冬希、合格の理由
船津幸村は、退室していった。
一人残った執務室で、神崎は自分の目標を達成する機会は、来年しかないのではないかと思った。郷田隆将が編入してきて、来年4月には青山冬希が入学してくる。
セレクションの時、冬希のドラフティングを利用している受験者を見て、ほぼ全ての選手がドラフティングを使用して走っていた。複数人で先頭交代をしながらゴールした受験者たちもいた。その連中は、その時点で不合格である。自分が面接をする必要はない。
卑怯だとかそれ以前に、正しく実力が計れないのだから当たり前だ。いったい何のためのセレクションだと思っているのか、と聞きたくなる。
ただ、冬希に言った事の半分は嘘になる。明文化されていない、不文律を守る人間を選びたいと思っていた面もあった。
それには、神崎自身の人生で、二度と取り戻しようのない後悔に満ちた出来事があった。
10年前のツール・ド・ジャパン。祖父の学校法人が運営する神崎高校で、予選会を突破して全国大会へ出場した時だった。
2つの平坦ステージを終えた第3ステージ。先頭は神崎と前年度優勝者の名門校の選手。2人で協調して逃げていたが、3つ目の山岳の頂上付近で相手選手のチェーンが外れた。
有力選手がパンクやチェーン外れなど、不運に見舞われた場合は、スピードを上げずに相手が来るまで待つという不文律が存在する。
しかしその時、神崎は相手選手を置いて、一気に下りを攻めていった。
スプリントステージを2つ終わったばかりで、まだ総合タイムのトップ選手との差は少なく、このまま逃げ切った場合に、あの黄色いリーダージャージを手に入れることが出来る。
当時3年だった神崎にとって、恐らく最初で最後のチャンス。
メカトラブルに遭った相手選手が追い付いてきたら、神崎には絶対に勝ち目はない。
前年度優勝した時と同じく、ここで大差をつけて、その後も一度も神崎が着られなかった総合トップだけが着られるリーダージャージを着続けて、総合優勝してしまうだろう。
神崎は、誘惑に勝てなかった。
しかし、自責の念が神崎のコーナーリングを狂わせた。後輪が滑り、落車した後にガードレールに叩きつけられる。肩から激しく落ち、鎖骨を骨折していた。まだ我慢して走れたかもしれないが、自転車の方は前輪のホイールのスポークが折れたため激しく歪み、フロントフォークにあたってまともに回転しなくなっていた。
神崎はすべてを失った。
紳士協定を破った挙句、後悔して集中力を欠き、落車してリタイアした。これほど惨めな負け方はあっただろうか。他校の選手はもとより、自分のチームメイトにも合わす顔が無く、そのまま逃げ帰り、高校も中退して引きこもった。
その後、コンピュータの資格を取り、海外に渡ってエンジニアとして活動をし、父の引退により学校を継ぐために帰ってきた。
大検を受け、昼はエンジニアとして働き、夜間の大学で教員免許を取得した。それも全て、過去を清算するためだった。
1日でいい。神崎高校の名を刻んだイエロージャージを目にしたい。その為に学校を継いだと言っても過言ではない。
自転車競技部でスポーツ推薦を行うと言ったときは、殆どの理事は反対した。学校を私物化するのかという声もあった。しかし、合格者は一定水準の学力があるものに限るという条件を付けることで、理事会の承認を得ることが出来た。学力の高い者であれば、学校の価値を下げることにはならないからだ。
笑えることに、学力の基準を超えたのは、1名だけだった。その少年が、セレクションのタイムトライアルで、意識的にドラフティングを避けた唯一の受験者だった。
青山冬希の調査書は、2通入っていた。1通は正式な形式の調査書のようだが、教師に対する反抗的な態度や、コミュニケーション能力の欠如、問題のある生活態度など、悪い点だけが記載されていた。
もう一通は調査書というか手紙のようなもので、彼が如何にまじめに物事に取り組んでいるか、周囲に親切で、勤勉な人間なのかを、丁寧に書いてあり、調査書を記載した担任の教師の問題行動と、特に彼に悪意を向けている点について、便箋に丁寧に記載されていた。署名には氏名と、副担任であることが記載されてあった。
校印なども押されていない、ただの便箋だったが、神崎は調査書として採用した。もともと、形式自由と要項には書いておいたので、問題はないはずだ。
貶めようとする人がいる。そしてそれ以上に強い気持ちで彼を後押しする善人がいる。それは、普通に好意的な内容で満たされた一般的な調査書より、はるかに価値があるもののように見えた。
理事長自ら面接を行ったのは、青山冬希ただ一人だけだった。ほかの受験者には、若手の教員に面接を行わせ、適当に帰ってもらった。
タイムトライアルのタイムは、期待を大きく下回っていた。普通ならまず不合格だ。だが、自転車に乗ってまだ3か月というところに、本当に僅かだが、伸びしろがあるかもしれないと思った。
先日、彼の家に、屋内トレーニング用の固定ローラーを送った。スマートトレーナーと言って、PCやタブレットに繋げば、仮想空間で自転車を走らせることが出来て、上り坂や下り坂でローラーの重さが変わるというものだ。
今頃、ハムスターのように同じ場所でペダルを漕ぎ続けているだろう。彼は律儀な男だから。
彼の走力は些か以上に未熟だが、チーム全体で彼を何とかしようと、4人が一体になっている。
それぞれ良い子たちなのだが、全員個性が強すぎて、なかなかチームワークが芽生えない問題を抱えていた。打てる手はなく、本人たちの自主性に任せていたが、一向に改善されなかった。
だが、青山冬希という弱点がチームに投げ込まれると、みんなで挙って彼をフォローしようと纏まっていった。
船津の言った「拾い物をした」というのは、そういうことだ。
神崎が理想としたチームが、思わぬ形で完成した。このチーム構成で1日もイエロージャージが着用できなければ、神崎にはもう二度と縁がないという事だろうと思う。
神崎は、逃げ出すように渡った海外から日本に戻ってきて、ようやく良かったと思えるようになっていた。




