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3時間エンデューロ チーム寺崎輪業Cチーム ③

「こういう時こそ、落ち着かなければ」

 冬希は自分に言い聞かせ、努めて慎重にコースインする。

 メイン集団から千切れたと思われるグループや、単独になった選手たちが目の前を走り去り、後続の選手も来ていないことをしっかり確認して、誰もいないコースではあるが、ルール通りの手で合図しながら、コースインした。

 サイクルコンピュータの計測開始のスイッチを入れ、はるか前方のメイン集団を追う。

 無理のないペースで走り続ける。脚を使い果たしたら、もう追いつくことは不可能だ。

 交代地点の前を通るたびに、郷田がタイム差を教えてくれる。45秒ほどあったタイム差は、周回を重ねるごとに徐々に詰まり、遠くではあるが、メイン集団の姿が見えるようになってきた。

「15秒」

 郷田の声が聞こえる。差が詰まっているということは、メイン集団のペースは、そこまで上がっていないということだ。

「郷田さんが牽引をぬけてからかな・・・うわっ」

 冬希が郷田の方を振り向こうとすると、冬希の後ろには4人ほどの選手がくっついており、知らないうちに小さなグループ青山が形成されていた。

「全然気づかなかった」

 冬希の真後ろには、若い女性、その後ろに小学校高学年ぐらいの男の子、さらに後ろに初老の男性、最後尾には、丸々太った巨漢の男性もいる。

 冬希は、面白いと思った。高校生の大会では、当たり前だが高校生としか一緒に走らない。しかし、今は老若男女のバラエテイに富んだ選手たちと一緒に走ることができる。

「誰一人千切れることなく、メイン集団に追いつこう」

 冬希は、家族のようにさまざまな年齢層の、この選手たちに、お姉ちゃん、弟、お爺ちゃん、お兄ちゃん、とあだ名をつけた。

 お姉ちゃん、弟はまだ大丈夫そうだが、お祖父ちゃんとお兄ちゃんは既に苦しそうだ。

 おじいちゃんとお兄ちゃんのために、冬希は一旦ペースを落とし、二人に一息入れさせることにした。

 多少呼吸が落ち着いてきたのを確認した冬希は、再びペースを上げ、メイン集団を追い始めた。

 周回を重ねるごとに差が縮まるが、お爺ちゃんとお兄ちゃん、特に体重が重いお兄ちゃんが上り坂で息切れをするので、慎重に、慎重にペースをコントロールし、冬希はついにメイン集団に家族4人を連れて、合流することができた。

 後ろを振り返ると、4人ともゴールしたかのように晴れやかな表情をしている。

 残念ながらまだ半分も終わっていない。

 冬希は、ペースを抑えながら走ったため、脚にはまだ余裕があったので、中切れを起こさないようにお姉ちゃんを途中まで引き上げつつ、集団の先頭付近に取り付いた。

 冬希は、数回先頭交代に加わると、郷田との交代の時間が近づいたためメイン集団を引き離すべく、アタックをかけた。

 冬希がペースアップをすると、ソロの選手たちは追ってこなかったが、ゼッケン100番代の男子チームの選手2名が追ってきた。

 3人が抜け出す形になると、それに便乗しようと余力のあるソロの選手たちも追いかけてきた。

 冬希は、交代ゾーンにたどり着くまでに、メイン集団に対して、交代時間の分の十分なタイム差を築くことができなかった。


「郷田さん、すみません。あんまり引き離せなかった」

「大丈夫だ」

 郷田は任せておけ、と計測チップを足に巻き付けると、コースに戻っていく。

 10秒ほど足りず、メイン集団は既に交代ゾーンを走り去った後だった。

 1時間半、つまりレースのちょうど半分に当たるこのタイミングで他の2チームの選手たちも同じく交代し、コースへ復帰していった。二人チームで、1時間半で1回だけ交代するチームも多い。

