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ツール・ド・モンス・アン・ペヴェル ②

 レースは、メイン集団から抜け出した7人が、逃げ集団を形成していた。

 チームヌヴェールは、可能であればという条件付きでビルが逃げ集団に乗る予定だったが、パンクで集団から遅れ、ヨスの落車もあり、チーム内が混乱しているうちに逃げに乗りそびれてしまっていた。

 坂東は、エースであるジャンと共に集団の前の方に位置していた。

 先頭を引っ張るのは、今回の唯一の最高位カテゴリーのワールドチームSDG。フランスの国営企業がバックアップする資金も潤沢なチームだ。

 エースは、ゴディニオンで15年前にはツール・ド・フランスでステージ優勝も挙げたことのある大ベテランだ。年齢は40歳近くなってきたこともあり、第1線で戦うことも少なくなってきたが、北の地獄と呼ばれるレース、パリ〜ルーベでは、4年連続10位以内に入っており、今回はその調整のための参戦と見られていた。

 しかしワールドチームは、コンチネンタルサーキットのカテゴリに位置する今回のツール・ド・モンス・アン・ペヴェルでは、仮に優勝したとしても、WCIポイントは獲得できない。そのため、参戦メンバーもゴディニオンを含め3人と、最大6名まで参加できるレースにしては、少ない人数での参加となっていた。

 SDGの主力は、ワールドツアーのレースに参戦しており、人のやりくりの問題で、下位カテゴリのツアーであるコンチネンタルサーキットに出ているゴディニオンの2名のアシストは、どちらもチームに加入したばかりの若手だった。それでも、憧れのワールドチームで走っている選手達だ。ジャンや、他のコンチネンタルチームのエース選手たちからしても、雲の上の存在だった。

 SDGのアシストで、集団の先頭を牽いていたアルヌーという名の選手が不意に下がってきた。

 今日のレースの有力選手である、チームマルセイユのエースであるルネ、ポルトガルのチームリスボンのエースであるマウリシオ、スペインのセビリアのエースであるクリスに順番に話しかけていく。

 マルセイユもリスボンもセビリアも、坂東が所属するコンチネンタルチームのヌヴェールより上のカテゴリである、プロコンチネンタルチームだ。

 実力上位で優勝候補でもあるルネ、マウリシオ、クリスはアルヌーに対して、全員首を振っている。

 SDGのアルヌーがジャンのところにもやってきて、怒った口調で何かを言っている。ただ、フランス語で会話していたので、坂東にはアルヌーが怒っている理由がわからなかった。

 ジャンは、引き攣った顔をして、耳元の無線機を操作して、監督に助けを求めた。

「ボス、SDGが先頭交代に加われって言ってきた」

『他のチームにも言えって返してやれ』

「プロチームの連中は、逃げにメンバーを送り込んでいるから、先頭交代しないって言っているらしい」

 マルセイユも、リスボンもセビリアも、アシストを1名ずつ、逃げに送り込んでいた。

 せっかく選手を送り込めた逃げ集団を追いかけるのに、わざわざ協力したりはしない。

 ジャンと監督の会話は、無線機を通して坂東にも聞こえていた。チームヌヴェールは、フランスのチームではあるが、監督がイギリス人であるため、チームの公用語は英語になっている。

『先頭交代に選手を出すか、こっちも逃げに誰かを送り込むかだが・・・』

 ジャンが視線を上げると、マルセイユのエースであるルネが、ジャンを睨みつけながら首を振っている。

 まあ、当たり前だろうな、と坂東は思った。

 自分のチームのことだけを考えれば、逃げに選手を送り込むのも、先頭交代に加わるのも、1名アシストを使うという意味では同じだ。しかし、他のチームにとっては、ヌヴェールがどちらの選択肢をとるかによって、影響がないわけではない。

 ヌヴェールのアシストが先頭交代に加わるということは、その分SDGの先頭交代の回数が減り、彼らに楽をさせることになる。

 ただでさえ、最強カテゴリのワールドチームであり、能力もダントツのゴディニオンもいるのだ。ここでSDGを消耗させることなく、楽をレースをさせてしまえば、レースの趨勢は決まってしまう。

「先頭交代は無理だ、ボス。ルネが睨んでる」

 ジャンは、周囲を見渡す。ふと坂東と目が合った。

「そうだ、テルに逃げさせよう。テルなら無名だから、アタックしても誰も追わないだろう。無名の東洋人ひとりのために、脚を使ってまで追うやつなんて居ない!」

『・・・そうだな。テル、行けるか』

「了解だ。次のパヴェでアタックする」

 坂東は即答した。次のセクター、パヴェと呼ばれる石畳区間は2.4kmと比較的長い。逃げとの30秒の差を、ここで一気に縮めてしまおうと考えていた。

 セクター15に入る直前、坂東はアタックをかけて先頭で石畳区間に突入した。ジャンの予想通り、SDGも他のチームも、坂東を追おうとはしない。坂東自身、日本ではよく逃げに乗っていたので、アタックのタイミングや呼吸を図ることについては、習熟していた。

 坂東は一人抜け出し、逃げ集団を追っていった。

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