしているのか、理解できない冬希と潤、柊の双子は、思い切って神崎に問うた。
「あの、先生。国体の選手に選ばれたことに、何か不都合でもあるのですか?」
「これが、不都合がある、という表情に見えるかい?」
こくり、と3人は一斉に頷いた。
神崎は、しばらく考えた末に重い口を開いた。
「ピーキング、という考え方がある」
潤は、あ、という表情をしたが、冬希と柊はちんぷんかんぷんという顔だ。
「自転車ロードレースというのは、過酷な競技なので、一年を通してずっと能力をピークに保つことが難しいんだ。ずっとハードなトレーニングを続けていては、疲労も溜まるし、調子も落ちる。怪我もしやすくなる。だからトレーニングを積んでレースに備える時期、レースに出る時期、休む時期、というように、メリハリをつけて1年間を考える必要があるんだ」
「冬希、わかるか?」
「なんとなくは」
全国高校自転車競技会の中でも、突然調子を落としたり、ステージの朝にレースに欠場を決める選手たちもいた。
「4月〜5月の、全国高校自転車競技会の時期に調子をピークに持っていくには、10月頃は休んでいないといけない時期なんだよ」
冬希は、合点がいった。
全国高校自転車競技会に出場した洲海高校の丹羽智将と尾崎貴司は、前年度の国体の1位、2位だ。彼らは翌年の全国高校自転車競技会で、優勝候補として出場しておきながら、丹羽は調子を崩してリタイア、尾崎もステージ1勝に止まり、総合優勝を逃す結果となった。
おゆみ野高校の今崎も、国体で上位の成績を上げたが、全国高校自転車競技会の予選会では、冬希を振り切れずに本戦出場を逃した。
逆に、昨年の全国高校自転車競技会を予選会で敗れ、全日本選手権にもインターハイにも、国体にも選ばれなかった神崎高校の船津たちは、翌年の全国高校自転車競技会を目標に、しっかり休み、確実に調子を上げ、総合優勝を果たすことができた。
全日本選手権、インターハイ、国体は高校自転車界では3冠に数えられる格式の高い大会であり、全国高校自転車競技会は、あくまで民間のイベントという位置付けになっている。しかし、民間のイベントである分、スポンサーが多くつき、大々的にTV放送もされ、露出も多い。そのため、学校の宣伝などを目的に、全国高校自転車競技会を目標にする高校も多い。
「おゆみ野高校の今崎さんはメンバーに入っていないのですか?今3年生だから、来年の全国高校自転車競技会には出場できないので、国体に注力できる気がするのですが」
冬希が疑問を呈すと、潤が答えた。
「国体の少年男子のカテゴリは、高校に在学しているかどうかは関係なく、18歳未満でなければ出場できないという規定になっている。今崎選手は高校生だが、去年の国体出場時点で17歳だった。今年はもう18歳になっていると思う」
潤は、神崎に向き直った。
「もしかして、先生は僕達が国体の選手から外されるように、あえて県の代表選考に参加しなかったのですか?」
「えっ・・・・・・そうだよ」
「・・・・・・・」
「めんどくさかったんだな」
「面倒くさかったんですね」
潤は、じとっとした目で神崎を見た。
「それはともかく・・・僕個人としては、来年の春のことを考えると、10月は休んでいてもらいたいんだけど、国体も大きな大会だし、県の代表として戦うわけだし、出場していればそれだけで箔がつく。僕としても無理に止めるつもりはないからね。どうするかは、君たちで決めてくれていいよ」
インターハイ以外の大会に頑なに出場を禁じていた清須高校の理事長に比べ、神崎はまだ柔軟に対応しようとしていた。
「まぁ、悩むことなんてないよなぁ」
柊が言い、冬希、潤が頷く。
「出場させてください」
「来年の春なんて、どうなってるかわかんないからな」
「はい、怪我とか病気で出れないかもしれないですしね。その時はその時です」
神崎は、諦めたように肩をすくめた。
「わかったよ。やるからには全力で挑もう」
神崎も、心なしか嬉しそうに、冬希には見えた。
神崎は部室から理事長室に戻り、部室には潤、柊、冬希の3人が残った。
「冬希、明日は柊と筑波山で練習の予定なんだけど、君も来るか?」
「えっと、明日はちょっと予定があって」
「予定ってなんだ?」
柊がたいして興味もなさそうに聞いてきた。
「実は、中学時代の同窓会がありまして」
まぁ、そっちには行かないんですけど、と心の中で呟いた。
冬希は、真理と出かける約束をしている日だった。




