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筑波サーキット

 第6ステージの朝。時刻は6時30分を回ったところ。8月ということもあり、周囲は既に明るい。

 晴天の筑波サーキットは、和やかなムードで選手達が談笑している。

 総合系の選手達は、既に総合成績が決まってしまっているため、無理を押して戦う必要がない。

 中堅以下のチームは、今日はタイムアウトもないため、プレッシャーなく走ることができる。

 ただ、スプリンター系の選手達は、コース試走に余念がなかった。第1ステージを露崎、第2ステージを冬希に奪われてしまった彼らは、この最終ステージを走るためだけに、厳しい山岳ステージを、タイムアウトになることなく耐え抜いてきたのだ。

「えっと、ここもちょっと滑りそうだな」

 冬希は、試走しながらコース上の滑りやすそうな箇所をチェックして行っていた。

 サーキットというのは、自動車やオートバイのレースが行われるため、きれいに舗装されていて、滑りやすい箇所などなさそうに思っていたが、多くの車両が上を通過して行ったことにより、アスファルトの目が荒くなり、自転車では滑りやすくなっている箇所もそれなりにあった。

 冬希は自転車レースやサーキットのことには詳しくなかったが、一部だけ舗装し直すと段差ができてしまい、余計に危険になるので、そういった部分だけの補修というのは難しいのかもしれないと思った。

 ある程度心拍も上がり、コースの特徴もある程度掴めた。

「青山、今日は勝負するのか?」

 宮崎県日南大付属の有馬と小玉が冬希に並びかけてきた。

 日南大付属は、総合系のチームなので、今日はサイクリング気分のようだ。

「まぁ、色々あって」

 色々とは何なのか、色々あった結果どうするのか、ひどく曖昧な答えを返す。

 郷田が勝負すると決めた以上、ここまで冬希を勝たせてくれた恩人の言うことなので、勝負すること自体やぶさかではない。しかし、有馬達のように、ここまではっきりと楽しんで走ろうとしている選手達をみると、自分もそうだったはずなのにと、少し妬ましい気持ちになるのだ。

「青山君、頑張ってね」

 小玉が、ヒラヒラと手を振って走り去っていく。

 冬希は、手で背後の選手達に合図を送りながら、ピットロードに入って行った。

 ピットには、各校ごとにスペースが割り当てられており、神崎高校は、ピットロードエンド付近の場所が割り当てられている。

 ピットには、船津、郷田、そして平良兄弟も来ていた。

「試走から戻りました」

 冬希は、自転車をスタンドに掛け、ブルーシートの上に座り込んだ。

「お疲れ様」

 平良兄弟の兄、平良潤が冬希にタオルを差し出す。

「ありがとうございます。いつ着いたんですか」

「ついさっきだ。朝2時起きだった。送ってくれた親は、駐車場で寝ている」

 ご愁傷様、と冬希は心の中で二人の父親に手を合わせた。何度か会ったことがあるが、頼まれると断れないタイプの、とても優しそうな人だ。

「俺たちの代役、ご苦労だったな」

「いやぁ、山岳では全く船津さんの力になれませんでしたけど」

「露崎選手相手にステージ2勝できたんだ。十分だろう」

 ニヤニヤしながら、弟の平良柊が近づいてきた。

「冬希、お前今日勝負するんだって?」

「ええ、しますよ」

「慶安大附属のアシストは、二人とも総合系だから、実質今日は露崎選手は単独スプリントになるんじゃないか?」

「そうかもしれないですけど、フランスではずっと一人で色々と稼いでたらしいので、多分マイナス要素ではないと思いますよ」

「まあ、それでも郷田さんがアシストしてくれるんだから、その点は勝率が上がるだろ」

 郷田にアシストしてもらっても、結局のところ露崎のスプリント力は冬希より遥かに強力なので、コースが広く、真っ向勝負するしかない今日のステージは、道が細くて細かいコーナーが多かった第2ステージとは違い、正直勝てる気がしない。

「郷田さん、負けたらどうするんですか」

 冬希は、郷田に近づき、小声で言った。

 別に、負けたらフランスに行くという約束をしたわけではないが、露崎から

「俺が勝ったから一緒にフランスに来てくれるんだろ?」

 と言われたら、突っぱねるのはそれなりに心が痛む気がする。

 しかし、郷田は飄々として

「それは困るな」

 などと嘯いている。

「やる前から負けること考えるバカがいるかよ!出て行けオラ!」

 柊が冬希に駆け寄って、ペチッ、と頬に手を当てる。

「出て行けってどこに・・・?」

 船津と潤は苦笑していた。


 理事長兼監督の神崎秀文が監督会議から戻ってきたので、改めて作戦会議をやることになった。

「以上がコースの全容だ。これで1周2km。スタート直後は、かなりペースが上がると思うから、絶対に先頭集団から遅れないように」

 潤が、コースの特徴を説明した後、冬希に向かって注意した。

「50周ですよ。ほぼ100kmですよ。そんなに最初から速くなります?」

「はは、今日は最終日だからね。序盤だけ目立とうと、記念アタックをかけようとする選手はいっぱい居るだろうね」

「や、やめてほしい・・・」

 冬希は、心底辛そうな表情をした。

「最後は、残り3周から2周あたりに急にペースが上がると思う」

 神崎が、コース図をなぞりながら言った。

「露崎からは、できるだけ離されないようにした方がいいだろう」

 船津は、今回は冬希のアシストに回ってくれるらしい。

「ただ、郷田さんの近くにはいるようにした方がいいと思います。ゴール前で一人で2番手、3番手にいるより、郷田さんと一緒に7番手、8番手にいる方がいいです」

 今日は、勝負にくるスプリンターが多い。松平、草野、土方、柴田の他にも、清須高校の赤井、福岡産業の立花、他にも強力なスプリンターを擁する学校はある。どこもトレインを組んでくるだろうから、単独スプリントでは、10位以内も厳しいかもしれない。

「俺も、先頭集団に残れていたら、何かできるかもしれない」

 船津がコース図を見つめながら言った。

 

 スタート15分前。選手達が徐々にコース上のスタートラインに、集結しつつあった。

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