 冬希は、心配そうにコースを見ていたが、翌週には郷田はメイン集団の最後尾に取り付き、さらに次の周には、メイン集団を牽いていた。

 選手交代のアタックで、ペースが上がったり下がったりしていたメイン集団は、郷田がコントロールし始めたことにより、ペースが安定するようになった。

 結局それ以降、45分間郷田は一度も先頭を譲らずに、再度冬希への交代の時間を迎えた。

「ラストだ、頼んだぞ」

「はい」

 今度は、グローブもちゃんと着用している。

 郷田に計測タグを巻き付けてもらうと、またも安全を確認してコースに戻っていく。

 今回は余裕で間に合うつもりだったが、コース上が混雑しており、またしてもコースに戻れたのはメイン集団から10秒ほど遅れた後だった。


 残り時間45分。もう交代はない。このまま冬希が走り切るだけだ。

 冬希は、メイン集団を追う。しかし、残り時間が少なくなってきたため、男子ソロの選手たちもペースアップを行い、メイン集団も徐々に人数を減らしていっている。

 それなりのペースも早く、冬希もなかなかメイン集団に追いつけない。

 追いつけないうちに、冬希の後ろに、10人を超える選手たちが冬希のトレインに無賃乗車をおこなっていた。

「ちょ、多い・・・」

 ただ乗りの選手たちを引き連れ、冬希はメイン集団を追い続ける。先ほどのお姉ちゃん、弟、お爺ちゃんもいる。

 巨漢のお兄ちゃんは、冬希がメイン集団を追っている最中、周回遅れとして前方から現れた。

 一瞬、冬希のグループに取りつこうとしたが、直ぐに千切れて見えなくなってしまった。

(お兄ちゃああああああああん)

 と冬希は心の中で叫んだ。

 お兄ちゃんはもう居ない。冬希は心を鬼にして、メイン集団を追った。

 男子ソロの優勝候補3人は、一度メイン集団を10人ほどまで絞ることに成功していたが、冬希が千切れた選手たちを引き連れて合流したため、再び20人近くまで膨れ上がっていた。

 人数が多くなりすぎると、スプリント時に危険が伴う。冬希は、メイン集団を牽引する役割を、男子ソロの選手3人と分担しながら集団を絞る役割を果たす。

 残り10分を切ったところで、メイン集団は10名ほどになっていた。冬希と同じタイミングで先頭交代していた2つの男子チームはもう集団にいない。

 男子ソロの優勝候補3人は、お互いに牽制し始めた。可能な限り、ゴール前までに脚を使うまいと、先頭後退をしなくなった。ペースが一気に落ちる。

 代わりに、ソロの優勝争いが関係ない冬希が集団の先頭を牽引する。

 冬希の後ろに、橋本、鳥海、別府の3人が続き、ペースダウンの間にちょっと人数増えて、13人ほどの集団になっている。

 残り時間が2分を切り、計測地点では最終周回のベルが鳴らされている。

 冬希は、先頭集団を牽引しつつ、後方を確認する。みんな大人しく着いてきている。

 ファイナルラップ、下り坂を降って、登り始めたぐらいで、別府がアタックを仕掛ける。

 スプリントでは鳥海や橋本に敵わないと見ての行動だが、ここでソロの選手たちが一斉に動いた。

 冬希は、無理せず、またソロの選手たちの戦いを邪魔しないように、走り去っていく選手たちを見送った。

 そして、他のカテゴリの選手たちと同様、大人しくゴールラインを通過した。


「ご苦労だったな」

 ゴール後、郷田が迎えてくれた。

「はい、多分、勝てたんじゃないかと思います」

「まあ、結果はいいじゃないか」

「そうですね」

 男子ソロは、そのまま別府が逃げ切ったようだ。他の二人と握手をしている。

 大会本部に、結果が貼り出された。

 冬希と郷田も見にいく。すると、寺崎輪業Cチームは、2位だった。

「負けた・・・。あの集団に男子チームの選手がいたんだ」

 冬希はショックを受けた。

「2位でも十分じゃないか」

「すみません、最後までしっかり走っていれば」

 冬希は、反省しきりだった。


 表彰式が始まる。入賞は3位までで、3位、2位、1位の順でステージに呼ばれる。

 鳥海、橋本、別府の順で呼ばれた。

 次に男子チームの表彰式になった。

『2位、寺崎輪業Cチーム!』

 冬希と郷田が、ステージに上がる。

『1位、チーム3連星』

 ステージに上がってきた人を見て、冬希が思わず呟いた。

「お爺ちゃん・・・!!」

「知り合いか?」

 郷田が冬希に小声で尋ねる。

「いえ、全く知らない人です」

 話したこともないが、冬希は優勝したのがお爺ちゃんを含む2人組のチームであることが、なんとなく嬉しかった。


 その後、お姉ちゃんは女子のソロで、弟はファミリーチームでそれぞれ表彰台に上がった。

 お兄ちゃんは、どのカテゴリでも入賞できなかったが、とてもいい笑顔で表彰台に拍手を送っていた。

 心なしか、お兄ちゃんは一回り痩せたように、冬希には見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] お爺ちゃん強いな
[一言] 自転車競技自体が楽しそうでいいですね
[一言] >チーム3連星 >お爺ちゃんを含む2人組のチーム おいィ? あと一人はどこに行ったんですかねぇ・・・
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