槙田の暗躍
習志野東高校2年の大川駿は、おゆみ野高校監督兼千葉県の自転車ロードレースの監督でもある槙田の、正式に国体選手としてブロック大会、本大会へ出場してほしいという要請を快諾した。
この時点で、槙田の神崎高校外しの計画は、ほとんど成功したと言ってよかった。
槙田の見立てでは大川は、全日本チャンピオンの神崎高校の郷田や、清須高校の山賀と同じく、単独で走ることに長けているルーラータイプだった。さらにその実力は、個人タイムトライアルの全国クラスで5本の指に入る実力者だ。
習志野東高校の自転車競技部は、部員全員でも4人しかおらず、全国高校自転車競技会の出場資格を満たせなかった。全日本選手権、インターハイは、個人タイムトライアル競技の日程がロードレースの日程と重なっており、両方での出場ができなかったが、国体ではロード個人タイムトライアルは初日で、間にトラック競技であるケイリン、チームスプリント、ポイントレースなどを挟んで、自転車ロードレースは最後の3日間となっているので、どちらへの出場も可能となる。
全国高校自転車競技会、インターハイは、学校単位での選手の選出となるが、国体は学校毎という縛りがないので、槙田は神崎高校の息のかかっていない県内の有力選手でメンバーを固めてしまおうと画策していた。
大川の出場承諾を受けて、槙田はアシストの選考のため、県内の各高校の自転車競技の指導者たちを招集した。
その場には、大川自身も呼ばれており、意見を聞かれることになっていた。
県内の自転車競技部の部員、クラブチームの18歳以下の選手が記載された候補者リストの紙の束を前に、大川はこういった。
「メンバーの中に青山選手のような人はいるんですか?」
会議の場は、凍りついた。
「えっと、どういう意味かな」
動揺を隠せない槙田が大川に問うた。
「勝ちに行くエースは誰なのかなと思いまして」
槙田はギョッとした。
「槙田さん、どういうことかね?」
槙田が失念していたのは、全日本個人TTや、インターハイの個人TTで上位に来るような選手は、自分がエースだと信じて疑わないような人物ばかりなので、改めて「エースとして参加してほしい」などという要請を行っていなかったことだった。
だが、大河の言動から、彼は自分がエースなどとは夢にも思っていないことは明らかだ。
「大川君、君がエースに決まっているじゃないか。県内に君以上の実績のある選手はいないよ」
「自分では決定力がありません。平坦コースで勝てるスプリント力も、山岳コースで勝てる登坂力も」
「神崎高校の郷田君は、君と同じようなタイプだが、全日本選手権で勝ったじゃないか」
「あの結果も、青山君と協力した結果です。郷田選手が一人で勝ったわけではないですし、僕も一人で戦うのは嫌です」
大川は、その場にいる指導者たちを見渡した。
「青山君のようなエースがいないのであれば、出場は辞退させていただきます。個人タイムトライアルに集中したいと思いますので」
大川は席を立ち、一礼して会議室を後にした。
5人の部員を集められなかった習志野東高校は、全国高校自転車競技会の予選会にも出場することができなかった。
年間のロードレースの中でも、規模が一番大きく、注目度も高い大会だったため、大川も何としても出場したかったのだが、その夢は叶わなかった。
県の代表は神崎高校となり、出場できなかったショックから、大川は大会を観ることができなかった。
神崎高校のスプリンター、青山冬希が第1ステージから2連勝し、地元選手の活躍を知った大川は第3ステージからレースを見始めた。
全国の強豪スプリンターを相手に、圧巻の走りでステージ優勝を果たした冬希を見て、大川は言葉を失った。
その後、神崎高校のエースの船津が、襲いかかる総合のライバルたちを抑え切り、総合優勝を遂げた。
大川は、どうすればあのような結果が出せるのか、皆目見当がつかなかった。
冬希や船津にあって、自分に無い物が何か、自問自答の日々が続いた。
いつしか、その考え方をやめた。
自分にあって、冬希や船津にないものについて考えるようになっていた。
そして、絶対的なパワーと無尽蔵のスタミナを武器に、利根川沿いで行われた個人タイムトライアルの大会に出場し、ロードバイクで出場したにもかかわらず、高校生カテゴリで優勝した。
タイムトライアルバイクを手に入れてからも、県内、関東地区でも連戦連勝で全日本選手権の出場資格を得た。インターハイでも圧倒的な強さで県大会を勝ち抜き、全国のタイムトライアルスペシャリストを相手に、2位の成績を収めた。
ようやく自分の矜持を持つことができた。
そんな時、今度は自転車ロードレースの選手として、国体への参加要請があった。
千葉県の代表として、全国高校自転車競技会で活躍した冬希や、神崎高校の選手たちと共に戦える。大川は、そんな機会が巡ってくるとは、夢にも思っていなかった。
しかし、今日の会議の中で、神崎高校の選手をメンバーに加える予定がなかったことを知った。
全国高校自転車競技会で、総合優勝を勝ち取った選手たちが国体の選手に選ばれないなど、大川には冗談としか思えなかった。
大川は自宅に戻り、2台並べて置いてあるタイムトライアルバイクとロードバイクを見た。
ロードバイクの方に歩み寄り、サドルを優しく撫でる。
「大丈夫だ。必ず出てくる」
大川は、自信に満ちた表情で言った。
国体のブロック大会への出場要請が、3人全員に来たことを、神崎は告げた。
平良潤、柊、冬希の3人は、はて、と首を傾げた。
神崎は、全く乗り気ではない表情をしていたのだ。




